第126話~定番イベントはフラグなしで発生するらしい~
《飛んでいる間は歌えない! 臆するな、よく狙って撃て! 落ちた奴は無視していい、奴らの手足では船の壁は登ってこられない!》
アリストさんが周りの男たちに指示を出している。弓を射っている男たちは五人。その五人がタイミングを微妙にずらしながら、空を飛ぶ三羽のセイレーンを狙う。一本目を躱しても二本目、三本目が躱した先に飛んでくる。いい連携だ。それでいて矢の数は節約できているのだから、かなり練度は高いと見た。その弾幕すら掻い潜ってくるセイレーンは、アリストさんが倒せないまでも剣で追い払っている。こちらの腕前はソコソコかな。ギリギリ中級冒険者くらいなら務まるだろう。
それよりも、見るべきは指揮と統率能力だ。近づこうとするセイレーン共の動きを把握し、冷静に指示を出している。弓を射る男たちに怯えた様子は全くない。余程信頼されているんだろう。どうやらアリストさんには、兵を率いる将としての才能があるみたいだ。まぁ、侯爵家の跡取りとして育てられたんだから、人を使う事には慣れていて当然か。
「よし、じゃあ帰ろうか!」
「えぇっ!? 助けに行かなくていいのかよ!?」
俺の帰る宣言に、すぐさまサマンサがツッコミを入れる。今日はキッカが居ないから、常識人のサマンサがツッコミ担当か。いいタイミングだ。うちはボケが多いから、ツッコミは大変そうだな。
「あの様子なら焦らなくても大丈夫、そうそうやられることはないよ。でもきっと食料と女には飢えてるはずだからね。皆を連れていくと面倒な事になりそうだ」
「うみゃ、飢えた男は見境がないみゃ。貞操の危機だみゃ」
もう三か月以上も男だけの生活、さらには、上半身だけなら全裸の美女たちがすぐそこにいるのに、決して手は出せないという苦行をずっと続けていたのだ。我慢の限界なんてとっくに超えているだろう。なかには血迷って『アーッ!』な関係になってしまった奴らだっているかもしれない。
そこにうちの美少女たちを放り込むなんて、鯉の群れにパンくずを放り込むようなものだ。収拾がつかなくなることは目に見えている。アーニャなんて、小柄なわりにナイスバディだから、冗談抜きで危機だろう。
「それはいけませんわね。お兄さ……アリスト様に限ってそんなことはないと思いますけど、他の方はわかりませんもの」
「そういうことなら、アタイも遠慮してぇな」
「……虫、追い払う」
納得してくれたようでなにより。デイジーは棍を握りしめてやる気満々だけど、襲われたときの絵面を想像すると君が一番惨いことになりそうなんだよ? 十八禁どころか発禁ものだ。
「まぁ、そういうことだから、一回帰って僕だけで迎えに行くよ」
実は、一旦帰る理由は他にもある。俺の魔法だ。世間的にというか、王様と冒険者ギルドには、俺の魔法は『空を飛ぶ魔法』だと申告してある。もちろん、平面魔法はそれ以上のことができる超絶便利な魔法だ。しかし、そのことはあまり知られたくはない。手札はできるだけ隠しておきたかったから、そういう事にしている。今更王様や冒険者ギルドがチョッカイをかけてくることはないと思うけど、もしもの時のための切り札は多い方がいい。
今アリストさんたちを助けてギザンまで連れ帰るとなると、俺の魔法が空を飛ぶだけのものではないことが高確率でバレてしまう。この船だって木造船に似てはいても、触れば材質が木ではない事がわかるし、船の細部はかなり適当だ。本職の水夫なら不自然な点に気が付くだろう。
そんなわけで、彼らを運ぶには何か誤魔化すための手段が必要なのだ。幸い、ギザンに戻れば海賊から分捕った船がある。アレに乗せて運べば『船ごと魔法で飛ばしてます』という言い訳ができる。既に知られている情報の範囲内だから、上手く誤魔化せるはず。
それよりなにより、ウーちゃんがもう飽きてしまっている。さっきから甲板のあちこちを前足でカリカリやってる。ヒマを持て余しているのだ。帰って散歩に連れていってあげないと。見ず知らずのオッサンの生き死になんて、ウーちゃんの散歩に比べれば些細な事だ。さぁ、早く帰ろう。
