第163話~フラグは既に回収済みだった~
呼び出しを受けて冒険者ギルドへ顔を出すと、そのままいつもの応接室へと通された。個人的に『ベルベットルーム』と呼んでいる部屋だ。鷲鼻のオジサンはいないけど。
俺の左に座ったピーちゃんと右側足元のウーちゃんを撫でながら、出されたお茶を舐めつつ待つ事暫し。いくつかの書類を抱えたタマラさんが部屋に入ってきた。
「ごめんなさいねぇ、急に呼び出したりしてぇ。あらぁ、その子が新しい従魔ぁ? 可愛いわねぇ」
今日冒険者ギルドに顔を出しているのは俺とウーちゃん、ピーちゃんだけだ。他の皆には子供たちの訓練を続けてもらっている。用件を聞くだけなら俺ひとりで十分だ。
ピーちゃんを連れてきたのは、一緒にお出かけするって約束だったから。子供との約束は守らないとな。
何をしでかすか分からなかったから少々心配したけど、ここに来るまでは大人しいものだった。キョロキョロしたり『アレなに? アレなに!?』と質問攻撃はあったけど、そのくらいは子供なら当たり前のことで、全然許容範囲内だ。何も問題は無かった。案ずるより産むがやすしってこういうことなんだな。
ピーちゃんの特徴的な青い髪と白い翼は街の人の注目を集めたけど、俺とウーちゃんを見ると『ああ、またか』という顔で遠い目をされた。そうだね、いつもの事だよね。チッ!
「可愛いってさ。良かったな、ピーちゃん」
「ピーッ! ほめられたーっ! ありがとーっ♪」
喜んだピーちゃんが小さくハミングを始める。いつもの歌じゃないのは、初対面のタマラさんが居るからか? 実は結構人見知りなのかもしれない。野生の本能が僅かに警戒心を働かせているとか?
一方のタマラさんは、ハミングしているピーちゃんを見て驚いた顔をしている。はて?
「どうしたの、タマラさん?」
「……セイレーンってぇ、魔物じゃなくて魔族だったのねぇ。ヒトの言葉を理解して話せるなんて知らなかったわぁ」
なるほど、セイレーンを従魔にしたのは俺が初めてらしいから、その性質は知られてなかったのか。俺も、セイレーンが人の言葉を話すのは知ってたけど、ちゃんと理解して会話できるっていうのは卵から孵って初めて知ったしな。オウムみたいに鳴き声として喋ってるだけかと思ってた。
この世界では、ある程度の道具を作ったり家屋を作るような、多少の知性がある魔物を魔族と分類するのが一般的だ。そういうことなら、確かにセイレーンは魔物ではなく魔族ということになる。ピーちゃんのお陰で、ちょっとだけ常識が変わったかも。
魔族を従魔にすること自体は俺が初めてではないし、禁止されてもいない。過去には猪人を従魔にしていた前例がある。餌をきちんと与えていれば、暴れることも無く大人しいものだったとか。ただ、その食欲があまりにも大きすぎて、最終的には面倒を見切れなくなり殺処分してしまったのだそうだ。人間のエゴだなぁ。
「これからも色々と発見があるかもねぇ。何か分かったことがあったら教えてねぇ」
「うん。それで、今日の用件って何?」
「あらぁ、相変わらずせっかちさんねぇ。まぁいいわぁ。用件はふたつあってぇ、ひとつは王城からの呼び出しよぉ。『出来るだけ早く来るように』だってぇ」
またかよ。俺が高速移動できるからって、気楽に呼んでくれちゃって、あの王様は。
「用件は分かる?」
「それは……書かれてないわねぇ。直接向こうで伝えられるみたいぃ」
手元の紙をペラペラとめくった後でタマラさんが言った。詳細がないってことは、特に準備が必要な用件じゃないんだろう。その割には急ぎっぽいのがよく分からないけど。はて?
心当たりは……ありすぎる。ノランの三宗家の件かもしれないし、ジャーキンの皇太子襲撃の件かもしれないし、空を飛ぶだけの魔法じゃないというのがバレたとも考えられる。あるいはそのうちの複数とか全部とか……ちょっと覚悟しておいたほうがいいかも。逃げる準備もしておくか?
