必ず読むべき76冊の哲学書リスト。読まずに死ねるか?
ヘラクレイトス 断片集
エムペドクレス フラグメント
プラトン 国家
アリストテレス メタフュシカ
エピクテートス 語録
m・アウレリウス 自省録
エピクロス フラグメント
セクストスエンピリコス 諸教師への反駁
プロティノス エネアーデス
プロクロス 神学綱要
聖書
アウグステュヌス 告白
トマスアクイナス 神学大全
ドンススコトス オックスフォード命題論
ニコラウスクザーズス 無知の知
ブルーノ 無限・諸世界について
ヤコブベーメ オーロラ
Fベーコン 大革新
デカルト 哲学原理
ホッブス レピアタン
スピノザ エティカ
ライプニッツ 単子論
ロック 人間知性論
バークリー 人間知性原理論
ヒューム 人性論
ドルバック 自然の体系
ルソー エミール
カント 純粋理性批判
フィヒテ 全知識学の基礎
シェリング 自然哲学
シュライエルマッヘル モノローゲン
ヘーゲル エンティクロペディー
スペンサー ファーストプリンシプル 第一原理
コント 実証哲学
マルクス ダスカピタル
キルケゴール あれかこれか
ショーペンハウエル 意志と表象としての世界
ニーチェ 権力への意志 ヴィーレツールマハト
ベルグソン 意識に直接与えられたもの
フッサール 純粋現象学及び現象学的哲学考案
サルトル 存在と無
ラッセルホワイトヘッド プリンキピアマテマティカ
ヴィットゲンシュタイン トラクタートスロジコフィロソフィカス
マキャベリ 君主
モンテスキュー 法の精神
イエリネク 一般国家学
スミス 国富論
ペスタロッチ ゲルトルードはどのように、その子を教えるか。
フーリエ 愛の新世界
シュティルナー 唯一者とその所有
パスカル パンセ
ナーガルジュナ 中論 龍樹菩薩
アビダルママハービバシャスートラ
唯識三十論 頌ヴァスヴァンズ 釈スティラマティ
三論玄義
法華玄義
華厳五教章
大知度論
ウパニシャッド
正法眼蔵
フォイエルバッハ キリスト教の本質
Aランゲ 唯物論の歴史
ユング 心理学と錬金術
フロイト 精神分析入門
ニュートン プリンキピア
ガリレオ 天文対話
無くもがなのあとがき
さて以上のすべての哲学書をもし仮に、あなたが読み理解したとしても、
あなたは風邪も引くだろうし、下痢もするだろうし、
歯も痛くなるだろうし、事故や災難にも会うだろうし、、
苦悩や雑事に追い回されるだろうし、
老いるだろうし、やがて死ぬだろう。
と考えると、一体、書物って、宗教書も哲学書も人生論書も、
一体何の意味があるんだろう?
本を一冊も読まず、何も知らないで死んだ人と、
万巻の書を読みそれを理解して死んだ人と
一体何の差が有るというんだろうか?
知恵があったって病気にもなるし死ぬんですよ。
それじゃあそこらの
無知蒙昧な人となんの変わりもないじゃないですか?
無知即知恵であり
知恵即無知、、、
学問は虚妄なんだろうか?
というよりも、
学問や知恵は、必要なんだろうか?
という実に根本的な大疑問にぶち当たるわけですよね?
バカで無知だけど純な心を持ち奉仕と愛に生きた
あの宮沢賢治の描くような「デクノボー」と
悪知恵ばかり身に着けて、狡猾な知恵者で
人を蹴落とし、侮辱して辱めるような人と、
さて?
どっちが生き方としてはいいんでしょうか?