第152話~仲も温めると思えば~
「なんですってぇっ!?」
ことの顛末を船に戻って皆に伝えると、クリステラが大絶叫をあげた。ウーちゃんもビックリして目を丸くしている。
「なんてこと……とんだダークホースですわ」
「ごめんね、ヒューゴー、じゃなかった、クリステラさん。でも、まだ婚約だから。正式に結婚するのは、ビートが成人してからよ」
「うーん、貴族になった途端に婚約なんて、坊ちゃんは相変わらず突っ走ってるよな」
「……暴走」
「いやいや、今回は僕が巻き込まれたんだからね? 不可抗力だよ」
まったく、とんだ濡れ衣だ。俺は意図せず周りを巻き込んだりしない。やるときは、ちゃんと計算づくで確信的に巻き込んでるつもりだ。うん、俺って質が悪いな。
「不味いですわね、これでは協定の意味が……緊急会議を行います! みなさん、船倉までいらして! ワイズマン様も御一緒に! ビート様、申し訳ありませんが、少し席を外しますわ!」
「いいわよ、ヒミツのお話ね!」
「ああ、うん、分かった。それじゃ、僕はウーちゃんと散歩に出てくるよ……くれぐれも穏便にね?」
また出たな、謎の『協定』。内容が気になるところだけど、ちょっと話しかけられる雰囲気じゃない。下手に手を出すと飛び火してきそうだ。触らぬ神に祟りなし。ここは関わらないのが正解だな。
に、逃げるわけじゃない、これは転進だ! チョロQのプルバックだ! ジャンプするには一度しゃがむのだ! とうっ!
じっくりたっぷりと二時間ほどのウーちゃんとの散歩を終えて船に帰って来ると、ニコニコ顔のクリステラとニヤニヤ顔のジャスミン姉ちゃんが出迎えてくれた。どうやら話は纏まったみたいだ。流血沙汰にもなってないようだし、まずは一安心。
「とりあえずアタシが一番ってことになったわ! 沢山いて大変だけど、がんばってね、ビート!」
「えっ? 一番って?」
「おほほっ! こちらのことですわ! ビート様はお気になさらず!」
何だ? 一体何の順番が決まったんだ? さっきまでとは打って変わって、クリステラの表情が柔らかい。
「うふふ、ようやくね」
「アタイにもチャンスが……マジで?」
「……やる気十分」
「アタシはその時の気分次第かみゃ?」
ルカがやや黒いオーラを纏っている。サマンサは赤くなった頬を両手で押さえてるし、デイジーは妙に鼻息が荒い。いや、マジで何を話し合ったの?
「それはその時になってからのお愉しみや!」
「あたしが卒業するまで待っててよね!」
「楽しみにしててくださいませ、ビート様!」
む? 卒業? なんだ、なんなんだ!? 教えて、エラいヒトーッ!
◇
そのうち分かるということで、疑問を棚上げして帰ることにした。後が怖いけど、協定とやらで話してくれないんだから仕方がない。強制命令してまで聞き出すのはどうかと思うし。
それに実のところ、なんとなく協定の内容は分かってる。きっとアレやアーレーッな事だ。でも、精神衛生上良くなさそうだから考えない、考えたくない。ボク、まだこどもだからわかんない。
村長へは、俺がジャーキン国内を荒らしてきた事も話しておいた。攻め込むなら今だ。前線基地さえ越えてしまえば、あとは文字通り、無人の野を行くような簡単さだろう。補給は大変そうだけど。
「何をしてるんだお前は……いや、助かった。礼を言う」
呆れたような、諦めたような顔でそう言った後、テキパキと侵攻の準備を始めた村長をおいて、俺たちはエルツ河東砦を後にした。なんかごめん。
この分なら、そう遠くない時期にこの戦争は終結するだろう。苦労した甲斐はあった。……あんまり苦労はしてないか。趣味全開で暴れてきただけのような気がする。まぁいい、結果オーライだ。
それからブリンクストンで軽く衣類や食料を補給し、まずは王都へと向かった。ジャスミン姉ちゃんを学園へと送り届けなければいけない。
「じゃあね! 次に会えるのは半年後よ!」
何事も無くジャスミン姉ちゃんを学園へ送り届け……いや、ジャスミン姉ちゃんは鷲鼻で気の強そうな壮年女教師に怒られてたけど、それ以外は何事も無く事は進んだ。
これで村長からの依頼は全部終わりだ。一時はどうなるかと思ったけど、なんとか無事完遂できた。やれやれ。
その足で、次はボーダーセッツへと向かう。船に足はないけど。
商業ギルドにいたトーマさんに海エルフの皆さんを引き合わせると、トーマさんは目を丸くして驚いていた。仲間奪還の準備を進めていたトーマさんの努力は無駄になってしまったけど、何も問題はない。抱き合って再会を喜ぶトーマさんたちの目からこぼれた涙は、キラキラと輝いていた。
「おおきに! ホンマ、おおきにっ!」
俺もトーマさんに抱きしめられてお礼を言われたけど、鼻水が、鼻水が頭にっ! 空気を読んで言わないけど、鼻水が!
