第35話~貴族のプライドは軽くない~
交易都市ボーダーセッツ領主のマイケル・ブルヘッドは、20代後半から30代前半くらいの茶髪イケメンメガネ君だった。ただし、顔立ちが欧米風だからか、あまりチャラい感じはしない。スッキリとした爽やか系だ。…チッ。
「お呼び立てして申し訳ありません、ダンテス殿。それにしてもお久しぶりですね、昇爵式以来ですから、かれこれ13~14年ぶりになりますか。年月が過ぎるのは早いですね。」
「うむ、久しぶりだ。オレは歳をとったが、マイケル殿は以前にも増して男前になられたようで羨ましい限りだ。」
「いやはや、お世辞でもダンテス殿に褒められると嬉しいですね。…っと、そちらの少年は従者見習いですか?」
「いや、オレの護衛だ。気にしなくていい。」
「護衛ですか…ふむ。」
俺に気が付いた伯爵が視線を投げてくるが、村長の一言で押し黙る。こんな子供が護衛とか、普通はあり得ないけどな。てか、俺、護衛だったのか。そんなもの必要とは思えないんだけどな。身体強化を覚えた今の村長なら、大森林の大爪熊とも素手で殴り合えそうだし。
「心配無用だ。こう見えて道理は弁えている。」
「…分かりました。では早速ですが本題に参りましょう。まずは、この近辺を荒らしていた盗賊団の討伐ですが、既に冒険者ギルドに討伐依頼を出しておりました。確認も取れましたので、事後承認になりますが終了証をお渡しします。ありがとうございました。報酬はギルドで受け取って下さい。」
「分かった。関係者で山分けさせてもらおう。」
伯爵がそう言うと紙を一枚、オリヴァーさんが差し出してきた。終了証というやつか。期せずして討伐ポイントが溜まる事になりそうだな。儲けた。
「それでは、ここからは内密の話になります。」
身を乗り出し、やや小声になった伯爵の目つきが厳しくなる。先程までの爽やか系イケメンの雰囲気ではない。清濁併せ呑む貴族家当主の目つきだ。
「捕らえて頂いた盗賊団ですが、傭兵団でした。」
「ふむ、ここしばらく戦はなかったからな。身を持ち崩して野盗化したか?」
「いえ、傭兵ギルドに登録している素性の明らかな傭兵団で、現在もある国と契約行動中でした。」
「ほう。」
ソファに深く腰を掛け直し腕を組んだ村長の気配が険しくなった。やべぇ、俺ここに居ちゃいけないんじゃないかな?なんかヤバい話になりそうだ。
「その契約内容は、我が国での後方攪乱です。」
「ほう。すると、契約相手はノランか?」
「なら、話は簡単だったんですがね。どうやらジャーキンのようです。」
「なに!」
村長がソファをガタッと揺らして腰を浮かす。よほど驚いたようだ。てか、ジャーキンって何処よ?また知らない国名が出て来たな。あれ?そういえば今住んでるこの国の名前も知らねぇな、俺。
「前回の停戦からもう10年以上経っています。そろそろあの国が動き出してもおかしくはないでしょう。」
「しかし、今王国が事を構えているのはノランのはずだ。そこへジャーキンが後方攪乱に来るという事は、2国が手を組んだという事になる。有り得るのか?あの国同士も仲が良いとは言えなかったはずだ。」
「エンデが国内を落ち着かせましたからね。同盟関係にある我が国との連合に危機感を抱いたのかもしれません。」
話を聞いてると、どうやら現在はいくつもの国が入り乱れての戦国時代のようだ。村に居た頃は全然そんな気配は感じなかったけどな。実は開拓村は平和だったってことか?魔境に最も近いところが比較的平和って、どんな皮肉だよ。
「…有り得るな。おそらくはエンデにも同様の傭兵が送り込まれているだろう。あちらが侵攻対象ではないにしても、こちらに支援出来ない状況を作るだけで意味があるしな。」
「はい、その旨認めた書簡を王都とエンデ国境の砦に送りました。国境の砦の将兵は相互に交流がありますから、そちらから伝わればと思いまして。」
なるほど、貴族が他国の王族に手紙を送るとか、反逆罪を疑われかねない。その点、交流のある兵士同士の世間話なら大した問題にはならない。この伯爵様、知恵も回るようだ。イケメンで金持ちで地位もあって頭も良い上に魔法使いとか、お前完璧か?ミスターパーフェクトなのか?爆ぜるか?
