第219話~大会の波に乗ろう~
翌日の式典は滞りなく進められ、最後に王様から武術大会の開催が発表された。
概要としては、
▼参加資格は王国内に住んでいる成人男女で奴隷ではない者(但し俺を除く)。
▼参加者が多い場合は予選を行い、上位十二名と特別枠四名で決勝トーナメントを行う。
▼魔法と武器防具の使用は禁止。布製の衣類のみ着用可。
▼噛みつき、目つぶし、金的攻撃、故意の殺人は反則。
▼勝利条件は相手が気絶または降参するか、反則を犯した場合、審判が続行不可能と判断した場合。
▼予選は二月二十八日と二十九日、決勝トーナメントは三十日と三月一日。
▼優勝者には王都文教区に庭付き一戸建てまたは賞金大金貨百枚。上位入賞者にも相応の賞金を授与。
というものだった。
特別枠は俺とクライン氏、子爵他一名だ。シードで予選免除になった。全員貴族だしな。
王様は、王太子殿下の説得で出場を諦めたらしい。でかした! さすが次代の国王! 俺の中で殿下の株はストップ高だ。貴方が王国最後の良心だ。今後も頑張ってほしい。主に俺の心の平穏のために。
その代わり、近衛騎士団長が無理やり参加させられることになった。特別枠最後のひとりだ。剣聖である国王の直弟子なので断れなかったそうだ。ご愁傷様。
二月が三十日まであることに若干の違和感があるけど、これは異世界だから仕方がない。気にしたら負けだ。何との勝負なのかは知らない。
奴隷が出場禁止なのは、主人に『死ぬまで戦え』という命令をされる危険があるからだ。そんな陰惨な試合は王太子の誕生日イベントに相応しくないからな。
「賞品は王都に庭付き一戸建てか。ちょっと微妙?」
「いえ、王都は人口が多いですから、余っている土地はそう多くありませんわ。買おうと思ってもそうそう手に入るモノではありませんから、文教区にそこそこの広さであれば、大金貨二百枚以上でもおかしくありませんですのよ?」
「結構奮発したんやな。次回以降があるとしても、ここまでの賞品は出んかもしれんな」
大金貨二百枚はだいたい二億円くらいだ。文教区は王都の北西にある閑静な住宅街で、関東で言うと目黒、関西だと芦屋な感じかな? 目黒に二億円だと、豪邸とまではいかないにしても、そこそこの邸宅だよな。都心の一等地で出物が少ないと考えると、今回の賞品はなかなかのものと言えるか。田舎だと二億出せば大豪邸なんだけどな。
「王都に拠点ができると、宿を取らなくて済むのがいいよな。維持費はかかるけどよ」
「ウチの一族を何人か常駐させとけばいいみゃ。人件費は要らないみゃ」
「あらあら、王都暮らしなんて贅沢ね。うふふ」
「いやいや! 皆、僕が優勝する前提で話してるけど、まだわからないからね?」
「何言ってんの、出るからには優勝するのよ!」
「まぁ、ほぼ決まりやろ。『旋風』様って線もあるけどな」
真面目にやれば魔法無しでも勝てるとは思うけど、そもそもあんまり頑張る気はないんだよなぁ。初戦のクライン氏に勝てればそれでいい。二回戦以降は棄権するつもりだ。
王都での拠点ならいつものホテルがあるし、もし買うにしても、大金貨二百枚程度ならすぐに出せる。庭付きは難しいかもしれないけど。だから、わざわざ大会で頑張る必要がないんだよなぁ。
「……庭付きならウーちゃんとタロジロが走り回れる」
「よし、頑張って優勝しちゃおうかな!」
ワンコたちのためなら仕方がない! 快適な飼育環境構築は飼い主の義務だからな! そう、これは義務なのだ! 宿命なのだ!
「デイジーはビートはんの扱い方が上手うなってきたな」
「……旦那にやる気を出させるのは妻の役目」
「っ! わたくしも負けてられませんわ!」
なんか女性陣が燃え上がってるけど、俺はウーちゃんたちのために頑張るだけさ!
