第351話〜彼を知り己を知りても、何もしなければ百戦危うい。ので対策する〜
「ふう。こんなものかな?」
「お疲れ様ですわ! さすがはビート様、完璧な後方支援ですわ!」
「後方支援……後方支援ってなんやったっけ? 戦場の地形を変えるんは後方支援って言うんやったっけ?」
ひと仕事終えた俺を、クリステラがいつものクリステラ節で労ってくれる。働きを全肯定してもらえると、達成感も一入だ。キッカも疑問符を浮かべていないで、結果だけを評価してくれたらいいと思うよ?
まぁ確かに、普通の後方支援では地形を変えるようなことはしないだろうけどな。それも最前線のを。
今回、敵側で脅威になりそうだったのは、今のところ大砲だけだ。それを封じる細工として、戦場の地形を大きく変更させてもらった。
大砲や銃といった火器は、射線が通っていないと十分な威力を発揮できない。標的との間に障害物があると、当てることが非常に困難になる。
大砲なら障害物を避けて山なりに曲射することもできるけど、それを目標へ当てるには観測手による報告と微妙な修正が必要だ。
そして、山の麓側に布陣するノラン軍にそれはできない。山の下からじゃ、山の上の着弾点は見えないからな。俺のように空を飛べないと無理。
なので、斜面に障害物があるだけで大砲は無力化できるんだけど、砦から北側は街道と山林が続くだけなので、木を伐採されたら簡単に射線が通ってしまう。
簡単には排除できない障害物が必要だ。
ということで、砦のすぐ下から北側約三キロくらいのところまで、伐採不可能な岩の林を作ってみました!
距離が三キロなのは、大砲の射程が約三キロらしいから。下から上への撃ち上げになるから、実際はもっと短いだろうけど。
岩は周辺の山から削り出しだ。こっちもちょっと地形が変わってしまったけど、しょうがないよな。うん、しょうがない。
岩は、高さ五メートル、直径二メートルくらいの粗い紡錘形だ。岩と岩の間隔はそんなに開いていないけど、大砲の射線が通らないくらいには詰まっている。
地上に出ているのと同じくらい地下にも埋めてあるから、掘り出すのも難しいはず。そもそも一本が数トンあるから、重機のないこの世界では、魔法でも使わないと除去できないだろう。
そして、敵方に魔法使いがほとんどいないということは、捕らえた斥候から既に聞き出している。
ノランでも魔法使いは特権階級で、その上、貴族しか魔法の使用を認められていないらしい。貴族以外が魔法を使うと処罰され、ひどい場合は極刑もあるらしい。本当にひどい。
そして、貴族が前線に出ることはほぼない。つまり、あの岩の林を除去することはほぼ不可能ということだ。
これだけで大分、王国側が有利になっただろう。
だがしかし! 俺はこの程度で満足したりはしない!
銃撃戦なら塹壕だろう! ということで、砦の北側に塹壕を掘りまくってみた。それはもう、縦横無尽に。
塹壕を掘って出た土砂は、砦の前の土塁として再利用した。土塁って、意外と銃や大砲に有効らしいからな。炸裂弾じゃなけりゃ、これだけでもそこそこ耐えられるはず。
そしてこの塹壕、一部は地下を通り、大きく戦場予想地を迂回し、途中で地上へと出て、敵の布陣予想地の後方まで続いている。
つまり、敵の後方からの奇襲に使える秘密の通路になっている。敵への後方からの攻撃を支援する。これこそ正しい(?)後方支援だ!
「っていうかこれ、攻めてこられるのか? アタイなら諦めて帰るぜ?」
「アタシも帰るみゃ。帰ってご飯食べて寝るみゃ」
「あらあら。でも、もうしばらくは帰れないかもしれないわねぇ?」
「……むぅ。戦争反対」
うむ、俺も戦争は反対だ。
戦争自体は紛争解決の一手段に過ぎない。そこに善悪はない。善悪は、その手段を選んだ政府にある。
そして、戦争を選ぶ政府は悪だ。なぜなら戦争は社会秩序を破壊するし、社会秩序を破壊する行為のことを悪と呼ぶからだ。だから、その手段を選ぶ国家は悪。
もっとも、安定しているけどディストピアな社会を破壊する行為が悪かというと、それは微妙なんだよな。
SF映画のマト◯ックスはそういう世界で、最終的には戦争して解決してたし。あれは、政治的観点では主人公が悪になる。
それに、鎌倉時代末期の武将楠木正成は天下の大悪党とも皇国の忠臣とも呼ばれてたし、善とか悪っていうのは実に曖昧だったりする。受け取り手次第でどうとでも変わるものだ。
だとしても、この戦争を仕掛けてきたノラン首脳部が俺にとって悪だというのは変わらない。人を魔王呼ばわりする奴らなんて悪に決まってる! けしからん、悪は滅ぶべし!
ふむ。滅ぼすなら、もう一押し欲しいな。でっかい岩の球でもいくつか作っておくか。考古学者が逃げ惑うようなやつ。潰されて平面シロクマになるがいい。
◇
結局ノラン軍は岩の林で足止めされ、仕方なくその直前に陣を張り、そこを密かに迂回路から進軍してきた王国軍に奇襲され、武器弾薬を焼かれ、何もできないままに撤退していった。
そうして本格的な冬が来て雪が降り、今回のノラン軍の侵攻は終息した。戦争は一時中断となった。
俺は日常を取り戻し、また王都での学生兼教師生活を再開した。
まだ戦争は終わってないけど、俺の仕事は終わりだ。ここから先は国の仕事。
日常に戻って間もなく卒業式が行われ、三年生が学園を去っていった。
初の教え子の卒業に、不覚にも涙を流してしまったけど、これもまた思い出のひとつ。いい記念になった。
やんちゃな教え子からのお礼参りがあるかな? と思ったけど、皆普通に別れを惜しみつつ去っていった。素直な子たちばかりだった。
まぁ、一番やんちゃだったサッちゃんたちが、うちの家臣になったからな。心配するだけ無意味だったみたいだ。
卒業式が終わればすぐに終業式、そして年末年始の休暇に入る。久しぶりに何も予定がない、フリーな休暇だ。
さぁ、この休みは何をしようかな?