「もうひとつは指名依頼ねぇ。ワイズマン子爵からぁ、ダンテス村までの手紙と物資の移送依頼が出てるわぁ」
うん? また村長から? あっ、そうか。なし崩し的に決まってしまった俺とジャスミン姉ちゃんの婚約を村に伝えなきゃならないもんな。村で留守を預かってるジンジャーさん(子爵夫人、ジャスミンの母)や、俺の父ちゃん母ちゃんに説明しておかないと。
今、村長は戦場から離れられないから、それを手紙で伝えようってわけか。当事者である俺がそれを持っていけば色々と手間が省けるし、ついでに村への物資補給もすれば一石二鳥ってわけだ。俺なら安全確実に輸送できるしな。ちゃっかりしてる。
村に居た時の村長のイメージは『頼れる大人』だったんだけど、どうも外に出てからは『王国貴族』の顔をよく覗かせてる気がする。色々と策というか、思惑に乗せられてる感じだ。『キレる大人』は面倒だけど、『切れる大人』はそれ以上に面倒だ。俺的には父ちゃんくらいが丁度いい。
個人的には、婚約なんてまだ全然実感がないんだけど、報告を先送りにしても仕方がない。これは受けるしかない依頼だ。
「その依頼は受けるよ。僕も無関係じゃないからね」
「あらぁ、そうなのぉ? じゃあ処理しておくわねぇ」
「でも、どっちが先の方がいいかな? 村長、子爵の方は期限付き?」
「可及的速やかにってなってるけどぉ、逆に言えば期限は無いって事になるかしらぁ? 都合の付くときでいいと思うわぁ」
ふむ、なら王様のほうが先かな。いや、用件が分からないということは、時間を取られる可能性もあるってことだ。村長のほうの用事は荷物の輸送と経緯の説明だから、長くても三日程度で終わるだろう。スケジュールが立てられる案件を先に済ませたほうがいいか。
妊娠中の母ちゃんの様子も見ておきたいし、村へ行くのが先だな。それじゃ、お土産を持って里帰りしますか。
◇
気まずい。
翌朝、早速お伴のウーちゃんとピーちゃんを伴って開拓村へと出発し、途中でウーちゃんとの駆けっこやピーちゃんの勉強のための狩りを行いつつ、三時間ほどかけてその旅程を消化した。
今回は野営が無いので、他の女性陣はお留守番だ。クリステラはかなりゴネてたけど、今は子供たちの教育が最優先。説得して残ってもらった。その代償に、何故か皆の頭をシャンプーする約束をさせられた。なんでシャンプー?
開拓村に到着した俺は、帰郷の挨拶もそこそこに部屋の掃除をしていた母ちゃんへウーちゃんとピーちゃんを預け、向かった村長宅でなにやら書類仕事を片付けていたジンジャーさんへ村長からの手紙を渡した。仕事が忙しいならお昼過ぎ頃にまた来るって言って立ち去ろうとしたら、すぐに読むから少し待ちなさいと言われ……今、目の前でジンジャーさんが手紙を読んでいる。
A5くらいのサイズで五枚ほどの手紙だ。ジンジャーさんは結構読み応えのありそうなその手紙に目を通しながら、時折チラチラと俺に視線を飛ばしてくる。ああ、そこに俺のことが書かれてるのね。
俺が書いたわけじゃないけど、目の前でテストの採点されてるみたいで落ち着かない。もう何年、いや十ウン年も試験なんて受けてないからなぁ。
「ふぅ」
手紙を読み終えたらしいジンジャーさんが深く息を吐いた。なんか緊張するな。
あっ、これっていわゆる『娘さんを僕にください』って状況なんじゃなかろうか!? そう考えると更に緊張してきた! 女性陣を置いてきて正解だったな! 既にハーレム状態なのに『娘さんをください』なんて言ったら、往復ビンタされても文句は言えない。避けるけど。
まぁ、ジンジャーさんは春日部市の某主婦ほど攻撃的な性格じゃない。以前ジャスミン姉ちゃんと一緒に悪さをして叱られたときも、精々ほっぺたを軽く抓られるくらいだった。殴られることは無いだろう。ミサ〇と違って胸も大きいし。
「ビートちゃんがお婿さんかぁ。どこぞのバカ貴族のボンボンじゃなくて良かったけど、でも、ホントにいいの? 母親が言うのもなんだけど、あの子、家事は全然できないわよ? 特に料理は壊滅的ね。かなり厳しく教えたんだけど、全く身に着かなかったわ。きっとあれは何かの呪いね」
「うん、知ってる。ちょっと機会があって一緒に旅したんだけど、まさかソテーが謎の汁料理になるとは思わなかったよ」
アレは酷かった。どうしてフライパンに鹿肉を入れただけであんな赤紫の汁物が出来てしまうのか。そして、なぜ何の調味料も使ってないのにあれほどの酸味と苦みを出せるのか。そもそも『苦酸っぱい』って、食べていいものの味じゃないと思う。確かにあれは呪いと言われても納得できるレベルだ。
「けど、貴族のご婦人には一切家事をしない人もいるって聞いたし、使用人がいればきっと問題ないよ」
「あら、そう? ビートちゃんは優しいわねぇ。まぁ、魔法使いだもんね。使用人のひとりやふたりは雇えるか……そうね、ビートちゃんなら大丈夫ね。ジャスミンのこと、よろしく頼んだわ。不肖の娘だけど、末永く可愛がってあげてね!」
「あ、うん。こちらこそよろしくお願いします」
テーブルに頭が着くくらい、深々と頭を下げる俺。あれ? やっぱり『娘さんをください』状態になってるな。まぁ、殴られることもなく終わって、めでたしめでたしだ。
これが男親なら『俺を倒せたら認めてやろう!』なんて展開もあり得たんだけど、この婚約はその男親から押し付けられてるからなぁ。それに以前、既に倒したことがあるし。
あれ、だから婚約させられたのか? うぬぅ、既にフラグを立てるどころかイベントクリアまでしていたとは。そりゃ回避できないはずだよ。なにこの無理ゲー。








