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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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9.荷台の中で

 目が覚めると、真っ暗だった。背中の下がガタガタと揺れている。頭が痛い。背中もお尻も痛かった。あたしは、堅い木の床に仰向けで寝かされていた。一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、軽いパニックに襲われる。

 落ち着いて考えるのよ。・・・そう、そうよ、ここは荷台の中だわ。動いてると言うことは、あの凶悪な顔をしたピンクの鳥が引っ張っているはずだ。

 ・・・どうやって乗ったんだったかしら?確か、荷台は結構な高さがあって、それで・・・それで・・・?目を閉じて思い返してみる。いくら考えても記憶がすっぽり抜けていた。眠くなって寝た記憶もなかった。もしかして、倒れた?・・・何で?


 抜けた記憶を思い出すのは諦めて、周りの状況を確認することにしよう。と言っても、暗過ぎて何も見えない。

 狭い場所に何人もの人間が詰め込まれた時特有の、生温かい空気がねっとりと絡みつく。少し蒸し暑くて、洗濯ものの生乾きのような、酸っぱいような・・・独特な臭いがしている。不快感とわずかな息苦しさを感じる。

 



 ハリスはどこにいるのかしら?

 少しずつ暗闇に目が慣れてきて、うっすらと幌の梁が見える。

 今は・・・何時頃だろう?夜9時なのか深夜1時なのか。こっちに来て恐らく2日目だけれど、時間の感覚が全く分からなかった。1日目の夜、あたしは草原で気絶していた。そしてたぶん、今もまた気絶していたのだ。

 ・・・こんなんでハリスたちを守れるだろうか。1日1回気絶するなんて、繊細な乙女のようじゃない?

 繊細で、かよわくて、儚げ。薄幸の乙女。

 あたしは少し考えて、それはそれでいいんじゃないか、と思い直した。



 そんなことより・・・いいかげん向きを変えないと本当に背中が痛い。床ずれが出来そうだ。あたしは、そっと静かに左に体を向けた。


 そしてそこには―――カエル男がいた。


「ギャアッ?!」


 あたしは驚いてゴロンと一回転し、そのまま這って逃げ出した。鎖がガシャガシャと派手な音を立てる。と、その時何かが頭に触れる。えっ!何、何!何なの?!あたしはビョンと飛び上がった。心臓がバクバクと跳ねまわっていた。


「シッ。俺だ」

「ハ、リス?」

「ああ、起きたか」


 あたしの頭に触れたのはハリスの手だった。ハリスは壁に寄りかかって座っていた。そのまま突き進むとハリスに頭突きしていた所だ。危ない。


「あの、ごめん、隣に・・・びっくりして・・・」

「痛みはないか?」

「あ、うん・・・大丈夫だけど・・・」あたしは何故気絶してたのか。一体どのくらいの時間が経ったのか。訊きたいことはたくさんあった。「何であいつの隣に寝かせたの?」


 あたしの口から出たのは、カエル男の隣で寝させられたことへの不満だった。いくら荷車の中が狭くとも、セクハラ被害にあった女を加害者その2(その1はもちろんキツネ男だ)の隣にするなんてひどいんじゃないだろうか?

 ハリスがにんまり笑った。


「・・・あいつは」ハリスは寝ているカエル男を親指で指した。「ほとんど被害者だ」

「被害者って・・・何が?」

「お前は荷台に乗るのをやめて、そいつにヘッドバッドを食らわせたんだ」

「そんなことしてないわよ!」

「しっ、声が大きい」ハリスは綺麗な目をキラリと光らせた。「覚えてないのか?かなりすごい音がしたが。その後、お前ら2人は地面に転がって動かなくなった」


 あたしはポカンと口を開けた。最後の記憶で、空を見た気もする。


「・・・・・・」

「お前はあれの上に乗っかったようなもんだ。たぶんその時、腹にも一撃入れてる。倒れた後、奴から空気が漏れるような音が聞こえたからな」


 あたしは恐る恐るカエル男が寝ている方を振り返ったが、暗くてはっきりと分からなかった。お腹が小山の影に見える。

あたしはフンフンとTシャツの臭いをかいだ。


「くさいわ」

「ああ、そうだろうな」ハリスは面白いものを見るように一層笑みを深くした。


 あたしからはカエル男の臭いがした。それは、腐った豆腐みたいな臭いだった。薄幸ならぬ発酵の乙女だ。・・・これは、何ていうか全然儚げじゃない。これは・・・『とんま』とか『狂気』の部類に入る。

 あたしは、にやにや笑うハリスに向き直った。


「どうやってあたしとカエル男を乗せたの?」

「そこにいるつるっ禿げ野郎が引っ張り上げたんだ」


 ・・・つるっ禿げ・・・何て事を。子供は時に残酷な生き物だ。若禿げは不可抗力以外の何物でもない。非常にデリケートな問題でもある。

無神経な ハリスの視線を追うと、反対側の壁にレオが寄りかかって、じっとこちらを観察しているようだった。そして、レオは全く笑っていなかった。


「えっと・・・」


 レオに何て声をかけたらいいのだろう。言葉が続かない。あたしは困惑していた。レオもあたしと同じような異臭を放っているんじゃない?申し訳ない気持ちになったが、彼は犯罪者だ。言うべき言葉は何も見つからなかった。




