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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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7.決意

 その後すぐに街道に出た。街道と言っても、整備されているのかは怪しいもので、幅4メートル程の踏み固められた土がまっすぐ伸びているだけだった。店があるわけでもなく、休憩できそうな木陰も、小さな花さえ見当たらない。道の両脇に草だけが青々と生い茂っている。

 ハリスの話によると島だと言っていたが、潮の香りはしなかった。海からは遠いのかもしれない。



 道の端っこに幌の付いた馬車のようなものが停まっていた。

 これは―――馬車―――とは言わないかもしれないけど。

 そこにいたのは馬ではなく、大きな鳥だった。フワフワした派手なピンク色のダチョウもどきが3羽、木製の荷台を引くようにつながれている。さすがは異世界、見たことのない生き物がいる。あたしは、なんとも乙女心を刺激する見た目にうっとりと見とれた。是非ともフワフワの羽を触ってみたい。なんなら2,3本貰えないだろうか。

 ピンクはかわいい。見ているだけで幸せになる。ピンクは万国共通女の子の色なのだ。残念なことに、あたしには似合わない色だった。何故かピンクの服を着ると、顔がくどく見えてしまう。今着ているTシャツも白だった。

 あたしは、ふと横にいるハリスに目をやった。


「ハリスはピンクの服が似合いそうね」

「一体何の話だ?」ハリスは怪訝そうにあたしを見上げて言った。


 そのままじっと眺めているとダチョウもどきと目が合った。あれ?容姿に似合わず目つきがとても悪い。


「グエェェェェ」


 鳴き声も全くかわいくなかった。


「あれはハンサ鳥といって、荷台を引いたり人を乗せるように飼いならされている。大人しい鳥だ」


 あたしには、全然大人しそうに見えない。今も片足で地面をひっ掻き、凶暴そうな小さな目で睨んでいる。近づいたら鋭いくちばしで頭を串刺しにされそうだ。ハリスの目は節穴なのだろうか。




「戻って来れたようだな」


 荷台の中から男が2人出てきた。

声を発した方は、茶色い髪と茶色い目をした浅黒い肌の中肉中背の男で、キツネのように細い目をしていた。茶色っぽいズボンに、元は白かったのかもしれないシャツを着ている。もう1人は、同じく茶色い髪と目をしていたが、こちらは黄色っぽい肌をしていてパツンパツンに太っている。爪楊枝を刺したら飛んでいきそうだ。そして蛙のように目が離れていた。グレーのズボンは寸足らずで、黒いTシャツからも毛の生えたお腹が見えていた。2人とも30代半ばくらいに見える。


「おい、見ろ!渡り人だ。こりゃ運が向いてきたな」カエル男がグヘグヘと厭らしく笑った。


 ぞわりと鳥肌が立つ。


「女か」


 そう言って近づいてきたキツネ男から、舐めるような視線を感じる。あたしは目を細めて睨みつけた。


「何よ」

「気が強い女は嫌いじゃねぇ」

「あたしはあんたなんてお断りよ!」

 

 キツネ男はフッと笑うと、あろうことか、あたしのTシャツの襟元に人差し指をかけて、胸を覗き込んだ。


「なっ・・・!」すぐさま、キツネ男の手を払い落し、Tシャツの胸元を押さえた。


「な、な、な・・・!」


 羞恥心と怒りで言葉がでてこない。口をパクパクさせて言葉を探していると、膝あたりをぐいっと誰かに押された。ハリスだ。


「やめろ、この下種野郎」ハリスはあたしを守るように前に出て、キツネ男を睨みつけた。

「何だと?このクソガキが、邪魔するな!」バシッという音と共にキツネ男がハリスの頬を張り飛ばす。

「・・・ちょ、や・・・!」あたしは、倒れたハリスを守るように上に覆いかぶさった。「ちょっと、大丈夫?!」

「ああ・・・平気だ、気にするな」ハリスは、砂が入ったのか親指で口元を拭う。



 ・・・子供に手を上げるなんて信じられない・・・!

