第14話~成長にはたんぱく質が必要なのです~
大爪熊の魔石は2cmちょっとの大きさだった。大爪熊としては標準的なサイズだ。それでもオークのボスよりデカい。流石は捕食者といったところか。
今まで手に入れた魔石で最大のものは、やはり大爪熊のもので4cmちょっとあった。こいつは体長5mを超える大きさで、体重なんて1トン近くあったんじゃなかろうか。まあ、死角からサクッと刺して瞬殺だったんだが。
…なんか、自分がとんでもない反則してる気がする。大森林のルールを無視しまくってる感じ。どんなルールかは分からないけど。『弱肉強食』だとしても、俺は食ってる訳じゃないしな。なんか申し訳ない気がしてきた。目標に達したら、必要分だけ狩るように心がけよう。
◇
というわけで、今日の目標個数50個をサクッと集め終えた、いつも通りに。反省?さっきしたし。悲しいけど、これって生存競争なのよね。
さあ帰ろうかなと思ったところで、村にほど近い森の中に一匹の魔物の気配を見つけた。村を襲われると厄介なので、やばそうな奴なら狩っておこう。
そこに居たのは『ジャイアントホーン』だった。でっかい牛。こいつは森に適応した牛系の魔物で、平均4m超という巨躯の持ち主だ。角は湾曲しながら、横ではなく前後に伸びている。突き刺す気満々だ。体色は茶色に緑の斑、いわゆるジャングル迷彩だ。どこのヤンキーやねん。それともサバゲオタクか?
大森林は面積こそ広いものの、密度はそれ程でもない。木々の間隔は疎らとまでは言わないものの、数メートルは離れている。体躯の大きな魔物でも余裕で移動できる間隔だ。植生はほとんどが常緑広葉樹で、下草もソコソコ生えている。大型で草食の魔物が生きるには悪くない環境と言えるだろう。
ジャイアントホーンはそうした魔物の一種で、この近辺のヒエラルキーで言うと上の下くらいの魔物だ。オークの2~3匹なら余裕で蹴散らす。その突進が決まれば、大爪熊ですら退ける実力の持ち主だ。
眼下(スカイウォークで上から見てる)のそいつは体長4mを少し超える、この辺りでは平均的なサイズだ。通常は数頭の群れを作るのだが、こいつはハグレなのか一頭だけだ。
偶には肉喰いたいな。こいつ、村に追い立てるか。
暢気に下草を食んでいるそいつの周りを、平面魔法の板で取り囲む。厚さは極薄だがその分魔力の密度は高いため、壊される心配は皆無だ。前後上下左右を地面ごと囲んだら、そのまま持ち上げて村の方へ移動させる。
流石に異変に気が付いたようで、走って森の奥へ逃げ出そうとするが、平面の壁にぶつかって跳ね返される。それからは狂ったようにあちこちへ走り出すが、数歩進むたびに壁へと激突し、パニックに拍車を掛けることになった。
暴れるジャイアントホーンを尻目に、俺は一足先に村へ帰る。平面魔法は、俺が認識してる間は見えていなくても消える事は無い。流石に寝ている間までは維持できないが、ちゃんと起きていれば2kmくらい距離が離れていても問題ない。
村に帰った俺はジャイアントホーンを解放すると、村長の処へ向かって走る。身体強化は使わない。解放されたジャイアントホーンは、パニック状態のまま村へ向かってきている。
「村長、森から魔物が来るよ!でっかい奴が一匹!」
「なにっ!?デント、グレン、ピース、セージ、行くぞ!他の者は南の柵近辺で待機だ!ビート、よく知らせてくれた。家で待ってろ。」
村長に伝えると、即座に指示を出して門へ向かう。訓練の真っ最中だったから、準備は既に出来ている。
「僕も畑から応援するよ!」
家に居ても気配察知を使えばある程度状況は分かるが、やはり目の前で戦ってくれた方がサポートしやすい。
「っ、危ないと思ったらすぐ下がるんだぞ!」
「うん!」
よし、了解を取り付けた。これで安心だ。
村長達が柵の南側に陣取ったとき、ジャイアントホーンは既に畑まで100mの位置に来ていた。
「ジャイアントホーンだ、並の攻撃では止まらんぞ!セージ、ピース、引き付けて弓を打ち込め。狙いは甘くてもいい、全力で撃て!」
「「はい!」」
そう指示を出してる間にもジャイアントホーンは近づいてくる。彼我の距離は約60m。
「グレン、受けようとするな!跳ね飛ばされるぞ!流せ!デントもグレンも、出来るだけ足を狙え!」
「分かっただ!」
父ちゃんは返事して、デントは頷いただけだ。無口キャラだった。
そしてジャイアントホーンは既に村長達まで40mの距離に来ている。村長達に狙いを定めたのか、逸れる気配はない。そしてすぐに20mまで近付いたところで、
「今だ、撃て!」
村長の合図で、セージとピースが引き絞った長弓を放つ。風を切って飛んだ矢は、一本は右の肩口に刺さり、一本は角に弾かれて明後日の方向へ飛んでいった。
俺の支援のタイミングもここだ。ジャイアントホーンの足元に立方体を出す。俺とジャイアントホーンの距離は50mくらいだが、このくらいなら余裕でオブジェクトを作り出せる。大きさは一辺50cm程で、材質は完全透明(反射も屈折もなし)だ。
ジャイアントホーンは立方体に躓いて盛大に転ぶ。前転しても勢いが衰えず、そのまま3回横転して漸く止まった。矢が当たったタイミングだったから、皆には矢のせいで転んだように見えたはずだ。不自然には見えなかっただろう。
「今だ、グレン、デント、突っ込むぞ!」
村長の合図で父ちゃんとデント、そして村長が突っ込む。セージとピースは二本目を番えて、距離を取りつつ後を追う。
そこからは全く危な気なく事が進んだ。転倒した際に左前足が折れたらしく、起き上がろうと藻掻くジャイアントホーンをピースとセージが矢で弱らせ、村長が頭を叩きつぶして終わりだった。父ちゃんとデントは全く見せ場が無かった。
これで今日は肉が食えるな!
