第26話~有名人じゃなくて超有名人だったのね~
商業ギルドは西門から街の中央広場へ向かう途中、やや広場寄りの3階建ての建物だった。他の商店や民家と同じく、木造と石積みで作られた頑丈そうな建物だ。通りに面した壁では大きな窓が開け放たれているが、ガラス戸ではない。街でも見かけないという事は、ガラスは無いのかもしれない。
観音開きの重厚な木製ドアをくぐると広いロビーになっており、右側は丸テーブルが数卓置かれている。中年くらいの男性一組が話し合いをしているのは商談だろうか。奥には2階へ上がる階段がある。正面は3か所の窓口カウンターで、男性1名、女性2名が座っている。おそらく職員だろう。今は窓口業務は無いようで、何やら事務作業らしき事をしている。左側は4人掛けくらいの木製ベンチが前後2脚おいてある。待合に使うのだろう。その奥は壁になっており、簡素な片開きの扉がある。どうやらトイレっぽい。
俺は村長の後ろについて窓口へ向かう。
村長の手には斧と魔石の入った袋が握られている。旅の荷物は背中のナップサックの中で、俺も同じくナップサックに荷物を入れて背負っている。
「魔石の換金を頼みたいんだが。」
村長は左奥の男性職員の前でそう切り出した。40歳前後のベテランっぽい雰囲気がある人だ。他の女性2人はまだ20歳をいくらか過ぎたくらいなので、この男性が窓口の責任者かもしれない。
「はい、承ります。こちらへどうぞ。」
そこそこよくある依頼なのだろう、カウンターの下から直径20cmくらいの浅い皿を出してきた。ここに出せってことか。でもねぇ…。
「すまんが、結構大量でな。それと換金の前に聞いておきたいんだが、魔石が大量に出回るとどのくらい相場が下がりそうだ?」
「心配要りませんよ。魔石は常に不足気味ですし、少々大量にお売り頂いても値が下がる事はまずありません。」
ちょっと困った人を見るように職員が返してくる。
商業ギルドではある程度大き目の魔石しか買い取りをしない。小さな魔石の買い取りは冒険者ギルドだ。大きな魔石はその大きさに比例した強さの魔物から取れるのだが、強い魔物が頻繁に狩られる事は無く、サイズの大きな魔石は絶対的に量が少ない。いくら商業ギルドと言えど、普通はどんなに多くても数十個単位の取引だ。その取引も魔境近くの街のギルドや領主との話である。個人で魔石を持ってくる者など、せいぜい十数個が関の山だ。
それ故のこの反応なのだろう。隣の女性職員など、あからさまに可哀そうな人を見る目つきで、口元には嘲笑まで浮いている。気持ちは分かるけど、職員なら顔に出すなよ。
「そうか、それを聞いて安心した。ではこれを頼む。」
ニヤリと笑った村長が、片手に下げていたバッグをカウンターに上げる。1×1mほどの、パンパンに膨らんだバッグだ。カウンターに乗せた途端に、ドスンという重い音とパキンという軽い音が響く。どうやらカウンターの上にあった皿が割れたようだ。まあ、しょうがないよね。そこに置けって言ったのはそっちだし。
驚いて立ち上がった男性職員の目の前で、村長が袋の口を開ける。当然のように、魔石がぎっしり詰まっている。
「な、こ、これは!?」
「査定にはどれくらいかかりそうだ?おっと、ビート、お前の魔石もついでに査定してもらえ。30個くらいあっただろう?」
「うん、わかった。じゃあ、これもお願いします。」
俺は自分のナップサックから、小袋に入った魔石を出す。これくらいならさっきの皿にギリギリ乗ったかも。しかしその皿はバッグの下で潰れているので、そのバッグの隣にちょこんと置く。
男性職員とその隣の女性職員は驚きを隠せず、大量の魔石に目が釘付けになっている。
「…!!し、失礼しました!只今査定致しますので、そちらでお待ちください。終わりましたらお声掛けさせて頂きますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
再起動した男性職員が、先程より明らかに丁寧な対応で尋ねてくる。現金なものだ。でも大口顧客は大切にしないとね。
「ああ、ダンテスだ。では頼んだ。」
「ダンテス様ですね、承知致しました。ではしばしのお待ちを…って、ダンテス?いや、そんなまさか!」
村長が名乗ると、男性職員は何かに気付いたようだった。ここでもまた『旋風』が出るのか!?と思ったら、村長はカウンターを離れさっさとベンチに腰を降ろしてしまった。流石に対応するのが面倒になったか。しかし、これほどまでに知名度が高いと街中じゃ暮らしにくいかもしれない。村長が辺境に引っ込んでたのは、こういう面倒を避けたかったからかもしれないな。だとしたら、今回俺のせいで街に引っ張り出してしまって、少々申し訳ない気がしてきた。
「村長、ごめんね。」
「ん?何だ?何かあったのか?」
「僕のせいで街に出てくることになって…。」
「ああ、そんな事か、気にするな。むしろオレとしては礼を言いたいくらいだ。…村をこれ以上発展させるのにどうすればいいか、いろいろ考えてたんだがいい案が無くてな。一番いいのは人を増やす事だったんだが、その手段がな…。奴隷を買う事が一番簡単だったんだが、元手をどうするかが問題でな。芋を多く作って売るにも、これ以上作るには畑を増やさなきゃならんが、そのためには人手が要る、それには元手が…って感じの堂々巡りだ。魔物を狩るにも、俺達の腕じゃ大森林の大物は危険だったしな。そんな時にお前が魔法使いだと分かって、大量の魔石を得た上、身体強化の魔法だ。この臨時収入で新しい奴隷が買えるし、身体強化を使える者が増えれば安定的に魔物を狩ることも出来るだろう。ありがたく思う事はあっても、謝られることは何もないぞ。」
どうやら、気の回し過ぎだったようだ。発言の半分は大人の配慮なんだろうけど。
「…正直、お前を手放すのは惜しい。だが、俺の才覚ではお前を扱い切れん。イナゴの群れを被害無しで食い止めるなぞ、王宮筆頭魔導士でも難しいだろう。森を荒らす事無く、大森林の魔物を何十匹も狩る事もだ。俺はお前が戦神の子だと言われても納得できるぞ?」
村長、ちょっと俺を過大評価しすぎだ。俺はそんな大した人間じゃない。頭の中がちょっとオッサンなだけだ。そういや、前世と合わせるともう30歳過ぎてるんだよな、俺…ちょい凹むわぁ。
「…僕は父ちゃんと母ちゃんの子だよ。」
「…ふっ、ふはは!そうだな、お前はうちの村で生まれた、グレンとサフランの子、ビートだ!ふはははっ!」
なんか村長のツボに入ったらしい。突然笑い出した村長に、建物内の人たちが何事かと目を向けてくる。すぐに興味を失って、自分たちの用事へと戻っていったけど。
「あの~、ダンテス様?ご歓談中申し訳ありませんが、査定の方でご相談がございまして、2階の応接室へお越し頂けませんでしょうか?」
そんな俺達に声を掛けてきたのは、先程の男性職員だった。








