第354話〜侯爵家の夜会〜
社交シーズンに行われる行事は、主に昼過ぎから夕方にかけて行われる茶会と、夕方から夜にかけて行われる夜会だ。昔は狩りを行う武闘派な貴族家もあったらしいけど、今はもう王都近郊に大きな魔境がないから行う家はないそうだ。
茶会の主催は貴族の奥様やご令嬢で、参加するのも各貴族家の奥様やご令嬢になる。
本来は交友を深めるのが目的だけど、装飾品や衣装でのマウントの取り合いでギスギスした雰囲気になることも少なくないらしい。そのあたりは現代の奥様方と変わらないな。
夜会の方は貴族家当主が主催で、招待されるのも同じく貴族家の当主や跡継ぎ、その配偶者や許嫁だ。死別や若年などの理由で配偶者や許嫁がいない場合は、娘や妹を伴って参加することになる。基本的にカップルでの参加ということだな。
俺がヒューゴー侯爵家にお呼ばれしたのも夜会だ。まぁ、当然だな。
うちには沢山の女性がいるけど、正式にフェイス家の女性と言えるのはジャスミン姉ちゃんしかいない。そのジャスミン姉ちゃんは礼儀作法が壊滅的……というか、絶滅的だ。学園では礼儀作法の先生にも匙を投げられたらしい。
間違っても社交の場には出せない。茶会には参加させられない。
となると、夜会に連れていけるパートナーがいないわけだけど、今回のヒューゴー家の夜会に限っては代役を立てられる。クリステラだ。
クリステラは元ヒューゴー侯爵家のご令嬢、つまり主催側の親戚だ。公式には縁が切れてるけど。
父親とはまだギクシャクしてるけど、お兄さんのアリストさんとは和解している。今回の夜会はそのアリストさんがホストだから問題は少ないだろう。
縁の切れた経緯が経緯だから、もしかしたら他の参加者に絡まれるかもしれないけど、その時は俺が盾になればいい。
なにしろ俺、こう見えて公爵、侯爵に次ぐ高位貴族である辺境伯様だからな。実感したことはないけど。
俺が他の貴族と会う時って、だいたいが王様と一緒なんだよな。相手が謙っているのは王様に対してであって、俺に対してじゃない。
今回、俺より上位なのはホストのアリストさんだけ。つまり、尊大に振る舞っても問題ない! 権力を振りかざすぜ!
いや、振りかざそうとして振り回されるのがオチだな。慣れないことはするものじゃない。大人しくしていよう。
◇
「やぁ、クリステラ! 元気だったかい? また少し綺麗になったんじゃないか?」
「まぁ、お兄様ったら! 妹を口説いてどうするおつもりですの?」
夜会が始まってすぐに、アリストさんが俺達のところへやってきた。この国のパーティーは、主催したホストが招待客の間を挨拶して回るのがマナーらしい。
そういえば、年初の賀詞交歓会でも王族が一家で挨拶回りをしていたな。あのときは決闘騒ぎが起きて大変だった。
挨拶回りの順番は、爵位や重要度の順だ。基本的には爵位が高い順に回っていって、同格であればホスト側にとって親交を深めたい客を先に回るということだな。
つまり、この順番でそのパーティー中の格付けが決まるわけだ。場合によっては、派閥内の順位が決まることもあるかもしれない。
そうか、それで参加者の一部がピリピリしているのか。今後一年、あの貴族家より上に行くのか下に就かなければならないのかが決まるわけだからな。
ヒューゴー侯爵家は中立派の貴族家だ。王家にベッタリでもなければ、貴族の権利を拡大しようという独立心が旺盛というわけでもない。
だから今回の夜会に招待されているのも同じ中立派の貴族がほとんどで、他派閥の貴族は王家派の(と思われている)俺以外には……ちょっといるな。あれは確か、貴族派の子爵だったはず。
ああ、ヒューゴー侯爵領の隣の貴族か。ご近所付き合いってわけだな。
主催側が一通りの挨拶回りを終えたあと、多分あの貴族となにかしらの会合が持たれるんだろう。現在起きている問題についての調停とかな。
あの貴族だけじゃなくて、今日ここに参加している他のいくつかの貴族とも話し合いをするかもしれない。それが夜会というものだ。
多分、今日は深夜まで、もしかしたら明日の朝まで話し合いをすることになるかもしれない。派閥の長っていうのも大変だ。
「フェイス伯、妹はお役に立っておりますか? ご迷惑をおかけしたりはしておりませんか?」
「いえいえ、大変力になってくれております。これも侯爵家の教育の賜物、感謝しております」
実際、クリステラは大変役に立ってくれている。
俺が王都と領地で行っている諸々の業務のサポートはもちろん、一癖も二癖もあるうちの女性陣を取りまとめてくれているんだからな。
「それはなにより。ご迷惑でなければこのままお傍に置いてやってください」
「迷惑だなんてとんでもない」
「そうですわお兄様。妹を信用してくださいまし!」
「はははっ、そうだね、ごめんごめん。ではフェイス伯、今日はゆっくり、パーティーをお楽しみください」
そう言ってアリストさんは次の貴族への挨拶へと向かっていった。俺との会話、アッサリ切り上げていったな。
まぁ、俺とは派閥が違うけど、係争中の案件はない。和やかに話をして、敵対関係ではないことを周囲に知らしめられればいいだけだ。長々と話す必要はない。
「フェイス閣下、少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
と思っていたら、アリストさんに付いていた執事っぽい人が俺に話しかけてきた。
「アリスト様が少々私的なお話を希望しております。この後、少々お時間をいただけますでしょうか?」
俺のクリスマスイブは長くなりそうだ。