◇
翌日、海賊船……いや、もう海賊から俺たちのものになったんだから、海賊船じゃないな。冒険者の船だから冒険船? 航海はアドベンチャークルーズ? まぁ、その船に食料と水、回復薬、衣類と布を積み込んで、謎の光学迷彩島に向かう。
衣類と布を積み込んだのは、あの場にいた男たちがかなり汚れていたからだ。町に戻ってくるんだから、ちゃんとした格好に着替えておきたいだろうという配慮だったりする。気配りは大事だ。
今日島に行くのは俺だけだ。船ごと飛んで行くから船員は要らない。それに、もしもの時を考えると俺ひとりの方が動きやすい。潜入ミッションは単独で行うものだしな。固い蛇さんも、大抵いつもひとりだった。
「そんなわけだから、そのクリステラが隠れてる箱は降ろしておいてね」
衣類の入った木箱の、一番上に積まれた箱が小さく揺れる。
「ほらな? 絶対バレるて言うたやん。ビートはんにかくれんぼで勝つんは無理なんやって」
「チーフ命令だから仕方なくやったけどよ、アタイも無理だと思ってたぜ」
「運ぶの重かったみゃぁ~」
「……楽しそう」
「あらあら、ふふふっ」
まぁ、死んだと思ってたお兄さんとの再会だもんな。俺たちの前では冷静そうにしてたけど、本当はかなり嬉しかったに違いない。少しでも早く話をしたいという気持ちは分かる。でも駄目。もう少し強くなってからじゃないと。
「大丈夫、ちゃんと連れて帰るから。ちょっとだけ待っててよ」
「(……わかりましたわ。無事にお帰りくださいませ、ビート様)」
クリステラの入った箱に向かって話しかけると、くぐもった声で返事が返ってきた。あれ、お兄さんじゃなくて俺のことを心配してたのか? 俺は嬉しいけど、アリストさんがちょっと不憫だな。
そしてクリステラは、箱に入ったままアーニャとルカに担がれて船を下りていった。自力では出られないらしい。そんな状態で何しに行くつもりだったんだろう? 相変わらず、残念な娘だ。
◇
島には昼過ぎに到着した。
今日は俺ひとりだから気楽なものだ。光学迷彩の壁に向かって、躊躇なく船ごと突入する。ほんの少しだけ、物理的なものではない抵抗を感じながら壁を通過すると、そこは命溢れる絶海の孤島だった。
エメラルドブルーの透明度が高い海は、キラキラと昼の陽光を反射している。壁付近ではまばらな生き物の気配も、島に近づくに連れて密度が高くなっている。海流に運ばれてくるプランクトンが集まるからだろう、島の東側の海のほうが生き物の気配が多い。難破船も島の東側に集まっている。
その島からも様々な生き物の気配が感じられる。森の中には、おなじみの猪の魔物らしき気配がある。数は多くないみたいだから、狩ると生態系が崩れそうだ。自重しよう。他にも大小さまざまな気配が感じられるけど、ほとんどは鳥の仲間っぽい。外敵が居ないから鳥の楽園になっているのかもしれない。
山の中央にひときわ大きな気配があるのは、おそらくこの光学迷彩を発生させている魔法の中心なんだろう。あそこは要調査だ。この島の秘密が隠されているに違いない。いいね、冒険してる気がする!
島に近づくと、壁の外からでは聞こえなかった音も色々と聞こえてくる。海鳥の鳴き声、難破した船の間を渡る風の音。そして男たちの喚き声。……喚き声?
「どうすんだよ!? 俺たちだけじゃメス鳥共を追い払えねぇぞ!」
「決まってんじゃねぇか、助けに行くしかねぇ!」
「どうやって!? いままでだって、なんとか追い払うことしかできなかったんだぞ! 俺たちだけで何ができるんだよ!?」
「……ちくしょう、もうおしまいだ。俺たちはここで鳥共に食われて死ぬんだ」
何やら問題発生のようだ。昨日の難破船の上で男たちが言い争っている。いや、喚き散らしているだけか。なにやら洒落にならない雰囲気っぽい。
「ヒューゴー閣下が攫われちまうなんて、これから俺たちどうすりゃいいんだよ……」
なにぃっ、ここで攫われイベント発生だと!? どこでフラグ立った!?
 








