第358話〜フィールドワークは好きでも、仕事にはしたくない〜
「んー、ちょっと濁りがあって見えにくいな。気配察知だとこの辺に……いたいた。これは二枚貝っぽいね。口が泥から伸びてる。ちょっと引き上げてみるね」
「うみゃ。これは『クロスジガイ』だみゃ。一晩泥を吐かせてから殻を割って、汁物に入れて食べるとおいしいみゃ」
貝にヌル(点オブジェクト)を貼り付けて泥の中から引っ張り上げると、貝は慌てて口というか水管を引っ込めて殻を閉じる。カラス貝のように黒い二枚貝だ。大きさは二十センチくらいで、縁に金色の筋が一本走っている。なかなかキレイな貝だ。
引き上げた貝のスクリーンショットを撮って、そのまま池に戻し泥に埋めておく。
「次は……これは魚だね。カープ系かな?」
「これは『ナゴイ』だみゃ。肉は赤身で美味しいけど、骨が多くて食べにくいみゃ」
同じように気配察知とカメラで生き物を探し、見つけた生き物のスクリーンショットを撮ってライブラリに保存する。
画面に生き物が映る度にアーニャが解説してくれるんだけど、今回は調べるだけだから味や料理法についての説明は要らないんだよ?
いや、それにしても種類が多いな。
生態系が豊かなのはいいんだけど、今回は調査が目的だから撮りこぼしがあると良くない。水辺に居る生き物全てを、漏れなく調べ上げなければいけない。大変な仕事だ。
まったく、なんでこんなことになったのやら。
◇
「指名依頼? この年末に、大至急?」
ドルトンの領主邸でくつろいでいたら、ドルトン冒険者ギルドの副支配人のイメルダさんが依頼書を持って訪ねてきた。クリスマス(は、この世界に無いけど)も過ぎた十二月二十七日にだ。
とりあえず応接室にイメルダさんを通して話を聞く。
十二月も二十五日を過ぎると、この世界のほとんどの人は年末年始の休暇に入る。学園に至っては、十二月は丸々冬休みだったりする。この長期休暇に帰省する学生も多い。
農家は鍬や鋤を洗って片付け、商店は商品を店内にしまい込んで板戸を閉じる。開いているのは一部の飲食店や食材の店くらいのものだ。
再び店を開けたり仕事を再開するのは、多くの場合で一月の六日以降だ。職によっては十一日以降だったりもする。
その間はゆっくり休んで一年の疲れを癒やし、新たな一年に向けての英気を養うのだ。
ただし、経営責任者を除く。
領主で商会長で学園教師な俺には、休暇期間でも不意に仕事が舞い込んでくることがある。
商会や学園関係なら従業員や生徒の事故や病気関係、領主関係であれば災害や事件の発生など、緊急性のある報告が休みであっても否応なく届けられてくる。
たとえ休暇中であっても、それらには迅速に対処せねばならない。休みなぞ、有って無きが如しなのだ。経営者はつらいよ。
けど、今回はちょっと趣が異なる。領主でも教師でも商会長でもなく、冒険者ビートに対しての緊急の依頼ということだった。緊急の依頼?
「はい、上級冒険者であるビート様に対しての依頼とのことです。正確には、緊急ではないのですが、可及的速やかに対応していただきたいとのことです」
「それ、依頼主は王家とヒューゴー侯爵家の連名なんだよね?」
「はい」
「そんなの強制依頼じゃん! 緊急じゃないって言っても、半分以上緊急依頼だよ!」
王家と侯爵家からってことは、この国のトップツーからの依頼ってことだ。断ることなんてできない。俺にも立場ってものがあるからな。しがらみがある。
昔、何かの小説に書いてあったな。大人になるということは何かを諦めるということで、偉くなるということはしがらみに囚えられることだって。これがそうなのか。ちくしょう!
幸い(?)俺はまだ子供だから、何かを諦める必要はない。まだ色々なことの可能性が残っている! まだ大人にはならないぞ!
「わかっておられるなら話は早い。ではこちらをどうぞ」
「むぅー」
唇を尖らせながら差し出された依頼書を受け取り、すぐに読む。
どれどれ、なになに? 調査依頼? 奇病の原因究明? 付近の生態調査? 調査員の護衛?
