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第1話~生まれ変わったかもしれない~

初投稿です。

 仰向けに寝転がったまま、剥き出しの太い木の(はり)が見える天井に向かって両手を伸ばす。まぁ、届かないよな。

 そのまま左右の掌をゆっくり開いたり閉じたりしてみる。何となく違和感はあるが、ちゃんと思ったように動かせるようだ。自分の手なのだから当たり前といえば当たり前だが、しかし、ということは、やはり…。


「(これって、やっぱり『生まれ変わり』ってやつなんだろうな…。)」


 自分自身の、小さな赤ん坊の手をニギニギしながら、俺はそう思った。



 俺は都内某所にある、中堅ゲームメーカーに勤めるデザイナーだった。過去形。名前は…どうでもいいか。もう意味ないし。


 関西の某有名(?)テーマパークのそばに生まれた俺は、特に何事もなく成長し、最寄りの電気系大学のソフトウェア系学科を卒業した。しかし在学中にゲーム好きを(こじ)らせた結果、それ系専門学校に2年間通い、デザイナーの勉強してから入社したのが(くだん)の会社だった。


 専門は3DCGモデリングなのだが、中堅や弱小企業のデザイナーが都合のよい便利屋だと知ったのは、入社半年くらい経ってからだった。2Dのドット絵(アイコン等の小さな画像)作成からテクスチャ(3DCGモデルに張り付ける質感表現用画像素材)作成、リギング(3DCGのモデルを思い通り動かすための操作装置設定)、モーション、レベルデザイン(3DCGのフィールドデザイン)、エフェクト(特殊効果)作成等々、(およ)そ画像作成と名の付く事は一通りやらされた。大手ならそれぞれに専門職がいるくらいなのだが、人件費という世知辛い事情から、中小では兼任どころか全部やらなくてはならなかった。ホント世知辛い。


 そんなわけで就職二年目には転職が頭にちらついていたのだが、仕事の切れ目というか、丁度いい区切りに巡り合えなかったため、ずるずると4年も勤める羽目になってしまった。

 その間に(こな)した仕事は、2本のスマホアプリと1本のパチンコの仕事(下請け、ひょっとしたら孫請けかも?)。これらがどういう訳かそこそこ評価されてしまい、翌年度からはチーフを任されることになってしまった。


 チーフというのは、部下を監督しつつ自らも制作業務を熟さなければならない立場だ。つまり、超忙しい!なのに給料は手取りで数千円上がるだけという、非常に割に合わない役職だ。正直断りたかったのだが、やりかけの仕事を放り出して出ていくのは無責任な感じがしたので、結局そのまま引き受けてしまった。

 案の定、5年目からの仕事は恐ろしくハードなものになった。



「無理ですって!たった4人のデザイナーで半年で上げるとか!前回の使いまわしでなんとかって言いますけど、世界観もインターフェイスもまるっきり変わってるじゃないですか!使いまわせるものなんか、ほとんどないですよ!」


 プロデューサーに食って掛かる俺。前回作ったスマホアプリRPGの続編を作ることになったのだ。しかし、予算の関係(またか!)とやらで、開発期間が前回の1/3まで削られてしまっていた。そしてこれは確定事項だというのだ。


 納期が延びないなら人海戦術しかない。他のプロジェクトのメンバーを引き抜くか、外部に発注するか。その為の談判だったのだが…、


「無い袖は振れないって言うじゃな~い?なんとかしてよぉ~、ねぇ~?ほらぁ~、チーフになったんだしさぁ~、ここが腕の見せ所じゃな~い?ねぇ~?」


 前から思ってたけど、このプロデューサー、変に語尾を伸ばすのがムカつく!丸顔で薄くなった頭に丸メガネという、某大物関西芸人T.Sそっくりなのに、生まれも育ちも東京23区内というのが更にムカつく!理由はわからないけど!


「いや、腕でなんとかなる範疇を超えてますよ!この作業量を納期までに終わらそうと思ったら、人手が1.5倍必要ですって!」


 この一言は余計だった。


「じゃ~、1.5倍働いてぇ~?残業代はちゃんと社長に話しとくからさぁ~。よろしくぅ~。がんばってねぇ~。」


 俺の盆休みと年末年始休暇が消えた瞬間だった。



 それからは仕事以外の記憶がほとんどない。

 部下のデザイナーは有能だが、皆女の子だった。そんなに厳しくは出来ないし、遅くまで残業させるわけにもいかない。何より嫌われたくない!俺も男だ、女の子の好感度を下げたくはないのだ!男なら解るはず!