 ギッと振り返ると、男たちは腕を組んでにやにやと下卑た笑みを浮かべ、あたしたちを見下ろしていた。


「あんた達最低だわ!」


 男たちの笑みがいっそう大きくなった。あたしはこぶしを握り締めた。


「本当に大丈夫だ」ハリスが、押しのけるようにあたしの肩を押して言った。

「待って、やだ、鼻血出てる!」


 ハリスの鼻からは血が出ていた。

 ハリスが鼻に手をやると、小さな手に赤い血が付く。

 そして―――ハリスの目が、ギラリと剣呑な光りを放ったような気がした。キレイな顔に恐ろしい笑みを浮かべている。

 

 



 それにしても、こんなに小さいのにハリスは熱く燃えるヒロイズムを持っている。それに加えてとんでもなくいじらしい。本気であたしを守ろうとしている。純粋なのだ。普段あまり持ち合わせていない母性がムクムクと呼び起される。 

 何も持っていなかったので、あたしは着ているTシャツの裾でハリスの顔を拭ってやった。

 ・・・このTシャツはあまり吸水性がよくないらしい。拭けば拭くほど顔に血が拡がっていく。それでもゴシゴシ擦ってやると、ハリスの顔の下半分が血で赤くなった。あたしのTシャツも血まみれだ。ちょこっと鼻血を拭いただけ、とは到底思えない。2人とも大惨事の犠牲者のようだ。

何でこうなったのだろう。両手でTシャツの裾を摘まんでみる。

 これは・・・もちろん全部キツネ男のせいだ。あたしは立ち上がって、にやにや笑いが止まらない男たちを再びギリッと睨みつけた。


「ちょっと、そこのあんた!こんな小さな子に暴力振るって恥ずかしいと思わないの?!このTシャツどうしてくれるのよ!」

「知らん!それはお前が勝手に拭いたんだろう」キツネ男が顔をしかめてTシャツを一瞥する。


「おい、クソ女、誰に口きいてやがる」カエル男がニタニタと気持ち悪いうすら笑いを浮かべて言った。「自分の立場を理解していないようだな。お前はな、今お前が庇ってるこのクソチビのせいで、この先一生変態オヤジの玩具になるんだよ」カエル男があたしに向かって手を伸ばす。「なぁおい、ククク、売られる前によ、俺らと楽しもうぜ」

「楽しめそうな体じゃねぇだろうよ。ほれ、取り合えずその気になる踊りでも踊ってみてくれよ」キツネ男が手拍子を打ち始め、自分で言った言葉が余程面白かったのか、ゲラゲラと笑い始めた。


 あたしの中で何かがプツンとはじけた音がした。そして、気が付いたらあたしはキツネ男に飛びかかっていた。


「うわっ、おい!何だ?!」

「うるさい!そんなに胸が揉みたきゃそこのデブガエルでも揉んでなさいよ!」

「痛い!!」


 不意をつかれたキツネ男は、バランスを崩し尻もちをついた。あたしは馬乗りになって両手を振り回し、髪を掴んでギシギシと引っ張り、爪を立てて顔中引っ掻いた。


「クソ女って何よ!弱い者いじめしかできないクソキツネ!」

「クソキツ―――?ぐがっ!!」


 ブチブチっと音がしてキツネ男の髪の毛がごっそり抜けた。


「女だからって何にもできないと思ったら大間違いよ!あんたこそマヌケな踊りでも踊って見せなさいよ!」

「痛っ!グフウッ・・・!!!!」

 

 カエル男に腕を掴まれて無理矢理離される頃には、あたしはフーフーと肩で息をしていた。

 そして、飛びかかってから引き離されるまでのどこかで、あたしの膝がキツネ男の股間に大ダメージを与えたらしい。地面に転がったままのキツネ男は、足の間に両手を挟んで脂汗をかきながら呻いていた。

 わざとじゃない。偶然ちょうどよく、そこにあっただけだ。


「放しなさいよ!」


 あたしはバタバタと腕を振り回して、あんぐりと口を開けているカエル男を振り払い、人差し指を突き付けた。カエル男が後ずさった。あたしはそのままグイグイと指を突き付けて言った。

 

「その!手を!二度とあたしとハリスに伸ばさないでちょうだい!」

「あ、ああ・・・わ、わかった」カエル男はチラリと横目でウンウン唸っているキツネ男を見て頷いた。


 あたしは、つん、と顔をそらし、ハリスに向き直った。


「ハリス、頭はなんともない?鼻血は・・・もう止まってるわね、良かった」

 

 あたしは、下半分血まみれの顔を覗き込み、他に怪我がないか調べた。ハリスは大人しくされるがままになっている。


「俺は・・・」ハリスが囁くように言った。「俺は、お前を、怒らせないようにする」

「え、何?」

「いや・・・なんでもない、気にしないでくれ」

「なんか顔が青いわよ?どこか痛いの?」

「俺は・・・いや、何でもない」


 ハリスは、不明瞭な言葉をつぶやいている。もしかしたら、転がった時に頭を強く打ったのかもしれない。大丈夫だろうか。


 もう一度よく見ようとハリスの頭にそっと手をやろうとした時だった。


「何騒いでる」


 荷台から男がもう1人出てきた。


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