第23話~タラシにはなれない、と思う~
薪と一緒に持ち帰ったのは蛇の魔物だ。タイタンバイパーという全長5mもある毒蛇で、咬まれると1時間程で死亡するという危険な魔物だそうだ。しかし、木の上に隠れていたのをサクッと先制攻撃で倒してしまったため、危険性は実感できなかった。
危険性がどうであれ、今の俺達にとってはただの肉だ。持って帰って血抜きした後、皮を剥いでぶつ切りにし、塩と香辛料を振って串に刺し、遠火でじっくり焼いて食べた。少し硬くてわずかに匂いがあるが、概ね鶏肉に近い味だった。ほぼ焼き鳥だな。ムネ塩。ビールを飲みたくなってしまったが、今のところビールどころか酒類を見たことが無い。おそらく村に無いだけで、街にはあるんじゃないかと思ってる。奴隷に酒なんて飲ませないだろうしな。
この蛇の毒は、咬まれるとヤバいが口から飲む分にはほぼ無害で、むしろ強壮剤の原料として人気が高いそうだ。ハブ酒みたいなもんか?そんなわけで、村長は切り取った頭の牙に陶器の小瓶を当て、毒を採取していた。なるほど、勉強になる。
テントを張って夕食を摂り、水浴びも済ませた。アンナさん達のサービスカットやラッキースケベは無かった。べ、別に惜しくなんかないんだからね!
後は寝るだけだが、いくら大森林よりマシとは言え、ここは魔境のど真ん中だ。交代での夜番を欠かす事は出来ない。本来なら俺はお客さんで参加の義務は無いのだが、将来の予行演習という事で参加させてもらっている。村長とビンセントさんは参加せず、護衛の4人と俺の5人で持ち回りだ。常に2人起きていて、ひとりずつ入れ替わっていく。俺は子供という事で、一番初めに交代する順番になっている。限界が来るといきなり寝ちゃうからな。
今夜のパートナーはアンナさんだ。焚き火を挟んで向かい合って座っている。
「その気配察知だっけ?便利だねぇ~。」
あまり大きい声は出せないが、眠気覚ましの会話は常に行っている。大抵はその日の出来事が話題で、今夜は俺が狩った蛇の話だ。
「うん、以前は『何か居る』くらいしか分からなかったけど、今は見た事ある魔物なら種類が分かるし、人なら『誰か』も分かるよ。」
「はぁ~、そりゃ凄いね。その力だけで一流冒険者になれそうじゃないか。いったいどんな風に見分けてるんだい?」
「気配の強さと、ん~、色?かな?」
「色?」
「うん、なんか、人や魔物によって色が違う感じがするんだ。ゴブリンは暗い灰色がかった紫で、あの蛇は暗いくすんだ緑かな。人はほとんど白で、少しだけ色が混じってる感じ。」
実際、目の前に居る人を注意して見ると、その周囲にオーラのようなものが見える。そのオーラに色が着いてる様に見えるのだが、それがどういう意味なのかは分からない。
「へぇ~、じゃあ、あたしは何色だい?」
「アンナさんはちょっとだけ青みがかった白かな?綺麗な色してるよ。」
「へ、へぇ~…ふふっ、なかなか口が上手いね。将来は女誑しに成りそうだ。」
「えっ!いや、そんなつもりじゃ!」
俺は素直な感想を言ったつもりだったが、アンナさんはちょっと意表を突かれたようだ。だからと言って、俺にそんな誑しスキルなどあるわけがない。と思う。
「まあ、あんたは魔法使いだしね。どう転んでも女が寄ってくるさ。将来が約束されてるようなもんだからね。」
「そんなに魔法使いって優遇されてるの?」
「ああ、何しろ数が少ないしね。あたしはあんた以外に見たことはないよ。それにほとんどが貴族様だ。あたしら庶民とは住む世界からして違うよ。」
「でも平民でも偶に居るんでしょ?」
「そういう話は聞くけどね。実際に見たことは無いよ。それに、聞いた話でも領主か国に囲われて、あたしら庶民とはもう顔を合わすことも無いって言うしね。」
「ふーん。そんなになんだ。」