「それと、これが今日の本題なんですが、間もなく国内貴族に動員令が下ります。男爵以下は強制ではありませんが、おそらくダンテス殿の所には勅使が来る事になるかと思われます。」
「やれやれだな、有名になどなるものじゃない。それほど暇なわけではないんだがな。」
「仕方ありません。この国でダンテス殿に比肩する剛の者など、そうはおりませんからね。それに他人事でもありませんよ?」
「どういうことだ?」
「例の傭兵団ですが、盗賊をする前に2つ仕事をしていたようです。」
「…ゴブリンとイナゴか。」
「おや、ご存知でしたか。流石ですね。」
「いや、単なる推測だ。だが、嫌な推測程よく当たる。」
ゴブリンとイナゴっていうと、村を襲ったやつと旅程の途中で見つけた群れの事かな?そういえば村長が何か気にしてたな。アレは自然発生じゃなくてあの盗賊達の仕業だったのか。碌でも無いな。
「買った奴隷でゴブリンを繁殖させ、ある程度増えたところで奴隷を処分する。するとゴブリン共は新たな繁殖母体を求めて街や村を襲う、という算段だった様です。これを国内数か所で行ったと自白しました。」
「…外道共が。生かしておくべきではなかったか。」
吐き捨てるようにこぼした村長の額に血管が浮いている。かなりお怒りのようだ。こんな村長を見るのは初めてかもしれない。だが俺も同じ気持ちだ。おそらく若い女性が数人から十数人犠牲になっているだろう。ムカつく話だ。
「イナゴは養殖した卵を馬の飼葉に混ぜて持ち込み、草原に放置しただけのようです。今のところ被害報告は受けていないので、そちらは失敗したんでしょう。」
そんな簡単な方法であのイナゴは大発生したのか。なんて手軽な生物兵器だ。農薬が普及してないこの世界じゃ凶悪すぎる。ちょっと誰かジュネーブ条約持ってきて。
「いや、大発生はしたが、うちの者で被害が出る前に食い止めた。」
「えっ?イナゴを止めた?一体どうやって…。」
「すまんがそれは秘密だ。聞かないでくれ。」
村長が苦笑しながら答える。すんません、俺の為に。
「…わかりました。しかし、被害が無かったからと言って、村が襲われた事に違いはありません。このまま済ますわけではないでしょう?」
「…そうだな、領地を攻められた以上、傍観は出来ん。貴族としての面子がある。」
やっぱり戦争になるのか。しかも、聞く限りでは2国対2国のがっぷりよつの戦争だ。かなり大規模だな。
だとすると、すぐに終わるとは思えない。もし村長が戦地へ向かう事になったら、名実ともに村長を中心に回っている開拓村にとってかなりの痛手だ。
◇
その後、現状確認や開拓の進捗具合などを話して、俺達は伯爵邸を辞した。その帰りの馬車の中で村長に提案してみる。
「村長、もし良かったら俺が行ってくるよ?」
もちろん戦地へだ。チートもいいところな俺の平面魔法があれば、戦場でも充分以上に戦える。
「馬鹿な事を言うな。子供を戦場へ送れる訳がなかろう。」
「でも、奴隷も買ってこれからって時に村長が居なくなったら…。」
「ふ、心配いらん。村の大人達を少しは信用しろ。それにな、いくら戦場で活躍したところで戦争は終わらん。お前がどんなに強くてもな。」
「どういうこと?」
「戦争というのは戦場で行われているのではないということだ。始めるのも終わらせるのも、戦場に居ない権力者達だからな。」
ふむ、なるほど。確かにそうだ。湾岸署の○島君に聞かせてあげたいな。いや彼の場合は事件だったか。踊るのは捜査線じゃなくて最前線だし。
「ともかく、オレは戦場へ向かわねばならんが、その前に一度村へ戻らねばならん。それも可及的速やかにだ。そこでビート、お前に指名依頼を出す。内容は俺と奴隷達、購入した荷物の村までの護送だ。お前の力で出来るだけ早く送り届けて欲しい。引き受けてくれるか?」
「もちろん!任せといて!」
是非もない。久しぶりに平面魔法の見せ場が来たな!