第359話〜足りない資料は役に立たないけど、集めすぎた資料も役に立たない〜
そんなこんなで半月が経過した。まさか、初日の出を他領の山の中で拝むことになるとは思わなかった。
山の間から望む御来光は例年より少し遅めだったけど、まぁ、これはこれでアリ。寒かったけど。
「うーん? どういうことだ?」
そんな現地での生物調査自体は既に終わっていて、今は王都屋敷のリビングにて収集したデータとの格闘中だ。
かなり詳細で大量のデータが集まったから、確認するだけでも大仕事だ。切実にPCと表計算ソフトが欲しい。
調査の過程で、仮称『ゴブリン病』が住血吸虫症であることは確定した。
病気が発生している地域の水源から採取した水を『マクガフィン』で確認したら、『セルカリア』という住血吸虫の幼虫を確認できたからな。
マクガフィンを使うと、脳内にウィンドウが開いて画像とテキストが表示される感じで情報が得られるんだけど、そのセルカリアの説明書きには『皮膚を喰い破って体内に侵入し、血液を栄養として繁殖する。肝臓など、一部の内臓を喰い荒らすことがある』と書いてあった。読んだ瞬間、背筋に鳥肌が立った。
罹患してから死亡までが早いのって、現代との衛生環境の違いとかじゃなくて、多分この内臓を喰い荒らすってやつが原因だ。異世界の住血吸虫症、かなりヤバい。
それに、住血吸虫をそのセルカリアに変異させる中間宿主が、『ホソヤリマキガイ』というカワニナのような巻き貝であることも分かった。『地球でも巻き貝が中間宿主だったし、多分こいつだろうなー』と思って試しに殻を割ってみたら、目視できるくらいの密度のセルカリアがウジャウジャ居て、見た瞬間、全身に鳥肌が立った。こいつ、見た目もヤバすぎる。
そしてこの貝の仲間、なんと王国のほぼ全域に生息しているらしい。つまり、ドルトン近郊にも居るらしいのだ。
実際、ドルトンに流れている川を調べてみたら、よく似た貝が普通に生息していた。微妙に模様が違っていたから、多分亜種だろう。であれば、こいつも中間宿主になる可能性がある。
つまり、下手をするとドルトンにまでこの病気が広がってくるかもしれないってことだ。マジヤバい。ヤバ過ぎて俺の語彙がヤバい。
マクガフィンによると、この巻き貝は泥の中に卵を産んで繁殖するらしい。
なので、河川改修して泥の無い状態にすれば繁殖できなくなり、いずれ絶滅する。
中間宿主であるこの巻き貝が絶滅すれば住血吸虫のセルカリアも居なくなり、ゴブリン病も発生しなくなる。
実際、日本の住血吸虫症はそうやって撲滅されたらしい。
ただ、この方法には即効性がない。長い時間と労力と予算を掛ける必要がある。河川を大改修しなきゃならないからな。その間に病気が蔓延してしまったら手遅れだ。
それに、それをすると生態系に深刻な影響がでるかもしれない。泥に卵を産むのはこの貝だけじゃないんだから。この貝を食べて生きている生き物もいるだろうし。
その因果が巡り巡って、再び俺たちに災禍として降りかかってくる……なんてことも、無いとは言いきれない。
やらないよりはマシなんだろうけど、できるなら他の方法を選びたいところだ。欲を言えば、即効性のある方法を。
というわけで、集めた資料を再度精査しているんだけど、ここでちょっと不思議なデータを発見した。
その地域の水源には巻き貝が生息していてゴブリン病が発生しているんだけど、何故かそのすぐ隣の地域では発生していないという場所があるのだ。
ぶっちゃけ、ジャーキンのワッキー領だ。他国だけど、コッソリ忍び込んで調べてきた。
そう、ワッキー領からの難民にはゴブリン病が蔓延しているのに、元々彼らが住んでいたワッキー領ではゴブリン病が発生していないのだ。
思い返してみれば、俺達が依頼でワッキー領に行っていたときにも、そんな病気になっているような人は見かけなかった。もちろん、俺達も罹患していない。
どういうこと?
考えられることはひとつ。ワッキー領にはゴブリン病の発生を抑える何かがある。
でも、それが何なのか? それが分からない。
「うーん、生息している生き物には違いがないんだけどなぁ?」
「この地域にもホソヤリマキガイは居りますけど、ゴブリン病は発生しておりませんわ」
「不思議なもんやな。こことここは同し川の支流やのに、こっちは発生しとって、こっちは発生してへんもんな」
クリステラとキッカが指摘する通り、国内でもゴブリン病が発生している地域としていない地域がある。そこに何かヒントがあるはずだ。
「うーん、川の支流が別なんだから、やっぱ水に違いがあるんじゃねぇか?」
「そうねぇ。でも、本流沿いでも発生しているところとしていないところがあるわよ。ほら」
俺の平面魔法製の地図と資料を皆で見比べながら、あーでもないこーでもないと議論を重ねる。
地図と資料は半透明でやや発光しながら宙に浮いているから、なんとなくSFっぽい。宇宙戦争が始まりそうな感じ。
「ここにタカアシエビがいるのは発見だみゃ! こいつは素揚げにすると美味しいみゃ!」
「……ここの村ではサルナシとスグリを育ててた。苗木が欲しい」
……アーニャとデイジーはいつも通りのフリーダムだな。
まぁ、カワエビの素揚げは美味しいし、サルナシとスグリも食べてみたい。食生活が豊かになるのは良いことだし、仕事に余禄があってもいい。怒るほどのことじゃない。
ちなみに、サルナシは小さなキウイフルーツ、スグリはミニトマトみたいな形の実を付ける半野生の果樹のことだ。どちらも未熟だとかなり酸味が強いけど、完熟すると甘酸っぱくて美味しくなる。
どちらもこの辺には生えてないんだよな。栽培して果樹園を作るのはありかもしれない。
「また現地に行って調べるしかないかもなぁ。現場百遍って言うし」
「現場ひゃっぺん? どういう意味ですの?」
あれ?
ああ、この国に警察はないもんな。捜査や調査は騎士団の仕事だ。名刑事のチョーさんもコロンボもアイアンサイドもいない。
だから、この言葉は存在していないか、一般に知られるほど浸透していないんだろう。騎士団内部では使われてるかも?
「現場には分かりにくい手掛かりが残っていることがあるから、何度も通って隅々までよく探せって意味かな?」
「なるほど、道理ですわね! さすがはビート様、博識ですわ!」
「うん、ありがとう」
いつものクリステラ節は軽く流して、資料に目を戻す。
ふむぅ。やっぱりデータが足りないな。
今回の調査では水源とその近辺だけしかデータを集めていない。
もしかしたら、もう少し範囲を広げて、例えば付近に生息している鳥類とか哺乳類とかのデータも集める必要があるかもしれない。植物も、だな。
これは、のんびりしてたら一ヶ月じゃ片付かないな。
いつまでも学園を休むわけにもいかないし、本気の全力で取り組まないとダメかも。