あー、やっぱりかぁ。
あの侯爵家のパーティー以来、嫌な予感はしてたんだよな。この問題、きっと俺のところにお鉢が回ってくるんだろうなって。こういう嫌な予感に限って当たるんだよなぁ。
なんで俺なのかってことは書いてあるかな……はぁ、侯爵家からの指名か。ということはアリストさんだな? ちっ、パーティーのときに喋りすぎたか。
いや、早期解決のためには、少しでも知見のある調査員を送り込んだほうがいいっていうのは分かる。それで俺が目をつけられたってことなんだろう。
くっ、口は災いのもととはこのことか!
王家と連名なのは、王都への病気の蔓延を防ぎたいってことなんだろう。侯爵領は王都の食料庫だからな。侯爵領で病気が広がったら、王都へもすぐに広がってしまう。
もし病気を侯爵領だけに封じ込められたとしても、食料の生産が滞れば王都が飢えてしまう。どの道、侯爵領と王都には大ダメージだ。
双方の利害が一致して、早期の解決が求められている。そういうことなんだろう。
で、期間は……収束のおおよその目処が立つまで……って、実質無期限かよ!
いや、そりゃ解決しなけりゃ王国自体が揺らぎかねないんだけどさ! だからって、無期限はないだろうよ!
かかった経費は全額支給、肝心の報酬は……応相談?
「この報酬の応相談ってなに?」
「侯爵家と王家、それぞれが妥当な範囲で望むものを支払うとのことです」
「つまり、こちらの交渉能力次第ってこと?」
「まぁ、そういうことですね」
要は、依頼者側の『こんなもの、一銭の価値もない!』という主張が通れば無報酬ってこと? ひでぇ! なんて悪辣な内容だ!
「つまり、期間無制限で無報酬の可能性もあるってことだよね? こんな依頼は受けられないよ」
「でしょうね。私もそう思います。ですがお断りはできませんよ?」
「そうなんだよねぇ……じゃ、期間は最長一ヶ月、経費全額支給、調査員不要、報酬は成果にかかわらず大金貨五百枚って条件に変更するのであれば受けるって返事しておいて」
「ごひゃっ!? いえ、承知致しました。ではそのように連絡致します」
報酬のところでイメルダさんが変な声を出した。
まぁ、大金貨五百枚というと、この世界ではおおよそ五億円の価値がある。一回の冒険者の依頼料としては破格だろう。
けど、今の俺は領主や教師、商会長としての業務で、一日に大金貨八枚くらいを稼いでいる。大体八百万円だな。売上や税収じゃなくて、経費や次年度の予算を抜いた俺個人の収入としてだ。
その俺を一ヶ月、三十日も拘束するんだったら、最低でも大金貨二百四十枚はもらわないと割に合わない。
さらに、俺が動くと漏れなくうちの女性陣もついてくる。フェイス家の女性陣は皆有能だから、その拘束料としても一人当たり一日大金貨一枚、一ヶ月三十枚が六人分で百八十枚は頂きたい。
六人分なのは、ジャスミン姉ちゃんは連れて行かない予定だからだ。妊婦を病気が蔓延している場所に連れて行くなんてとんでもない!
ということで、俺と合わせて一ヶ月で大金貨四百二十枚、切り良く五百枚というわけだ。命の危険もあるんだし、危険手当として大金貨八十枚を上乗せしてもバチは当たらないはず。
俺は安くないってことを、侯爵にも王様にも肝に銘じてもらわないとな。
ついでに付けた調査員不要っていう条件は、足手まといを増やしたくないからだ。
調査員というからにはそれなりに学があるはずで、この国では、そういう人は大体貴族出身だ。しかも、医学なり生物学なりの研究者であるはずなので、それなりの年齢を重ねているはず。
つまり、体力が無くてわがままで頑固である可能性が高い。見事な足手まといだ。
そんな連中のお守りをしながら調査なんてできない。やりたくない。
だから要件から外させてもらった。
さすがにこれだけ無茶を言えば、王様と侯爵も依頼を取り下げるだろう。そうすれば、俺はのんびり年末年始を満喫できる。めでたしめでたしだ。
と思ってたのに、アッサリ了承の返事が返ってきてしまった。
くそっ、金額が安すぎたか? もっと吹っ掛けるべきだったか!
そんな経緯で、俺は年末年始休暇返上でフィールドワークへ駆り出される羽目になったというわけだ。
うぬぅ。








