第334話〜それぞれの親と娘たち〜
「もう少し、もう少しだけ時間をください! 必ず説得してみせますので!」
ヨっちゃんがジャスミン姉ちゃんに対し、勢いよく頭を下げる。
いや、頭を下げるのは俺にじゃないの? 君の雇用主になるのは俺だよ?
例の赤百合親衛隊構想だけど、話はそう簡単じゃなかった。最初の段階、彼女たちの親の説得で、早速ひとりが行き詰まっている。
サっちゃん他二名は問題なく親を説得できたそうだ。むしろ王家公認の女性騎士隊の創設メンバーということで、とても栄誉ある職に就けたと喜んでくれたらしい。
もっとも、その裏に貴族としての打算が隠れていることは疑う余地がない。
女性警護専門の騎士隊ということで、その有用性は王家も認めている。予算も出してくれるし、いずれそのノウハウを導入して、王城にも同様の騎士隊を創るという構想もある。
その創設メンバーということであれば、指導という名目で引き抜かれて王城の後宮勤めになる可能性もあるわけで、そうなれば王家との関係性を非常に強くすることができる。
引き抜かれなかったとしても、王家派重鎮の(と思われている)俺との関係を強化できる。何しろ、正妃の側近になれるわけだからな。
木端貴族との婚姻政策に使うよりは、余程有益だと判断したんだろう。強かなことだ。
しかし、ヨっちゃんの家だけは上手くいかなかった。父親が猛反対しているそうだ。
というのも、ヨっちゃんの実家がコテコテの貴族派だからだ。ここでも絡んでくるのか派閥問題。
まぁ、貴族派としたら、娘を王家派重鎮の(と思われている)俺に引き抜かれるわけだからな。首を縦には振れないだろう。
ちなみにサっちゃんの実家は王家派で、他のふたりは中立派だそうだ。全員男爵家で、ヨっちゃんの実家だけが子爵家だ。
「アタシは全然構わないわよ! ずっと待ってるから! いいわよね、ビート?」
「ああ、うん。まぁ、頑張って?」
どのみち、そう簡単に受け入れ態勢を整えられない。まだ整えられていない。騎士団の宿舎を増設しなければならないし、訓練計画も一から手探りで作っているところだし。
「ごめんねヨっちゃん、アタシたちだけ先に決まっちゃって」
「待ってるから。お父上の説得、頑張ってね!」
「うん。みんな、お姉様のことよろしくね!」
「もちろんよ! 任せておいて!」
先に親の説得を終えた三人は、既にうちの王都邸に住み込んでいる。
ゆくゆくはドルトンの領主館で働いてもらうことになるんだけど、今はまだ準備ができてないからな。しばらくはこっち勤務だ。
訓練はもう始まっている。と言っても、俺たちも初めてのことでノウハウが無いから、まだ仮も仮の訓練だけど。
基本的な内容はドルトンの騎士団と同じでいいと思うんだけど、女性警護ならではの訓練というのがピンとこなかったから、そこはクリステラに丸投げした。
ああ見えて元侯爵令嬢だし、貴族の女性の生態は熟知している。きっと適切な訓練内容を考えてくれるだろう。
そんなわけで、今の彼女たちはクリステラの指揮下にある。クリステラはフェイス家の家宰でもあるし、順当だろう。
彼女たちは貴族家の令嬢なので、礼儀作法については問題ない。そこはジャスミン姉ちゃんを見習わなかったようで安心した。ジャスミン姉ちゃんの礼儀作法は壊滅的だったらしいからな。
足りていないのは警護の技術と経験だ。どちらも一朝一夕で身に付くものではない。場数を踏むしかない。
というわけで、今は護衛としてジャスミン姉ちゃんに貼り付いてもらっている。フェイス家における公式な護衛対象女性はジャスミン姉ちゃんだけだからな。今は妊婦だし。
まぁ、それでもそこらの男どもより遥かに強いんだけど。なんなら、護衛する側よりされる側のほうが強いんだけど。
朝、稽古をして、ジャスミン姉ちゃんと一緒に朝食を食べる。昼間、ジャスミン姉ちゃんが街をブラブラするのに付き合い、屋敷で一緒にお茶を飲む。夕方、ジャスミン姉ちゃんと一緒に夕食を食べてお風呂に入る。
時折、暴漢役のアーニャやデイジーが襲いかかるのを撃退――できずに組み伏せられる。そしてクリステラにダメ出しされる。
そんな訓練の日々だ。
護衛が一緒にお茶飲んだり食事したりするのはどうかなと思うけど、ジャスミン姉ちゃんが一緒に食べろと言うんだから仕方がない。護衛対象のわがままに振り回されるのも訓練だ。
平和だなぁ。
……あっ、そうだ。
◇
「うむ、そうか! ついにできたか! よくやった、ビート!」
ワイズマン伯爵にバンバンと両肩を叩かれる。強いって! 埋まるから、床に打ち込まれるから!
