第147話~どうやら俺はダークサイドの人間らしい~
《どういうことだ、何故東方と連絡が取れん!? ビフロントは、ジェイドパークはどうなっているんだ!!》
お誕生日席に座った金髪ボブカットの美青年が、重厚な樫のテーブルを叩いて喚いている。金糸をふんだんにあしらった豪奢な濃紺の軍服を着ているけど、どこか線の細い印象だ。歳が若いことからも、叩き上げの武人ではなく貴族出身の坊ちゃん将校だと推測できる。というか、こいつが例の転生皇太子クロイスだな?
《現在近隣の領主へ調査を命じております。早ければ二日後には情報が届くでしょう》
《遅い! くそ、だからもっと通信機を生産するように進言してあったのに、内務大臣の奴め!》
《殿下、少し落ち着かれてはいかがですかな? 軍の首脳は常に冷静でなくては》
《むっ、……ふうぅ……すまぬ、左将軍。無様を晒した》
《いえ、無理もないことと存じます。では状況を整理致しましょう》
左将軍と呼ばれたやせぎす糸目の男が地図をテーブルに広げる。帝都を中心とした周辺地図のようだ。見た感じ、あまり精度は高くない。主要な街の位置や魔境の場所は描かれてるけど、海岸線なんかはかなり適当だ。俺の高々度撮影マップとは比べるべくもない。けど、まだ行ったことない内陸の情報はありがたい。一応テクスチャに保存しておくか。
この映像は帝都テイルロードの中心、帝城の一室の様子だ。時刻はお昼前。なにやら強い魔力が感じられたから、カメラを飛ばして監視中だ。
場所は帝城にほど近い高級宿のスイートルーム。リビングスペースのソファに皆で座って、壁面に映し出された映像を見ている。今回は百インチほどの大画面の左右に、独立したスピーカー平面を配置している。つまりステレオサラウンドだ。どんどんクオリティが上がっていくな、俺のカメラ&スピーカー技術。次はウーファーにも挑戦してみるか。
ジャーキンの拠点を潰しながら順調に西進してきた俺たちは、船を帝都近くの岩礁地帯に隠し、何食わぬ顔で堂々と帝都へと入ってきた。帝都は大きな街だから、人の出入りがとても多い。いちいちチェックしてたらキリがないから、検問もあからさまに危険そうじゃなければスルーパスだ。
ウーちゃんがちょっと止められたけど、俺に素直に撫でられて、あまつさえ腹を上に寝転がったところを見せたら、アッサリ通してもらえた。うむ、国境を越えてもやはり可愛いは正義なのだ。けど、しばらくモフモフしてたら早く行けって怒られた。うぬぅ。
俺たちの服装は、途中の町で手に入れた普通の町人の服に着替えている。この国には冒険者って職業は無いみたいだから、普通の町人に扮した方が動きやすそうだったからな。もっとも、美少女をゾロゾロ引き連れた魔物使いの少年が目立たないわけはなく、通りを歩くだけでジロジロ見られたけど。
《ビフロントとの連絡が途絶えたのが七日前。これは途絶える直前に襲撃との一報がありましたので、おそらくは陥落したものと予測されます》
《月面帝国とやらか。巨大なリビングアーマーを操るとは、強力なアンデッド使いがいるようだな。厄介なことだ》
あれ? リビングアーマーってアンデッドになるのか。錬金術とかゴーレム系の土魔法だと思ってた。
「戦士の怨念が鎧に宿って動き出したものがリビングアーマーと呼ばれていますわ。稀に武器に怨念が宿ったものもいて、それはリビングソードとか魔剣と呼ばれていますの」
ふーん。アンデッドなのにリビングっていうのが不思議な感じだけど、かの有名なゾンビ映画だって原題を直訳すると『生きてる死体の夜』だもんな。
内容は分かった。つまりリビングアーマーは憑依系のモンスターなわけだ。ちょっと苦手なジャンルかもしれない。〇ッドはいいけど、チャッ〇ーは勘弁してほしい。あれはトラウマになるくらい怖かった。
「海賊退治のときの骸骨といい今回のリビングアーマーといい、ビートはんもすっかり死霊魔法使いやな」
「えっ? 骸骨って何? ちょっとビート、アンタ何してたのよ!」
「うっ、思い出しちまった……」
