第114話~会議は踊らず、されど愚者は踊る~
「えっ、王城への出頭命令!?」
「いやいや、出頭じゃなくて召喚じゃよ。『可及的速やかに』だそうじゃ」
ギザンの冒険者ギルド支部、その待合スペースでの会話だ。時刻はお昼過ぎ。
ギザンの冒険者ギルドは町の中央部にある。丁度この辺りを境に西町と東町に分かれている感じだ。
建物は周囲の民家と同じ程度の大きさしかなく、ギルドの職員も支配人を含めて四人しかいない、小さな支部だ。
応接室などというものはなく、衝立で区切られた待合スペースの一角がその代わりを果たしている。今の会話もそこでのものだ。
つい先ほどの反省から、ノランから強奪した……いや海賊から回収したお宝のうち、現金だけでも預けておこうと冒険者ギルドに持ってきたのだけれど、タグを見せた途端に衝立の向こうへと連れ込まれたのだ。
そこで白髪のギザン支部支配人に告げられたのは、国からの召喚命令だった。
「お前さん、ドルトンででっかいフカヒレを調達したそうじゃないか。まだ若いのに凄いのう。その労を陛下が労ってくださるそうじゃ。これは名誉なことじゃぞ?」
支配人のお爺ちゃんはそう言ってお茶を啜る。湯呑が似合うなぁ。作務衣か甚平を着せたい感じだ。
お爺ちゃんはそう言うけど、俺としては勘ぐってしまう。大きな声じゃ言えないけど、脛に傷持つ身だからな。バカ王子の件じゃないかって。
俺がバカ王子をクビチョンパしちゃったことを嗅ぎつけられて、慰労を建前におびき出そうとしてるんじゃないかって、どうしても考えてしまう。行きたくねぇなぁ。
「でも、今受けてる依頼が終わってからじゃないと……期限が来ちゃうから」
「その心配には及ばんよ。お前さんが受けている依頼は全て、現時点で凍結じゃ。ここに戻ってくるまで、期限が延長されることになっておる。どうしても守らなきゃいかん期日がある依頼でも、失敗扱いにはならんから安心せい」
あう、言い訳を封じられてしまった。これはもう、行かざるを得ないか。
しかし、そうなると問題になるのが、子供たちとデブカッパの件だ。
子供たちはまだ体調が本調子じゃない。狭い地下室で監禁されてた上、碌なものを食べていなかったから、衰弱しきっていて歩く事すらままならない。船へ運び込むとき、あまりの軽さに涙が止まらなかったくらいだ。
その子供たちにとって、王都までの旅は身体への負担が大きすぎる。俺の平面魔法を使えば最小限の負担で移動できるだろうけど、俺の奴隷じゃないあの子たちに知られるわけにはいかないからな。
そうなるとこの町に置いて行かざるを得ないわけだけど、その際は世話係にうちの娘たちを何人か置いていくことになるだろう。
まぁ。それはいいんだけど、問題は俺が出て行ったあとだ。人数が減ったのをチャンスと見て、あのデブカッパが何かを仕掛けてくる可能性は極めて高い。いや、断言してもいい。絶対仕掛けてくる。その時の対処をどうするかが問題なのだ。
……いや、そうでもないか。そうだよな、ならそうしよう。それがいい。クックックッ。
「うにゃあ、またボスが悪い顔してるみゃ」
「うん? ちょっと男っぽくていいんじゃねぇか?」
「サマンサさん! 貴女もようやくビート様の魅力に気付かれましたのね!」
「……若は、黒と白のバランスが絶妙」
うむ、灰色だしな! って、割と上手い事言うね、デイジー?