◇
一旦子爵夫妻を領地に送り、ちょっとボーダーセッツに寄り道して『湊の仔狗亭』の皆にボーナスを渡し、ついでに特製石鹸と特製シャンプーを作って補充し、牧場で卵やら牛乳やらを仕入れて、ドルトンへと帰り着いたのは予定いっぱいの一月十日だった。翌十一日からは通常業務だ。全然休んだ気がしない年末年始だった。
それからは街道工事に港の拡張工事、冒険者学校の講義や冒険者ギルドの書類仕事などをこなしつつ、ドルトンと拠点を往復する忙しい生活を送った。
とはいえ、毎日の訓練も怠ってはいない。毎朝の訓練はもちろん、日々の生活でも身体の周りを重力フィールドで覆い、常に高負荷をかけていた。亀〇流の甲羅みたいなもんだな。外すと身体が軽くなるってやつだ。
アニメや漫画だと平気で五倍とか十倍とかの重力をかけてたけど、俺は三倍くらいが限界だった。それ以上だと骨や関節が重力に耐え切れず、立っているだけでミシミシと軋むのだ。まだ骨の柔らかい子供だし、無茶はしないことにした。無理な負荷をかけると成長に悪影響があるかもしれないしな。
身体強化があってもこのざまだ。アニメや漫画の主人公が如何に人間離れしているかがよく分かった。あ、純粋な人間じゃない奴等がほとんどだな。納得。
さて、それはそれとして。
俺が王都へ行っている間に、ジュニアと一緒に拠点へやって来たヒト族ふたりが動きを見せた。ひとりが拠点の外へと脱走を図ったのだ。ジョンの監視記録によると、どうやら外部と連絡を取ろうとしたらしい。
このふたり、そこそこ大きな組織のメンバーらしく、仲間がボーダーセッツにもいるようだ。その仲間と連絡を取るために拠点からの脱出を決行したらしい。組織については相変わらずよく分からない。こいつら、重要なことは何も話さなかったのだ。もっと読者に説明するみたくベラベラ喋れよ。これだから現実は気が利かない。
ジョンには破壊工作や扇動以外は見逃すように言っておいたから、脱出はアッサリ成功した。中から外へ出るのは、梯子さえあれば難しくないからな。塀を乗り越えるだけだ。梯子の材料はいくらでもあるし。
ただし、塀の外へ出てから十メートルも進まないうちに大蜘蛛に捕まり、美味しくいただかれてしまったらしい。大森林を甘く見たな。
この拠点は、中級冒険者がパーティを組んでなんとか辿り着けるかどうかっていう魔境の奥地にある。魔法使いでもない一般人がソロで踏破するのは、無謀というか、無望だ。不可能に近い。塀を乗り越えることは危険だって、最初に説明したのにな。元々エンデのひとらしいから、大森林の恐ろしさを理解できなかったのかもしれない。
なんにせよ、これで拠点内の不穏分子はひとりになった。しばらくは仲間が戻ってくるのを待ってるだろうから、変な行動を起こすことは無いだろう。
そしてそのうち、いつまで経っても帰ってこない仲間に疑念を覚え始めるはずだ。『何か問題が起きたのかも。それとも、もしかしたら自分は見捨てられたのか?』と。さぞかし心細く疑心暗鬼になることだろう。
その不安が最高潮になったあたりで俺が声を掛ける。『お前たちが何かを企んでいることは知っているぞ』と。その後は適当に突っつけばボロを出すだろう。対処はその時でいい。それまではジョンの監視だけで十分だ。
いやぁ、俺って腹黒いなぁ。自分で理解しているあたり、救いようがない。これが大人になるってことか、寂しいものだ。大人の階段は決して煌びやかではない。上らないで済むならその方がいいんだけど、そうもいかないのが世間の厳しさよ。
◇
そんなこんなで、あっという間に二月も末だ。再び王都へと向かう時が来た。
訓練も問題なく仕上がって、調整もバッチリだ。
さぁ、天下一〇道会へ殴り込むとしますかね。