「あらあら、サミィ大丈夫?」
海賊の拠点征伐のときか。確かにあれは、結構陰惨な状況になってたからな。サマンサなんて気を失ってたし。というか、死霊魔法なんてものがあるのか。確かに、高位のアンデッドなら使いそうだな。死者の王とかファンタジーの定番だし。
しかし……うーむ。直接&遠隔戦闘では暗殺者、間接戦闘では死霊魔法使い、そして付いたふたつ名が首狩りネズミ……どうして俺にはダークサイドのイメージが付き纏うんだろう? 日頃の行いか? 心当たりがあるような無いような。
《問題はその後です。五日前にジェイドパーク砦、三日前にセンコー砦とアンブレラヒル城との連絡が途絶えました》
《落とされたと考えるのが妥当だろうな。しかも、どんどん帝都に近付いている。それに速い。国境との連絡はつくことが唯一の救いだな》
《はい。連絡を絶った拠点からは、いずれも連絡を絶つ前に宣戦布告を受けたと報告があります。そして、どの報告でも共通する情報が……》
《『月面帝国』、そして空からリビングアーマーか。アンデッドならば飛ぶこともあり得る。……捕らえてある海エルフ共ではないのだな?》
おっ、海エルフたちの情報だ! ジャーキンに捕まって奴隷にされたって聞いてたけど、ここまで何の情報もなかったんだよな。だから一般に売り払われたわけじゃなかろうとは予想してたけど、どうやらまだ手元に残してたみたいだ。ってか、なんでここで海エルフ?
「みんなまだ生きてるんか。よかったぁ」
「……大丈夫、きっと助ける……若が」
俺かよ! いや、助けるけどもさ。キッカの身内だし、トーマさんやケント君も喜ぶだろうし。
《工廠には確認をとりました。海エルフ共に異常はありません。それに研究は順調なようですが、まだ飛行まで至ってはおりません。国内からの技術漏洩ではないでしょう》
《ということは、やはりアンデッドか。王国の魔法使いという線は無いか?》
《今のところ、王国に死霊魔法使いがいるという情報はありません。新王が秘匿していたという魔法使いも、死霊魔法ではなく飛行魔法の使い手のようです。それはそれで脅威ではありますが》
おっと、俺の情報が既に漏れてるじゃないか。これは王国内に、それも王城内にまだスパイが居るな。居るだろうとは思ってたけど。
王様に進言しておくか? でもそうすると、俺が帝都に潜入したことも帝城内の情報を入手したこともバレてしまう。諜報に便利使いされるならまだしも、逆にスパイの疑惑をかけられたら困る。面倒な事だ。
《そうか。しかし、空を飛ばれるのは面倒だな。飛竜隊でなんとかできればいいが、巨大リビングアーマーとなると火力が足りんだろう。やはり飛行戦艦が必要だ。開発を急がせろ》
《ハッ》
なんと、飛竜隊に飛行戦艦とな!? さすが転生者、ポイントを押さえている。ファンタジーじゃ定番だもんな。けど、そんなものをこの好戦的な国に作られると非常にまずい。その機動力でこの大陸中、いや世界中が戦火に巻き込まれてしまう。異世界初(?)の世界大戦の勃発だ、看過できない。
「飛行戦艦? 空に船を浮かべても魚は釣れないみゃ。帝国の皇太子はバカなのかみゃ?」
「けど、遠くの釣り場にはすぐに行けるんじゃねぇの? いろんな国の魚を獲りにいけるぜ?」
「っ! 帝国の皇太子は天才だみゃっ!」
「あらあら、わたしたちはビート様に頼めば何処へだっていけるでしょう?」
「っ!! そうだったみゃ! ボスは天才だみゃ! やっぱり皇太子はいらないみゃ!」
世界大戦の危機も、アーニャの前では一匹の魚に劣るようだ。うん、確かに遠くの戦争よりもその日のご飯だよな。普通のニンゲンは、大局観を持って日々を生きてはいない。毎日世界平和を祈って生きてるのは、熱心な宗教家か頭がお花畑の人だけだ。どちらも、身近に居ると鬱陶しいという点では同じだけどな。
《開発は急がせますが、当面の問題はこの帝都にアンデッドが近付いてきている可能性が高いということです。対策を急ぎませんと》
