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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
6/36

6.草原5

 あたしの心は晴れやかだった。足には鬱陶しい鎖が付いてるけど。


 なぜなら―――


 ハリスの言葉が正しければ、あたしの『珠』が青いということ、それは、両親がこの世界の人間だということを指している。美樹もあたしと同じ青い『珠』を持っているはず。

 確かに渡るのは難しいのかもしれない。でも、家族に会える確率が、単純だけど倍になったように感じていた。あたしが向こうに戻るのと同じように、家族がこっちに来るかもしれない。可能性はすごく低くても、いつか会えると信じていたい。そうすれば―――いつか会えるかもしれないのなら―――笑って生きていける。


 それに、あたしはグズグズと考え込んで内に籠るタイプじゃないのだ。嫌なことがあっても笑えば何とかなると思っている。辛くないと言えば嘘になる。でも、死んだわけじゃない。絶対に会えないわけじゃない。広い世界では、あたしの悩みなんて米粒だ。

 あの暗黒ボックスだって大したことは・・・いや、やっぱりあれはダメだ。あの箱はあたしにとって核爆弾に等しい。また会えるかもしれないと分かった今、あの箱を妹が持っていることは大爆発を意味する。



 つらつらと考え事をしながらハリスの後を付いて行く。鎖の長さは1メートルほどあった。歩行に問題はないが、ジャラジャラと煩いし、草に引っ掛かって歩きにくい。

 あたしは、ハリスの鎖と自分のを見比べてみた。色も形も同じに見える。何なんだろうか・・・


「ねぇ、意味が分からないし、鬱陶しいわ。やっぱりこれ取ってくれない?」あたしは輪っかを指差して言った。


「付けてないと不自然だからダメだ」ハリスは、振り返ってチラリとあたしの指先に視線を落とした。


 不自然って?まさかこれはこの世界の定番アイテムかなにかなの?鎖を付けていないと、パンツ履いてないくらい恥ずかしい事なのかもしれない。

 それか・・・もしやオシャレとか?昔の男の人のイケてる髪型は、頭のてっぺんを剃って結わえた後ろ髪を前に持ってくるっていうトリッキーなものだったわけだし。海を渡った先では反対に、頭のてっぺん以外を剃ってみつ編みにしてたらしいし。・・・よく考えると、昔の男の人って剃るの好きね。

 

 悪戦苦闘しているあたしとは反対に、斜め前を行くハリスは苦も無く歩いて行く。リーチはあたしの方が長いはずよね?納得がいかない。






「俺の住むエスタニアで、最近子供が攫われた」ハリスが言った。「隣国でも同じような事件が起きているらしい。以前から、はっきりとしない噂程度に話はのぼっていたんだが・・・調べてみると、大規模な犯罪組織が関わっているのが分かった。組織の拠点についての詳細は時間がなくて掴めなかったが、エスタニアから南に海を渡ったここ、アザル連合共和国だろうというのはおおよそ見当が付いていた」

「誘拐って・・・」

「アザルは7つの大きな島と幾つかの小さな島からなる連合共和国だ。表向きは総代表者はアザル島の首長となっているが、7つの島の代表者の権力は均衡していて、それぞれの島がまるで独立都市のようになっている。海に囲まれている立地もあってか、他国はおろかアザル国内の島からの干渉も受けにくい。犯罪の隠蔽には十分過ぎる条件だ」

 

 そう言えばハリスは先程『任務』がどうとか言っていた。これって警察ごっこかしら?それにしてはやけに設定が詳細だ。この世界ではこれがスタンダードなの?


「ただ誘拐しているだじゃない。非合法で人身売買をしているらしい」

「人身・・・売買?」

「本来なら警察が担当するはずだったが、今回少し・・・事情が変ったんだ」ハリスが躊躇うようにチラリとあたしを見る。「知り合い・・・いや、知り合いの知り合い、の知り合いの子供が攫われたんだ」


 知り合いの知り合いの知り合いは、完全に知らない人だ。




「・・・とにかく、その子供を救出して、エスタニアに戻る」

「は?」

「今のところ計画通りに上手く潜り込めたしな」

「え?」

「きれいな子供は金持ちに良い値で売れるらしいぞ」ハリスは面白そうに口の両端を上げた。「俺は高く売れそうだろう?」


 あたしは、ハリスの言葉にピタリと足を止めた。


 ・・・ごっこ遊びよね?まさかそんな、ね?