 必然、その分の負荷は自分に返ってきた。

 月曜と水曜、金曜は会社に泊まり込み、それ以外はギリギリ都内に借りたアパートに終電で帰る。土曜の朝は始発で一度帰り、洗濯など諸々の用事を済ませたらまた出社してそのまま泊まり込み、日曜の朝に帰って丸1日死んだように眠る。そしてまた月曜の朝を迎える。


 そんな生活を3か月も続けると、体重は8kg減った。ちょっとヤバいかもしれん、と思ってはいたのだが、納期は問答無用で迫ってくる。栄養ドリンク片手に頑張るしかない。社長もそんな無茶な残業を認めるなよ!ブラックすぎるだろこの会社!!


「俺、この仕事終わったら会社辞める!絶対辞める!」


 週に一度のペースでそう叫んでいたのだが、これがフラグになってるとは思いもしなかった。



 その日は非常に静かだった。一昨日からほとんどの社員が年末年始休暇に入っており、社内には俺一人だけだった。もう夜も大分更けて、表の通りを走る車の音も少ない。

 夕食は1時間ほど前にコンビニ弁当で済ませた。大きめのステンレス製マグカップに()れた眠気覚ましのインスタントコーヒーを、行儀悪く歩きつつ(すす)りながらデスクに向かう。

 作業内容は、本職である3DCGのモデリング作業。さて、続きをやりますかーとマウスに手を伸ばした瞬間、それはやってきた。


 何の前兆も脈絡もなかった。


 胸に走るとんでもない激痛。刺し貫かれて、(えぐ)られたような。当然ながら、実際には何処も刺されてはいないし、血も出ていない。痛みのあまり胸を押さえて蹲るが、その勢いで椅子がずり下がり、床に転げ落ちてしまう。あまりの痛みに息も出来ない。声を出すことも出来ないが、頭は冷静に現状を把握しようとしていた。

 おそらくこれは心筋梗塞。早急に治療しないと、命が助かっても脳に重篤な障害が残る危険な病気だ。なんでそんなこと知ってるのかというと、父方の祖父母と母方の伯父がこの病気で亡くなっているのだ。『家系的に(かか)りやすいかもしれん。』と父親に言われたことがあり、気になって調べてしまったのだ。ボソッと言われたもんだから、めっちゃ怖かった。

 あ、まさかそれがフラグだったのか?何してくれてんねん、父ちゃん!


 今、会社にいるのは自分ひとり。他からの救助は期待できない。自分でなんとかしなければ。

 そう思いつつ、デスクの上で充電中のスマホに手を伸ばす。ほんの数十cmがやけに遠い。脂汗を流しながらやっとのことでスマホを握りしめる。


 …が、そこまでだった。


 目の前が暗くなり、意識が遠のく。暗い世界に落ちていく。幸いにと言うべきか、痛みも感じなくなっていく。眠りにも似た意識の喪失を感じている中、遠くに鐘の音が聞こえた気がした。


「(ああ、今日は大晦日か…。)」


 そこで俺の全てが終了した。走馬灯は回らなかった。



 産まれたときのことは、おぼろげに覚えている。めっちゃ苦しくて不安で、大声で泣き叫んだような気がする。そんな自分を抱きかかえて、あやしてくれたのは母親だったのだろう。柔らかい感触と、安心する甘い匂いを覚えている。


 しかし、この数日は意識が混濁していたのか、色々と記憶があやふやだ。ついさっき、ようやく意識がはっきりし、ついでに前世の記憶を思い出したというわけだ。


 前世に未練があるわけではない。親より先に死んでしまって申し訳ないとは思うが、あのブラック企業に一矢報いたと思うと晴れやかなくらいだ。

 一応、個人のPCの秘密のフォルダは、偽装した上で隠しフォルダ化してある。それと知らなければ気付かれることはあるまい。…無いよな?


 おっと、そういえばこういうときのお約束をまだやってなかった。こういうのは様式美だから、きちんと踏襲しておかなければ。

 仰向けのまま目を(つむ)り、ゆっくりと開く。そして一言。


『…知らない天井だ。』


 そう言いたかったのだが、口から出たのは、


「いあぁいえうぇうばぁ~。」


 だった。


 締まらんなぁ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「無い袖は振れないって言うじゃな~い?なんとかしてよぉ~、ねぇ~?ほらぁ~、チーフになったんだしさぁ~、ここが腕の見せ所じゃな~い?ねぇ~?」 そう、無い袖は振ったらダメなんです。会社が困…
[一言] 本筋には関係ないけど、前世でいたブラック企業は大変なことになったでしょうね 中小企業って書いてあるから下手したら潰れたかも、少なくとも語尾伸ばすむかつくプロデューサーはただじゃ済まなかったは…
[一言] 草の方、お名前にリンクされてないのであまり見ていない人だとわからないかも?
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