《むう、防空体制はまだ整っておらん。飛竜隊も動かせるのは数騎だけだ。しかも対空戦は訓練していない。ぶっつけでやるしかないな》
《仕方ありません。とりあえずこの帝城に近寄らせないことを徹底させて、攻撃は新型の長距離砲で対応いたしましょう》
長距離砲まで開発してんのかよ! ホント、節操無くいろいろと手を出してるな。ファンタジーも科学も手あたり次第だ。
いや、俺も他人のこと言えないか。カメラにロボットに冷蔵庫、飛行機に潜水艦も作ったからな。やろうと思えば宇宙船だって作れるかもしれない。うん、俺の方が節操無いな。
《巨大リビングアーマーを裏で操っている『月面帝国』とやらが何者かは分からんが、まだ帝都は落ちておらん。それに巨大リビングアーマーは一体しかいない様子。叩ければこちらが優位になる。ここが正念場だ。左将軍、引き続き情報の収集を頼む。必要なら飛竜隊を東へ向かわせてもかまわん。大将軍、貴殿にはいざという時のために帝城の守りを頼む》
《ハッ、では早速》
《うむ、吾輩にお任せあれ!》
ここで、これまでずっと腕組みして沈黙していた三人目が口を開き、椅子から立ち上がった。デカい。いや、マジでデカい。いままで村長やノラン人なんかの大柄な人を何人も見てきてけど、この人はスケールが違う。小柄とは言い難いクロイス君が腰までしかない。多分三メートル近いんじゃないか? 本当に人間かよ、巨人族とかじゃないの?
これが帝国の大将軍『殲滅』のベオウルフか。帝都で集めた情報では、とにかく腕っぷしが強いらしい。なんでも、帝国内の盗賊や魔物を片っ端から蹴散らし、その武威だけで地方領主から大将軍にまで上り詰めた生粋の武人だそうだ。
その見た目は、とにかくデカくゴツく、デカい。重要な事だから二回言った。髪の毛は無く、磨いたかのようにツルツルだ。眉毛も無い。まるでヤのつく職業の人みたいだ。目は細く鋭く、鼻は四角く大きい。口もデカく、顎は四角くエラが張っている。何もかもが大雑把で四角い中、唯一口元のカイゼル髭だけがビシッとW字に整えられて、その先端は天を衝いている。きっと、取り外して飛び道具に出来そうなあの髭が彼のアイデンティティなんだろう。
その巨躯を覆う黒い板金鎧は、それだけで百キロ近い重量がありそうだ。所々にあるへこみが、この鎧と歩んできたこれまでの歴史を物語っているように思える。
肩から提げた大剣も、大剣と言うのがバカバカしいくらいデカい。ロレンスは刀を使っていたけど、これはよくある両刃の西洋風直剣だ。王様も使ってたやつ。ただし、サイズがとにかくデカい。俺の身長よりは確実に長いし、厚みもかなりのものだ。これを振り回せるなら、確かにそこいらの魔物や盗賊くらいなら『殲滅』できるだろう。
「大きいわね! お父さんよりも大きい人、初めて見たわ!」
「そうですわね、話に聞く巨人族のようですけど、もしかしたら祖先にいたのかもしれませんわね」
「鎧も剣もアホみたいにデカいな。相当強いで、このオッサン」
「……大きさと強さは関係ない」
デイジーがボソッとつぶやくと、ウーちゃん以外の皆が一斉に俺を見た。どうもありがとう。
でも、やっぱり大きいってことは強さに直結するんだよな。だから相撲以外の格闘技は体重別になってるんだし。その相撲だって、身体の大きい力士の方が番付けは高い傾向にある。こいつが帝城の警備に回るってことは、高い確率で戦うことになるってことだ。覚悟と用心はしておいたほうがいい。
もっとも、この三人のなかで一番の危険人物はこいつじゃない。
左将軍、こいつはヤバい。何がヤバいって、魔力の色がヤバい。純粋な黒。こんな属性の色は見たことが無い。一体何者だ?
とりあえず、各自の顔と魔力は覚えた。所在の把握は完璧だ。あとは、海エルフたちの居場所を調べないとな。身柄を確保しておかないと、いざって時に人質にされる恐れがある。証拠隠滅で皆殺しなんてことも、無いとは言い切れない。
また敵地潜入だな。本気で段ボール箱を用意したくなってきた。ピンナップも必要かも? あっ、巨大メカはこっちで用意しますんでお気遣いなく。