 ・・・すごく嫌な予感がするんだけど―――


「この、足の輪っかは・・・」

「ああ、それは誘拐犯の1人に、渡り人がいたら『付けて連れてこい』と言われて渡されたものだ」

「・・・・・・!」

「これについてはそんなに気にしなくてもいい」

「あたし達が今向かってるのって・・・」

「マヌケな誘拐犯共のところだ」ハリスは、フフンと笑ってさらりと言い放った。


 聞いた途端ショックであたしの目がでんぐり返った。ハリスは、そのことに気付いているのかいないのか、楽しそうに話し続けている。


「6日前エスタニアの首都エンザで11歳の子供が攫われた。目撃証言から犯人グループは陸路で、港町であるセ―レに移動していた。俺は、メク川―――エンザからセ―レまでをつなぐ水路―――でセ―レに入った。セ―レの対岸はエスタニアの軍港都市ハザルマがある。軍船が行き来しているから、陸路を選んだ犯人たちが、途中の街から水路に入ることも難しいだろう。しかも有難いことに、水路なら陸路より3日は時間に余裕が出来る。エンザでの調査や準備に時間が必要だったが、これで遅れを取り戻せた。」ハリスはニヤリと笑った。「こんなに簡単にいくとは思っていなかったが・・・1人で港に立っていたらまんまと攫ってくれた」


 あたしは口をパクパクさせていた。もちろん目はでんぐり返ったままだ。

 

「言ってみれば、犯人たちにとって俺はおまけで攫ったようなものだからな。『乱』の確認に行かせるのに俺程適任はいないだろう。瘴気があって俺が狂ったら置いて行けばいいし、渡り人がいたらおまけが増えてラッキーってとこだ」


 顔が恐怖で引きつった。・・・あたし、売られるの?胃の中がグルグルして気持ち悪い。頭の中では、金持ちのロリコン変態オヤジがベトベトした指であたしの貧弱ボディを撫でまわす光景がひろがっていた。おえぇ!


 盛大な文句を言ってやりたいのに、うまく口が動かない。


「ざっと説明はこんなもんだ。もうそろそろ着く。さっきも言ったが、お前は大人しくしててくれ」ハリスが二コリと笑った。


「い・・・」

「い?」

「イ、イ、イヤアーーーーーーっぐ・・・!!!」


 パニックだった。あたしは叫び、空気を求めて喘いだ。呼吸の仕方がさっぱり思い出せない。体がグラグラする。足がズブズブと泥の中に埋まっていくようだ。


「落ち着け!大声をだすな」


 ハリスがあたしの体を支えようと背中に手をまわす。が、いかんせん身長が違いすぎた。支えきれずに2人とも転がった。

 あたし達は地面の上でバタバタともがいた。


「息を吐け」


 下からハリスの声が聞こえる。どうやらあたしはハリスの上に乗っかっているようだ。


「吐くことだけに集中しろ」


 違う、足りないのだ。あたしには空気が全然足りない。


「吸うな、吐くんだ。お前はさっきから息を吸ってばかりで吐いてない!」


 ハリスがあたしの下から這い出て、顔の前で小さな両手をパァンと打ちならした。そして、あたしの両頬に手を当ててグッと掴む。


「目を見ろ。よし。息を吐け。吐け!・・・そうだ。吐く、吐く、吸って、吐く・・・2回吐いて1回吸う」


 あたしは琥珀色の目から視線を逸らさずに、言われた通り呼吸をした。しばらくして、足りない気がしていた空気は、あたしの周りに戻ってきた。


「落ち着いたか」


 深くため息を吐いて、ハリスはあたしの頬から手を外した。


「落ち付けるか―!!!」

「声が大きい!」ハリスの手があたしの口をふさいだ。「もうすぐ街道に出る。そこで犯人たちが俺を待っている。エンザで攫われた子供も一緒だ。俺から離れず、俯いて怯えた振りでもしていればいい。大丈夫だ、終わったらちゃんと送り届けてやる」


 全然、全く、1ミリも、大丈夫だとは思えない。一瞬心の中で、『逃げたい』そう思った。でも、こんな小さな子供を見捨て逃げる?無理だわ。

 もう1人掴まってる子供もいるらしい。

 あたしはため息を吐いた。

 どうやらこの子は、あたし以上にスーパーマン願望が強いらしい。犯罪組織だの誘拐だの、これが本当なら子供の手に負えるようなことじゃない。海まで渡って何をどうする気なの。

 ・・・これはもう、巻き込まれることに前向きになるしかないんじゃないだろうか。

 何が出来るかわからない。何も出来ないかもしれない。最悪、変態オヤジのペットになる可能性も・・・イヤア!全身に鳥肌が!


 でも、希望はまだある。

 あたしは、『渡り人』というやつらしい。

 この世界のことはまだよく分からないけど、何か、交渉材料があるかもしれない。

 


 けれど。一応、訊いてみても損はないだろう。


「このまま離れて大人を呼んでくるとかは・・・」

「なぜだ?」


 ハリスは、質問の意味が分からないとばかりにキョトンとした顔をしている。


「第一の目的は子供の救出だ。組織の拠点も確認したい。お前を拾ったのは成り行きにすぎない。巻き込んで悪いが、俺としては責任をもって守ってやることは出来ても、お前と逃げることは出来ない。悪いな」

「・・・そう、分かったわ」あたしはがっくりと肩を落とした。


 ・・・いいわ、覚悟を決めよう。女は度胸だ。




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