 ぐぅぅぅぅきゅるきゅるぐぅ・・・げぱっ


 あれこれ悩んでいると、見計らったかのようにあたしのお腹が悲鳴を上げた。かなり恐ろしい音が荷台に響いた。は、恥ずかしい・・・!最後の音は何なのよ・・・!あたしは恥ずかしさに両手で顔を覆った。・・・臭い!手が臭いわ!すぐさま顔から離し、愕然と両手を見下ろした。


「ハリス・・・」あたしは、おもむろにハリスの顔の前に右手を差し出した。

「その手を俺に近づけるな」ハリスが引きつった顔で言った。 

「ひどいわ」

「臭いと分かってるものを近づける方が酷い」

「ひどいって言ったのは、言い方のことよ。あたしはちょっと確認して欲しかっただけなのに」

「それが酷いんだ」



 

 俯いたレオの肩が震えているのは気のせいじゃないと思う。さっきまで無表情だったレオが笑っている。・・・笑っているのよね?

 これはいいことだろうか?たぶんいいことだ。でも、笑われてるのはあたしだ。顔が余計に熱くなった。



 ハリスが、白い布の下からロールパンを2個とビンに入った水を出してあたししに渡した。


「お前の分だ」

「食べ物があるの?!ありがとう、お腹が減ってたの」嬉しい。久々の食事だ。あたしはパンと水を受け取った。だろうな、というハリスの言葉には知らない振りをする。「ハリスは食べたの?」

「ああ、俺も食べたし、そこに寝てる子供も食べた」

「そうよ、子供・・・!その子の具合は?大丈夫そうなの?」

「大したことなさそうだ。緊張と疲れで体力がもたなかったんだと思う」

「そう・・・」


 食べることが出来たならそう心配することもないかもしれない。あたしはもう1つの人影を見つけようと目を凝らした。

 あたしが寝ていた場所から若干離れた右の壁に、くっつくようにして小さな影が横たわっている。あれがその子だろうと見当をつけて、鎖をジャラジャラさせない様に、出来るだけ静かに近づいていって顔を覗き込んだ。汗で子供のおでこには髪が張り付いていた。あたしはTシャツについた血と悪臭について少し考えた後、指でそっと撫でるように張り付いた髪を払いのけた。


「ん・・・」


 ため息まじりの微かな声が聞こえた。起こしちゃった?あたしはさっと指を引いて注意深く寝顔を見守った。・・・何事もなかったように子供はスースー寝息を立てている。大丈夫、起きてない。ほっと息を吐く。

 パンを食べながら子供の様子を窺う。顔立ちの整った男の子だった。まつ毛がものすごく長い。うらやましい。あたしのまつ毛も短くはないが、バッサバッサとさせられるほど長くもなかった。普段はビューラーとマスカラに頼っている。まつ毛は、長ければ長い程かわいい指数がアップするのだ。あたしはラクダとキリンをまつ毛の師匠だと思っている。





 大学1年生の時、あたしは初めて付けまつ毛というものをつけた。入ったテニスサークルの新入生歓迎会にでるため、気合いを入れて慣れない化粧をした時だった。


 ちなみに、テニスサークルに入った理由は、テニスがしたかったからではなく、爽やか女子に憧れていたからだ。短いスコートの下に履くフリフリパンツにも興味があった。


 高校卒業までは、夜外出することに親はいい顔をしなかったし、外泊なんてもっての外だったから、あたしは嬉しくて、緊張しながらも歓迎会をすごく楽しんだ。初めて顔を合わせる人も多く、みんなそれぞれ照れながらも男女入り混じってワイワイと美味しい料理を食べた。『次はカラオケだ』と盛り上がったところで、移動前にあたしはトイレに行った。手を洗おうと鏡を見ると、化粧が滲んで目の周りが真っ黒になっていた。


 そして、あたしの付けまつ毛は―――本来あるべき場所から大幅に移動していた。右目の上と左目の横。

 あたしは鏡の前に立ち、恐怖と驚愕で混乱した。

 ・・・言いづらかったとしても誰かそっと教えて欲しかった・・・。

 そのままこっそりとトイレを後にし、カラオケには行かずに足取り重く家に帰った。


 そして次の日―――


「おはよ、福笑い閣下!」


 ある男子学生が、19歳のうら若きあたしにそう呼びかけた。

 戦慄が走った。あごが足首まで落っこちた。福笑い閣下・・・ってあたしのこと?!彼は敬礼しながら、あたしのメールアドレスを訊いてきた。


「ウフフフ・・・」


うわずった声を残しそそくさと逃げたが、精神ダメージは恐ろしく大きかった。

以降、付けまつ毛はあたしの悪魔アイテムの認定を受け、二度とあたしに張り付くことはなかった。






 ・・・少年のまつ毛で黒歴史の1ページを思い出してしまった。気付いたらパンがなかった。あっという間に2個とも食べてしまったようだ。


「―――おい、大丈夫か?・・・あと2、3時間でマダンに着くはずだ」


 遠い目をしたあたしに、ハリスが怪訝な顔をしている。先程キツネ男がマダンがどうのと言っていたのを思い出した。あたしはそろそろとハリスの横に移動した。


「マダンっていうところが目的地なのよね?」

「たぶんそうだろう。マダンはマダン島一番の中枢都市で、アザル連合共和国首都のアザルに次ぐ大きな街だ。そこに今回指示を出している奴がいるはずだ」


 じゃあ、あたしはそいつに何とか交渉を持ちかけてみよう。変態に売られるのは嫌だ。子供達も家に帰したい。あたしには何があるだろうか?考えなければ。


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