第107話~スニーキングミッションは完了。段ボールの出番はない~
リュート海の海底は、ゴツゴツとした岩の隆起する複雑な地形をしていた。沿岸部だというのに、水深は深いところで五百メートルほどもある。かと思えば、ほんの十メートルほどしかない浅い岩棚になっているところや、狭隘な谷間になっている場所もある。
『ドラの衝立』を初めて見た時に『大規模な過去の地殻変動』の可能性を想像したが、この海底の様子からも間違いなさそうだ。
そんな入り組んだ地形だからか、潮流も北へ東へ南へ西へと複雑なことこの上ない。俺の平面魔法製潜水艦だからこそ問題なく進めているが、普通の船では翻弄されて、熟練の船乗りでなければまともに進むことさえ困難だろう。
そう、普通の船では。
海賊の船は『潮流なんて関係ない』と言わんばかりの快調さでリュート海を北上していく。『普通の船じゃありませんよ』と公言しているようなものだ。
「やっぱ魔道具っぽいな」
「せやな。捨てる船からでっかい箱持ち出してたし、多分アレがそうやろ」
「万が一にもわたくしたちの手に渡らないように、船と一緒に燃やして沈めることすらしないのですもの。間違いありませんわ」
ギザン襲撃に失敗した海賊共は、自分達の乗ってきた三隻の海賊船のうち、人手不足で動かすことができなくなった二隻に火を放ち、港の入り口に沈めていった。鹵獲回避と追跡妨害のためだろう。燃やせば再使用はできないし、残骸を処理しなければ追手も出せない。なかなか考えてるじゃん。
船を沈める際、海賊共はいくつか荷物を持ち出していたのだが、キッカが言っているのは、その中にあった妙に大きな箱の事だ。二メートル四方くらいの、ちょっと隙間の多い木箱。クリステラの言うとおり、アレが魔道具で間違いないだろう。気配察知でも人間とは違う、色の濃い青い色を出してたし。
俺たちはその青い気配を追いかけて、海賊船の後方三百メートルほどの海中を潜水航行中だ。いつぞやの潜水艦もどきがまたまた役に立ってくれている。
水の透明度はそれほど低くない。もう日が沈んで暗くはなっているが、弱めに設定したライトの光でも結構遠くまで見通せる。春が近づくと海水が濁るとか、ダイビングが趣味の奴が言ってた気がするけど、この辺りは三月下旬でもまだ寒いしな。春はもうちょっと先だろう。
まぁ、別に見通しが悪くても、気配さえ掴めたら問題ない。少々岩にぶつかったくらいで壊れるほど、俺の平面魔法はやわじゃない。
「あいつらは絶対許さないみゃ! 千切りにして魚の餌だみゃ!」
潜水艦もどきの中では、珍しくアーニャが怒りを露わにしている。もともと感情豊かな彼女だけど、意外にも怒ることはほとんどない。ご飯を食べてるときの嬉しそうなときが一番多いかな? 次点はお腹が空いて悲しそうなとき。食べ物がらみばっかだな。
そんな彼女が今怒っている理由も、やはりご飯だ。海賊共のせいで、新鮮な魚の夕食が食べられなかったからである。いやいや、しょうもないと侮るなかれ。食い物の恨みは恐ろしいというし、猫の祟りは七代続くとも聞く。つまり、アーニャの恨みはヤバい。
ホラーは好みじゃないんです。頭が三角錐の人とか出てこないだろうな? ここは静岡じゃないぞ。
「まぁまぁ、これでも食べて落ち着いて。ルカ、後ろの方に台所作ったから、ちょっとソレ焼いてきて」
「はい、少し待っててくださいね」
「お姉、あたいも手伝うよ」
そこらへんを泳いでた七十センチくらいのサバっぽい魚を数匹、平面で囲って捕まえる。食えるかどうか知らないけど、見た目はまんまマサバだから大丈夫だろう。ちょっとでかいけど。生きたまま潜水艦もどきの中に取り込んで、あとはルカとサマンサにお任せだ。
「みゃっ!? それはアブラサバみゃ! 塩焼きでも油煮でも美味しいみゃ! ボスはやっぱり最高だみゃ!」
「お? アーニャ、よく知ってるね。こいつはリュート海にしかいねぇ魚だぜ?」
「お魚のことなら食べたことないのも知ってるみゃ! エンデじゃ絵本代わりにお魚図鑑を読むみゃ! 字は図鑑で覚えるみゃ!」
なにその英才教育。エンデって漁業の国だっけ? まぁ、興味のあることだったら覚えるのも早いだろうから、効率的と言えなくもないか。猫系獣人に限るだろうけど。