◇
「こ、これは!」
「なんだいこりゃ!こんな美味い物、初めて食ったよ!」
「いくらでも食べられますね!」
ビンセントさんはあまりの美味さに声もないようだ。アンナさんとウルスラさんも虜になったようで、焼ける端から手を伸ばしている。
倒したジャイアントホーンが解体され、BBQにされているのだ。元の世界では、肉類はしばらく熟成させないと旨味が足りず物足りない味にしかならなかったが、この世界の魔物の肉は獲れたてが一番美味い。おそらく魔素のせいではないかと思っている。
元の世界の話になるが、人間はエネルギーに変わりやすい『脂質』と『糖質』を摂取した時に『美味い』と感じるのだと聞いたことがある。ケーキやチョコレートはこの二つの成分の塊のようなものだから美味しく感じるのだとか。
そして、この世界には第3のエネルギー源である『魔素』がある。死んだばかりの魔物の肉には魔素がまだ大量に残っており、時間の経過と共に抜けて淡くなっていく。ならば、獲れたて肉の濃い魔素を摂取することで美味いと感じているのではないか、という考えだ。なかなか的を射た考えなのではないだろうか。
まあ、ぶっちゃけ、美味けりゃどうでもいいんだが。
前回は豚肉に近いオーク肉だったが、今回は牛肉に近いジャイアントホーンの肉だ。少し筋はあるが、サシ(細かい脂の筋)も入ってて肉汁たっぷり。意外に柔らかい。これに合わせるBBQソースも脂に負けないよう、少し酸味を濃いめに作ってある。おろした森芋を少し加えてとろみも付けている。それによってソースがいつまでも肉に絡みつき、長く味が残るというわけだ。
美味いもんに妥協はせぇへんでぇ。
「ダンテス様、この料理はいったい?」
「ふふっ、そうか、お前でも食べたことが無い味だったか。それはな、そこのビートが5歳の頃に編み出した秘伝のたれを付けて焼いたものだ。」
いや、秘伝も何も、村のお姉さま方(年齢不問)は全員知ってますが。
アレ(第10話)以来、ちょっとずつ元の世界の味を再現してみている。醤油と味噌はまだ再現出来ていないが、ケチャップもどきは作り出せた。もどきというのは、トマトが存在していないからだ。他の土地に行けばあるのかもしれないが、少なくともこの村では育てていない。その代わり、よく似た味の野菜があったのだ。これはトンバという名前の、見た目が白いキュウリで中身は黄色、食感もキュウリに近いが味はトマトという、ちょっと混乱しそうな野菜だ。 なので、このケチャップもどきも味はともかく、色が練り辛子のように黄色くてケチャップという感じがしない。俺としては不満なのだが、村のお姉さま方には好評だ。うちの母ちゃんも、一時期はケチャップ味の料理ばかり作ってた。
「これをビート君が…ダンテス様、このタレの製法を教えて頂くわけにはいきませんか?無論、只とは申しません。」
「やはりこれにはその価値があるか。オレとしてはこの村の特産品にしたかったのだがな。だが他の町とは離れすぎているから、どうしたものかと思っていたのだ。そうと決まれば早速商談だ。家の中で話そう。」
村長がニヤッと笑って言う。なるほど、製法を売るつもりなのか。ロイヤリティが入れば、何もしなくても村が豊かになるかもしれない。
「承知致しました。これはいい商売のタネが出来ました。…その前にもう一本。」
あんたもかい、ビンセントはん!