第17話~ギリギリセーフ、でもブラックアウト~
いや、今は驚いてる場合じゃない!砕かれるなら次の壁を作ればいい!
魔力を練って、さっきと同じ壁をもう一度作る。おそらくまた砕かれるだろうが、原因と対策を考える時間が稼げればいい。その間に次の、砕かれない壁を作ればいいのだ。ダメ出しにいちいち凹んでるようじゃ、デザイナーなんかやってられない。
破裂音にも似た『パーン』とも『カシャーン』とも聞こえる音を立てて壁が壊れる。砕けた壁は細かい光になって消えるが、それもすぐイナゴの群れの中に埋もれて見えなくなる。そのイナゴ達も、2枚目の壁にぶつかって地面に落ちていく。この2枚目の壁が壊れるまでに対策を考えなければ。
壁の向こうは、既に落ちたイナゴで埋まっている。『イナゴが積もっている』なんていう表現を使うことがあるとは思っていなかったが、実際、壁の向こうには10cmくらいイナゴが積もっている。まだそれほど時間は経ってないというのに、いったい何匹居るのやら。
…それか?それが原因か?
俺の平面魔法は大爪熊の一撃を余裕で耐える。仮に大爪熊の攻撃力を100としよう。それを余裕で耐えられる、俺の平面の防御力を500とする。このふたつがぶつかった場合は500-100=400で俺の平面の勝ちだ。
一方、イナゴが壁にぶつかる力を1とすると、500-1=499でやはり俺の平面が勝つ。が、イナゴが1000匹いたら500-1000=-500でイナゴの勝ちだ。つまり物量に負けてしまったということになる。前世で例えるならネットのDos攻撃、つまり飽和攻撃だな。『戦いは数だよ、兄貴』とはよく言ったものだ。これ以上端的に真理を言い表した言葉もそうあるまい。
では、どうすれば良いか?方法はいくつか考えられる。
ひとつは『数には数で』だ。『壊れたら新しい壁を作ればいいじゃない』という事だが、如何に俺の魔力が多くても限界はある。イナゴの数と俺の魔力、どちらが先に尽きるかなんてチキンレースをするのはまっぴらだ。
もうひとつは『壊れない壁を作る』というものだ。魔力を供給し続ければ壁の維持は可能だ。だが、これも魔力と数のチキンレースになってしまう。
今思いつく最後の方法が『受け止めない』だ。逃げるというわけではない。つい最近練習したことを活かすのだ。受け止めきれないなら『受け流す』。大爪熊さん、あなたの命は無駄にしませんよ!虚空にサムズアップした良い笑顔の大爪熊が見えたような気がしたが、気のせいだろう。大体、笑顔の熊ってどんなやねん。
2枚目の壁から100m程離れて、また壁を作る。先程までの壁より1.5倍高めの壁だ。これを前方に約45度傾けて固定する。この壁にぶつかったイナゴは地面に向かって反射することになる。簡単なベクトル、中学の数学だな。壁が受けるはずだったエネルギーの何割かが地面の方向へと逃げることで壁の強度が疑似的に増すというわけだ。それでもいずれ壊れるんだろうけど、さっきまでよりは長く持つだろう。その間に休憩を挟めば魔力も回復できるから、長丁場になっても耐えられるはずだ。
壁を逆に傾けると飛び越えられてしまうし、壁自体を楔形にすると、村は無事でも森に被害が出てしまう。森が荒れると魔物が外に溢れるかもしれない。そうなれば蝗害にも劣らない被害が出てしまうだろう。ここから後ろに通すわけにはいかないのだ。
2枚目の壁が砕け散り、イナゴが3枚目の壁に殺到する。そして次々に地面へと墜落していく。壁は想定通りに機能しているようだ。
3枚目の壁のすぐ後ろに、4枚目の壁を作り出しておく。ちょっと端の方を様子見したかったから、念の為の備えだ。
一応気配察知で探ってみたのだが、ジャミングされてるみたいに全く機能しなかった。あまりに多くの、しかも小さな気配がありすぎて認識が追い付かないのだ。なので、確認には目視しかない。身体強化して走っていく。明日は絶対筋肉痛だな。
東側は問題なかった。イナゴは壁の端にまでは来ておらず、地に落ちた後は壁に沿って西に流れているようだ。どうやらイナゴは真北から飛んできたわけではなく、東の山脈からの風で流されて北北東から飛んできているようだ。
そのせいで西側はやばかった。あと10分遅かったら壁の端を越えられるところだった。新たに南北方向の壁を作って堰き止めておく。これでしばらくは安心だ。
◇
残りの魔力は1/3程。ようやくイナゴの群れが止まった。太陽は西の丘に差し掛かっている。壁を張り替えつつ休憩を取り、かれこれ5時間程掛かっただろうか。
壁の向こうは想像を絶する有様だ。透明の壁の向こうに積もったイナゴは2m近い。俺の身長をゆうに超えている。いったい何匹、いや何億匹いることやら。下の方の奴は潰されて、もう生きてはいないだろう。上の方は上の方で、餌になる草まで行きつかないからか、共食いをしている奴もいる。なんかトラウマになりそうな絵面だ。前言撤回、こんなライダーは遠慮したい。