俺は飼い犬なんかになりたくはないけどな。犬なら飼いたいけども。庭付き一戸建てで。
「何言ってんのかね、あんたの魔法見てりゃ納得出来る話だよ。何から何まで桁外れだ。」
む、結構抑え気味に使ってるのに、それでも常識外れなのか。なかなか難しいな。
「いいかい、これは冒険者の先輩からの指導だと思って聞くんだよ。これから先、騒動を起こしたくなかったら、その力はなるべく隠して生きな。強い力は富と名声を呼ぶけど、強すぎる力は災いを呼ぶからね。」
急にアンナさんが真面目な顔で忠告してきた。そしてその内容も至極真っ当だ。俺としても、無駄な騒動に巻き込まれたくはない。
「うん、分かった。アンナさん、ありがとう。」
「ふん、あんたは確かに強いし頭も良いけど、まだ子供だからね。隙が多くて危なっかしいんだよ。見てるこっちがハラハラしちまう。」
辺境暮らしが長かったからな。常識知らずなのは間違いない。アンナさんは、色々教えてくれる良いお姉さんだ。ちょっと蓮っ葉なところも親しみやすくていい。
「あはは、ごめんね。早く一人前になれるように頑張るよ。」
「ホント、あんたは変わってるよ。普通の子供は子供扱いされると怒るもんなんだけどね。ホントに7歳かい?」
ぎくぅっ!たしかに、普通の子供は大人扱いしてほしがるものだ。
「そ、そうかな?村には子供が僕しか居なかったからわかんないや。」
「ふーん、それならそうなのかもしれないね。まあいいさ。それより、そろそろ交代だよ。リサを起こしてきておくれ。」
「う、うん、わかった!」
ふう、何とか誤魔化せたかな。危ない危ない。マジで危なっかしいな、俺。
逃げるようにその場を離れ、そのままリサさんを起こしに行く。
テントは全部で3張り立ててある。ひとつのテントに2人ずつ寝ると、俺たちは7人なのでひとり余ることになる。夜番で誰かが必ず起きてるので、交代で寝るならこれで十分という事なのだが、俺はひとり馬車の荷台で寝ている。荷物の番を誰かがしなければならないというのもあるが、村長とビンセントさんが寝るテント以外は女性ばかりだ。いくら子供とはいえ、一緒に寝るのはちょっと気が引ける。
子供の特権?それは中身も子供の場合だけだ。俺の中身はもう30過ぎたオッサンだからな。
リサさんとミサさんが寝るテントに声を掛けると、すぐにリサさんが出てきた。装備も付けてるし、少し前から起きてたっぽい。目覚めが良いのも冒険者に必要なスキルかもしれない。
交代を告げてから、俺は馬車の荷台に向かう。荷台は荷物が満載されているが、子供ひとりが潜り込む隙間くらいはある。周囲に魔物の気配もないし、毛布を被ってさっさと寝てしまおう。明日も沢山走るんだから。
◇
「命が惜しかったら有り金と荷物、それとその女達を置いていきな!」
街まで残り1日半、道中最後の森をもうすぐ抜けるというところで、お約束がやってきた。盗賊だ。定番ではあるが、フラグを立てた覚えはない。自動的に発生するイベントってことなんだろう。めんどくさい。
見た限りでは馬車の前方に4人、後ろに2人だが、森の中にあと3人隠れてるのがわかってる。ずいぶん前から気配察知で捕捉済みで、皆にも注意をしてある。だから誰も慌ててない。
「あんた達、悪い事は言わないからとっとと消えな!今なら見逃してあげるよ!あたしらに手を出したら残念なことになるよ!」
アンナさんが警告する。これはあらかじめ決めておいた事だ。俺と村長が居れば、盗賊団の10人や20人は脅威の内に入らない。殲滅するのは簡単だ。ただ盗賊とは言え、人を殺すと後々面倒なのだ。死体をちゃんと焼くか刻むかして埋めないと、アンデッドになることがあるからだ。
それに、盗賊に遭遇した場合は領主に報告しなければならないのだが、裏取りやら手続きやらで3日程拘束されてしまうそうなのだ。ホント、めんどくさすぎる!