◇
その日の夜。
俺はカメラとマイク平面を飛ばして、デブカッパの様子を窺っていた。脂ぎったクズの姿なんて見たくもないが、情報収集は大切だ。餌も撒いたし、何か動きがあるのは間違いない。事前に相手の動きを知っておけば手を打ちやすい。
とはいえ、宿のベッドに腰掛けてのお気楽な情報収集だ。FOXHOUNDもうらやむお手軽さ。段ボールは不要です。
宿で同じ第三騎士団の仲間と思われる連中と食事をとった後、そのうちのひとりを伴って、デブカッパが宿の一室に入っていく。デブカッパはこの部屋に泊まってるみたいだな。
きっと無駄に贅沢な部屋に泊まってるんだろうと思ったら、意外にも俺たちが泊まっている部屋と大差なかった。ちょっと調度が整ってるくらいだ。きっとギザン自体が大きくない町だから、高級宿は需要が無いんだろう。『心持ち高級』くらいで十分ってことだな。
《シーザー様、あの小僧共、どうなさいます?》
部屋のドアを閉じた瞬間、デブカッパじゃない方が早速本題に入った。君、せっかちだな。時間がかからなくて助かるけど。
こいつは細くて鼻がでかいから『ポチットナ』と呼ぶことにしよう。某アニメシリーズの、悪玉トリオのひとりにそっくりだ。開発担当のあいつ。
シーザーはデブカッパの名前のようだ。でも、どう見てもシーザーよりデブカッパの方が似合ってる。改名すればいいのに。
《今夜だ。あの小僧共は明日の朝王都へ向かうらしいからな。ヤルなら今夜しかない。このシーザー=ヴェネディクト様に逆らった愚かさを思い知らせてやらねばならん!》
《なるほど、承知致しました。では、早速手の者に準備をさせるとしましょう。今から動けば、陽が完全に沈むまでには準備が整うはずです》
《平民共には気取られるなよ? 足が付いたらマズイ。いつものように、ノランの海賊共にやられたように見せかけるんだ》
は? 今なんて言った、こいつ?
《承知致しました。いつも通りですね?》
《ああ。しかし、荒稼ぎも今回で終わりかもしれんな。にわかには信じられんが、海賊が壊滅したとかいう話だからな。これ以上やると怪しまれる。魔法も使える総督がアンデッドごときにやられたとは思えんが、確認が取れるまでは控えた方がいいだろう》
《予定通りなら、次の襲撃は明後日のはずです。誤報ならその時に連絡が来るでしょう》
《前回は、どういうわけか皆殺されてたからな。死体から書簡を回収できたのは僥倖だ》
《あの平民上がりには怪しまれたかもしれませんね》
《ふんっ、あのような成り上がりに何ができる! じきに下賤な平民など引き摺り降ろしてくれるわ! 次の団長の座に収まるのは私だ!》
《まことにその通りで。そのために先立つものが……》
《あの小僧の金品というわけだ。こんな田舎町から得られる財など微々たるものだが、あの小僧の持ち帰った金は莫大だ。あれを手に入れれば、その力で私は団長へと昇り詰める事が出来る!》
《あの小僧も、シーザー様のお役に立てるなら本望でしょう》
《連れている奴隷も美女ばかりであったな。私があの小僧の代わりに可愛がってやらねばならん。困ったものだ。ハハハッ!》
《その際にはわたくしにも……》
《わかっておる。ひとりくらいは褒美にくれてやるから安心せい》
《ありがたき幸せ。では早速指示を出してまいりますので、わたくしはこれで》
《うむ、上首尾を期待しておるぞ! ハハハハッ!》
……なんかもう、どこを突っ込んでいいやら。
元々の構想では、俺たちが明日町を離れるって噂を流せば、焦ったデブカッパが食いついてくるだろうって程度だった。それをとっ捕まえて、合法的に抹殺してやろうって考えてただけだ。
しかし蓋を開けてみれば、思いもよらない情報が出てきちゃったじゃないのよ。
「あいつら、海賊に化けてこの町を襲ってたみたいだね。しかもノランと繋がってたみたいだ」
「なんてことですの!? 仮にも王国の治安を守るべき騎士団が、敵国と結んで海賊行為をしていただなんて!」
「あの口ぶりからすると、海賊には自分とこの私兵を使ってたみたいやな。流石に正規の騎士団は絡んでないか」
「このままだとアタイら、あいつの慰み者にされるみたいだぜ?」
「あらあら、それは大変ね。妄想するのは勝手だけど、許可もなくわたしたちを使わないで欲しいわ」
《あれは脂が多すぎるみゃ。触ったら糸引きそうだし、近づきたくないみゃ》
《……ネコまたぎ》
アーニャとデイジーは、船の番をしてもらっている。モニターとマイク平面を介した、遠隔ミーティングでの参加だ。俺の周りだけ情報革新が著しい。
折角街に戻って来たのに船で寝泊まりしてもらうのは申し訳ないけど、船にはまだ換金してないお宝が積んである。デブカッパの襲撃があるとしたら船が一番の目標になるはずだから、見張りを置かないわけにはいかなかったのだ。
「うーん。でも、やることは変わらないね。変更は無しで。皆、怪我しないようにね」
「「「「《《はい!》》」」」」
さて、それではオペレーション・イエロー・チェリーブロッサム、スタートだ。