さて、イナゴの方は落ち着いたかもしれないが、俺はここからもう一仕事だ。何しろ、この壁は俺が寝ると消えてしまう。そうすると生き残った奴が村に襲い掛かってしまう。一晩くらいなら徹夜出来るかもしれないが、子供の身体という奴は突然睡魔に負けてしまうから、なるべく早くこいつらを処理してしまいたい。ほんと、ブレーカーが落ちるように突然寝てしまうのだ。
角になっている南西方向から、表層10cm程の土と一緒に壁を北北東方向にスライドさせる。それはさながらブルドーザーだ。村の北側はほぼ平地だが、多少の起伏はある。そこを整地するように、一切合切を掘り返して削り取っていく。
土ごと掘り返しているのは卵対策のためだ。卵を残してしまうと、来年、いや数か月後にはまたイナゴに襲われてしまう。今はまだ夏の終わりだ。この辺りは温暖だから、虫は冬の只中以外は生きていられる。下手をすると1か月後には孵化してまた南下してくるかもしれない。何度もこんな大変な思いをするのは御免被る。
太陽が完全に丘の向こうに沈んだ頃、集めたイナゴと土は30mくらいの壁になっていた。村からは30kmぐらい離れただろうか。
俺帰れるかな…。
今度は東西に延びているこのイナゴ壁を、一か所に集める。壁の西端にはもう壁があるから、同じように東側にも壁を作る。それを中央に向かってスライドさせれば…。
なんか、とんでもないモニュメントが出来てしまった。一辺50m以上、高さは100m近くあるだろうか。土の間にイナゴが埋もれた、非常に悪趣味で巨大な直方体だ。流石に生きている奴は極僅かだろうが、念の為に処理しておく。
直方体の上から、ぴったりサイズよりちょっと小さめの板を落とし込む。そして、それをそのまま下に押さえつけていく。ギューッと。メキメキ、ポキポキ、ブチュっという音が聞こえてくる気がするが、気のせいだ。高さが半分くらいになって、ほぼ立方体になったあたりでやめる。気配察知で探ってみるが、ほぼ死滅したようだ。平面を解除して一息つく。もう魔力は1割くらいしか残っていない。村へ帰ったらそのまま倒れこんでしまいそうだ。
後の処理は明日でいい。その為の準備は村長がしてくれているはずだ。
さあ、帰ろう。いつもの日常に。
◇
帰れませんでした。
いや、村には無事帰り着いた。身体強化をギリギリまで使って、帰り着いた時にはもう真っ暗だった。本当なら当番じゃないはずの父ちゃんが門番をしていて、一番に出迎えてくれた。俺を見つけた途端、ものすごい勢いで抱き着いてきた。人目もはばからず号泣しながら。うん、心配かけたことは分かってる。なので、しばらく為されるがままになっていたのだが、どうやら思ったよりも疲れていたらしく、父ちゃんの腕の中でいきなりブレーカーが落ちた。自分で思ってたより、マジでギリギリだったんだな。
◇
目が覚めるといつものベッドの上で、いつもの天井が見えた。知ってる天井だ。
台所の方から人の気配といい匂いがする。母ちゃんかな。腹が盛大に空腹を訴える。そういえば昨晩は何も食ってない。丸一日食ってないんだから、子供の身体にはかなりの負担だろう。台所へ向かうために身体を起こそうとすると、予想していた通りの酷い筋肉痛に思わず呻いてしまう。
すると、台所の気配が素早くこちらへ移動してきた。
「ビート、目ぇ覚めただか!?」
やっぱ母ちゃんだった。呻き声を聞きつけたんだろうか?それほど大きな声ではなかったと思うんだが、相変わらず謎の察知能力だ。
「母ちゃん、おはよう。僕どのくらい寝てた?」
「どんくれぇも何も、一晩だけだぁ。夕べ父ちゃんがおめぇさ担いで帰ってきて、そのままベッドさ運んで寝かせただ。」
ありゃ?漫画やラノベだと3日くらい寝てたり、下手したら年単位で昏睡してたりするものなのに、俺は普通に寝て起きただけだった。ああいうのって、やっぱフィクションの中だけの事なのかね?
「旦那様から、おめぇが起きたらすぐ連れてくるように言われてるだ。だども、昨日から何も喰ってねぇべ?すぐ朝飯作るだで、ちっとだけ待つだよ。」
あー、やっぱりそのまま流してはくれないよな。状況と事情を説明しなきゃ収まるはずがない。さて、どこまで話すべきか、今から理論武装しとかないとな。憂鬱だ。まるで業務が遅延してるときの事業会議前みたいな心境だ。この胃の痛みは空腹のせいだけではないんだろうな。行きたくねぇ~。
◇
「まずはイナゴの件からだ。あれからどうなった。」
朝飯の後、母ちゃんと一緒に村長の家にやってきた。そして開口一番の村長のセリフがそれだった。
「村から北北東に10リー(約30km)くらいのところに土で固めてきたよ。まだ何匹かは生きてるかもしれないし、卵も生きてるかもしれないから、早めに焼いて処理したほうがいいと思う。」
「そうか、それは急いだ方がいいな。すぐに向かおう。案内できるな?」
お?追及は無しか?ラッキー!
「聞きたいことは山ほどある。道中で聞かせてもらおう。」
はい、そんなに甘くはありませんでした。