海エルフたちは、しばらくボーダーセッツに滞在し、皆で今後の身の振り方を考えるそうだ。そういえば船はジャーキンに盗られたんだっけ。戦争が終わっても返してはくれないだろうな。
俺の船で良ければ貸し出すんだけど、こんな小さな船じゃ長期の航海は難しい。新しい船を手に入れるまでは苦労するだろう。お金も必要になる。出来ることがあれば協力するということを伝えて、海エルフたちと別れた。皆、『おおきに』『助かったわ』『またな』と別れの挨拶をしてくれた。そしてやっぱり『まいど!』という声が混じっていた。なんなん? 儲かってますよ?
その日は俺がオーナーの宿、『湊の仔狗亭』に一泊し、久しぶりに大浴場で疲れを落とした。やっぱり大きな風呂はいい。足が伸ばせると気分ものびのびだ。
風呂上がりでさっぱりしたところにロイドさんとオーガスタを呼んで、宿とレストランの現況を訊ねる。
最近は宿の方は落ち着いていて、客室の稼働率は八割ほどで推移しているそうだ。改装前は五割に届かなかったって話だから、かなり順調と言えるだろう。その分コストも掛かってるけど、十分に利益は出ている。この調子なら改装費用くらいはすぐに回収できそうだ。
王都から送ったシャンプーや石鹸はちゃんと届いていた。まだ在庫に問題はないってことだから、しばらくは追加で作る必要もないだろう。
レストランの方も、今の客足は開店当初ほどではないらしい。それでもお昼と夕方は待ちの行列ができるそうだから、コスプレ目当てから料理目当てに客層がシフトしたんだろう。まだテコ入れは必要ないと思うけど、一応、策だけは考えておくか。転ばぬ先の杖だ。問題が表面化する前に手を打っておかないと。目に見えたときには手遅れだ。
翌朝、帳簿の写しを貰ってボーダーセッツを出た。向かう先はもちろんホームタウンであるドルトンだ。ようやく我が家へ帰れる。長かったような、そうでもないような。
◇
「「「「おかえりなさいませ、旦那様!(ぺこり)」」」」
飛んでくる船が見えたんだろう、留守を任せていた子供たちが出迎えてくれた。
「ただいま。何か変わったことはあった?」
「いえ、特には、ありません。セイレーンの卵、も、まだ、孵って、ません」
イヌ系獣人のバジルが切れ切れの言葉で答える。まだ虐待されてた後遺症は癒えていないか。ひょっとしたら既に癖になってしまっているのかもしれない。まぁ、生活に支障はないみたいだし、リハビリを焦る必要はないだろう。気長に癒えるのを待とう。
セイレーンの卵はまだ孵ってないらしい。現物を見せてもらうと……デカっ!? サッカーボールくらいの大きさだった卵が、大き目のビーチボールくらいの大きさになっている。なんで卵が成長してるんだ?
よくよく見ると、殻の表面にマスクメロンみたいなヒビが入っている。なるほど、補強しながら大きくなったのか。でも、その栄養はどこから摂取したんだ? 何かを食べてるわけじゃないだろうしな。
考えられるのは魔素か。というか、それくらいしか思いつかない。魔法というエネルギーに変わるんだから、そのものを栄養に変えることも出来なくはないだろう。現に、ダンジョンのジョンは魔石や俺の魔力を食べて成長してるしな。
試しに俺の魔素、つまり練り上げた魔力をほんの少し卵に流してみると、魔素はしみ込むように卵の内部へと消え、そして卵を覆う青い魔力が少し強くなった。やっぱり魔素を食べてるみたいだな。
そういえば以前、ゴブリンを大量に駆逐した翌日、ウーちゃんが急に大きくなっていた事があった。あれも、駆逐したゴブリンから魔素を吸収したせいかもしれない。魔素が濃い大森林の魔物が総じて巨体なのも同様とすると、魔物は魔素を吸収して成長する性質があるのかも。これは興味深い。
「うん、面白い。今日から僕が卵の面倒を見るよ。いままでありがとうね」
「はい、承知、致しました」
「(じーっ)」
おや、バジルの妹のリリーが不服そうだ。俺を上目遣いで見つめている。卵に愛着が湧いたのかな?
「どうしたの、リリー? お世話したいの?」
「(こくり)」
やっぱりか。小さな女の子は、赤ちゃんや小動物のお世話をするのが好きだしな。おままごとでも、大抵の女の子はママ役をやりたがるものだ。
リリーはまだ子供だし、屋敷で出来る仕事は多くない。けど、卵を温める程度の仕事なら問題ない。さすがにひとりでは大変だろうから、俺も一緒にやれば大丈夫だろう。
「そっか。なら一緒にお世話しようか。交代で温めよう」
「(こくこく)」
笑顔で何度も頷くリリー。メイド服のお尻から出ている尻尾もブンブン振られている。リリーは普段ほとんどしゃべらないけど、尻尾と目を見れば感情くらいは分かる。やっぱりイヌ科は良いな! 頭を撫でておこう!
「おほほほっ! ではわたくしも一緒に温めますわ! ビート様との共同作業ですわね!」
その日から俺のベッドには三人(ときどきデイジーが加わって四人)+一個が寝ることになった。狭い。
リリーはペット枠。