「そうかそうか、オレの初孫か……実に楽しみだ!」
「アタシがおばあちゃんになるのね……嬉しいような悲しいような、複雑な気分だわ」
「オラたつの初孫だべさ! いや、ピーちゃんの兄弟姉妹だで、二人目だな!」
「んだな、賑やかになるだ! キャロットちゃんと歳も近ぇし、いい遊び相手になってくれそうだべ!」
休日を利用して、ダンテスの街のワイズマン伯爵夫妻と俺の両親に、ジャスミン姉ちゃんの妊娠を報告しにきた。
分かってはいたけど、両手を上げて喜んでもらえた。父ちゃんに至っては、今すぐ街中へ喧伝しに走り出しそうだ。やっぱり故郷は暖かくていい。
「できれば男の子が生まれてほしいところだが、ジャスミンは初産だからな。まずは大過なく健康な子を産んでくれたらいい。男か女かは二の次だ」
ジャスミン姉ちゃんの産んだ最初の男子は、ワイズマン伯爵家の跡取りになる予定だからな。ワイズマン伯爵がそう言うのも無理はない。
「まぁ、大丈夫だと思うよ。ジャスミン姉ちゃん自身が治癒魔法の使い手だからね」
先天性の病気や欠損を伴う怪我は無理だけど、それ以外なら大抵の病気や怪我は自分で治せる。
妊娠は病気でも怪我でもないけど、産後の体調不良であれば多分治せる。身体強化もあるし。
「うむ、そうか、そうだな。大丈夫だろう、大丈夫なはずだ」
「? なにか含むものがありそうだね、村長」
なんだか歯切れが悪いな。いつも剛毅果断な村長らしくない。
「うむ、まぁ、その……なんだ。ジャスミンは時々突拍子もないことをしでかすからな。それが心配でな……」
ああ、なるほど。それは確かに。常にこちらの想像の斜め上を行くからなぁ。
例えば、妊娠に飽きたから早く産もうと思って胎児に治癒魔法を使ったり……。
……。
…………。
いかん、有り得そうだ!
ヤバい、まだ治癒魔法はどれだけのことができるのか分かっていない! 何が起きるか分からない! 胎児に使ったら副作用が出るかもしれない! 最悪、流産なんてことも!?
「ど、どうしたビート? 凄い汗だぞ?」
「ごめん村長、大至急確認しないといけないことができた! 今日はもう帰るね!」
早急に確認して、胎児には使わないように釘を刺しておかないと!
◇
「し、ししししししてないわよ?」
あ、これはもう使ったな? まったく、油断も隙もない!
「まだ胎児に使ったらどんな影響があるか分かってないんだから、赤ちゃんへの治癒魔法は禁止! いいね!?」
「んもう、分かったわよ! しょうがないわね!」
不承不承ながら納得はしてくれたらしい。危ないところだったかもしれない。手遅れじゃなければいいんだけど。
妊娠初期での治癒魔法にどれだけ影響があるかは未知数だけど、若干成長が加速されたであろうことは想像に難くない。
どうやら、俺の長子は予定よりやや早く産まれてくることになりそうだ。
どうか無事に産まれてきますように。