「寄生虫がいたらイヤだから、内臓と皮は取っておいてね。一匹は焼かずにウーちゃんにあげて。最近新鮮な肉食べてないから。骨は取っておいてね」
内臓と皮には寄生虫がいることもあるからな。食べてもちょっと熱が出たり腹痛になったりするくらいだろうけど、念のために取っておいてもらう。
それに、魚の骨は細くて鋭いから、あまり噛まずに飲み込む犬にはちょっと危ない。のどに刺さってケヘケヘやってるのを、前世でも何度か見たことがある。過保護じゃない、愛護です。
「わかりました。ウーちゃん、アーニャ、『待て』」
「みゃっ」
「わふっ」
うむ、ふたり(?)ともルカの言うことをよく聞いている。というか、何気にアーニャの扱いがウーちゃんと同列だ。ひどい。
そして何の疑問も無さそうな顔で、アーニャはウーちゃんと並んで座って待っている。めっちゃ嬉しそうだ。うん、同列で問題ない気がしてきた。むしろ奴隷じゃないウーちゃんの方が上位かもしれない。アーニャ、不憫な子。でも本人は幸せそうだから、まぁいいか。
とりあえず船内は落ち着いたから、海賊の追跡に戻る。
相変わらず海賊船は北へと舳先を向けている。北西ではない。やはり『鴎の巣』にアジトがあるというのは欺瞞情報だったみたいだ。いいように踊らされたな、騎士団の連中。
やがて、進行方向右側に街が見えてきた。海にせり出した岬の根元、南側だ。結構大きい。暗くて全容はハッキリしないが、ドルトンよりちょっと小さいくらいの規模に見える。
建物はくすんだ灰色だ。セントラルと同じく石造りのようだが、あまり華美ではない。石を組んだだけの、倉庫のような飾り気のない建物ばかりだ。
海賊船はその街の港に侵入し……あれ? 普通に係留してる? 港にいる人たちも騒ぎ出す様子はない。ってことは、ここが海賊の拠点か。隠れ家どころか、堂々と街に出入りしているとはちょっと予想外。カメラとマイク飛ばして様子見てみるか。
海賊船から桟橋に向けてはしごが降ろされてる。そこを海賊のお頭と思しき男が降りていくと、陸から桟橋へとひとりの男が駆け寄っていく。着てるものはファーの付いた黒いコートと同色のパンツだ。なんとなく軍服っぽい。
《隊長、お帰りなさいませ! ……一隻だけですか? 他の連中は?》
《陸に上がった奴らは帰ってこなかった。王国の奴らにやられた可能性が高い》
《っ! ……同志の御霊の安らかならんことを。隊長たちだけでもご無事でなによりです。総督が報告をお待ちです。こちらは私が》
《うむ、任せた。後は頼む》
……おいおい、マジか。
「隊長って……海賊じゃないじゃん、軍人じゃん!」
「呆れましたわね。国が関与しているとは予想してましたけど、まさか主導しているとは」
「なんちゅう奴らや! 厚かましいにもほどがあるで!!」
「……有罪」
予想では、外国籍の船だけ襲ってもいいという許可証である『私掠船免状』のたぐいを国が発行して、間接的な支援をしてるんだと考えてた。ミニスカコギャル海賊なら俺も支援してもいいかな。モーレツに。
しかし、まさか国が軍隊を使って直接海賊行為をしてるとは思わなかった。ひとりでも捕縛されたら即バレなのに。そんな頭の悪い作戦、普通は実行しない。しらばっくれたら誤魔化せるとでも思ってるんだろうか?
しかも総督って言ってたな? ってことは、ここは国から派遣された代官が治めてる直轄領ってことだ。間違っても海賊が出入りしていい場所じゃない。どう言い繕っても有罪確定だ。『異議あり!』で逆転もできまい。
バカは予想の遥か彼方を行くからバカなんだという言葉を聞いた事があるが、どうやらノラン首脳部には本物のバカがいるみたいだ。
「確か、ノランの言い分だと海賊は好きにしていいんだったよね? それじゃ、遠慮なく『海賊国家ノラン』を好きにさせてもらおうかな?」
こういったふざけた連中にはきついお仕置きが必要だ。反省? する時間があるといいねぇ。
とか考えてたら、アーニャがびくっとこっちを振り向いた。そしてすぐに後方のルカに向かって叫ぶ。
「は、はやくアブラサバ持ってきてほしいみゃ! ボスの笑顔が黒いみゃ! あれは悪だくみの顔みゃ! 始まったらきっと食欲なくなるみゃ!」
む、失礼な。ちょっとだけだよ、黒いのはちょっとだけ。