「ぐふふっ、威勢がいいじゃねぇか。こういうじゃじゃ馬を躾けるのも悪くねぇ。おい、野郎ども!女はなるべく傷付けるな!ガキとオッサンは好きにしろ!」
はい、交渉決裂。まあ、最初からそうだろうと思ってたけどね。生き残りが居たら通報されるし。
頭目らしき髭面の男の号令で、盗賊どもはジワリと包囲を縮めてくる。手には意外にちゃんと手入れされた剣や槍を持っている。
「ふむ、女子供ばかり働かせるのもバツが悪い。今回はオレも出よう。」
そう言って村長が荷台から降りてきた。手には愛用の両手斧を持ってる。
「な、なんだ、まだ居たのか、そそそ、そんなもので俺達がビビると思うなよ!」
ビビってるビビってる。180cmを超えるゴリマッチョが極悪な凶器を持って現れたのだ。ビビらない方がおかしい。俺だって先日の立ち合いの時は…あれ?ビビってねぇな…そうか、俺はおかしいのか。なんか凹むわぁ。
「ビート、後ろのを頼む。アンナ達は俺と一緒にあの4人だ。なるべく殺すな、行くぞ!」
「「「「はい!」」」」
「はーい。」
村長の掛け声とともに、アンナさん達が駆け出す。俺は凹んだのを一旦置いておく事にして、身体強化を発動させる。
ああ、そういえば、村長もついに身体強化を会得した。つい昨日の事だ。魔法の発現は出来なかったが、元々の身体能力が高いのでとんでもないパワーを出すことが出来た。なんと荷物満載の(たぶん1t以上ある)馬車の下に潜り込み、浮かせることが出来たのだ。『何その超人オ○ンピック!』とか思ったのは秘密だ。まだ長時間の発動は出来ないが、元々凄腕の冒険者だ。木っ端盗賊を退治するには十分すぎるだろう。
身体強化を発動させた後、俺は森の中へ駆け込む。森は下生えが茂っており、子供の俺なら十分隠れられる。案の定、盗賊たちは俺を見失うが、まだ慌てたりはしていない。『ちょっと素早い子供が逃げ出した』くらいにしか考えていないのだろう。俺としてもそう考えてくれた方が楽でいい。
先ずは森の中に潜んでいる奴らを無力化する。隠れている奴らは間隔を空けて潜んでいる。武器は弓のようだ。俺が逃げ込んだのに動く様子は無い。訓練されてるのか場慣れしているのかは分からないが、意外に落ち着いてる様だ。まあ、俺にとっては大した問題じゃない。
一旦森の奥まで行ってから、気配を消しつつスカイウォークで木の上を走って戻る。盗賊の注意は下生えに向いてるので、完全に死角だ。
ひとりの弓使いの後ろ上方に移動し、右拳を平面で固める。そのまま飛び降りる勢いを乗せて、思いっきり後頭部を殴り飛ばす。
「ぐあっ!?」
「なんだ!?どうした!?」
弓使いはうつ伏せに倒れこみ、そのまま気を失ったようだ。俺は見つかる前にまた下生えの中に隠れる。後は繰り返しだ。
◇
「くそう、出てこい小僧!ぶっ殺してやる!!」
そんなこと言われて出ていくわけないじゃん。隠れていた3人目の弓使いが倒されたあたりで、最初から姿を見せていた奴のひとりがキレた。手にした両手剣で、手当たり次第に下生えを薙ぎ払っている。そんな所には居ないんだけどな。もうひとりはまだ比較的落ち着いてるようで、油断なく周囲を見渡している。やるならこっちからだ。
拾っておいた小枝を遠くの茂みに投げる。その音に気を取られた盗賊の後頭部を殴りつける。
「ぐうぅ!?」
他の連中と同じように、その盗賊も倒れて気を失う。
うん、別に枝を投げる必要は無かった。一度やってみたかっただけだ。
仲間が倒れた音を聞いて、最後のひとりがこちらを見る。もう俺は隠れてはいない。1対1なら隠れる必要はない。
「てめぇっ!ぶっ殺す!!」
完全に頭に血が上った盗賊が、袈裟懸けに剣を振り下ろしてくる。意外にちゃんとした剣筋だ。元は兵士とかかね?
しかし、当たらなければどうということはない。半身になって躱し、続く2撃3撃も左右に躱す。
「くそっ、チョロチョロ逃げ回りやがって!!」
怒りの余り、大振りになっている事に気づいていないようだ。それでは何度振ってもかすりもしない。
暫く躱し続けると、空振りが続いて疲労が溜まったのだろう、剣速が落ちてきた。そろそろ片を付ける事にするか。
懲りずに袈裟懸けに振り下ろしてくるのを躱して懐に潜り込む。そのまま勢いを乗せて、右足を踏み込みつつ右肘をかち上げる様に盗賊の鳩尾へ叩き込む。ゲームなんかじゃ頂肘と言われる技だ。
なんでこんな技を知ってるかというと、前世でゲームを作っていた時に格闘家キャラが居たからだ。その時に必要に駆られて格闘技を調べたのだ。今生では子供故に扱える武器が無かったため、その時の知識を活かして素手でも戦える格闘系の技を練習したのだ。人生、何が役に立つか分からない。
「う…ぐぇ…。」
盗賊は剣を手放し、腹を押さえて蹲る。カウンター気味に人体の急所へ入ったのだ。気を失ってもおかしくない程の、地獄の苦しみに違いない。せめてもの情けで、蹲った盗賊の頭を蹴り飛ばして意識を刈り取ってあげた。俺優しい!
…外道言うなや。








