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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
33/36

32.ダギーの理由

「てめぇ何で・・・」


 沈黙の中、小さく呟くようなキツネ男の声が、ガンガンと響く耳なりと共に耳に入りこんできた。両腕に鳥肌が立つ。それは疑念が確信に変るのに十分な言葉だった。『ビンゴ!』という派手派手しい文字が頭の中で点滅を繰り返す。目の前に立つ男からは、先ほどまでのやかましいチンピラ然とした雰囲気はもうなかった。殺気立つ眼をギラつかせ、これぞ凶悪犯という様相を呈している。どうしてこんな状況に?わかってる、あたしのせいだ。あたしの軽率な口が、何の変化もない直球ストレートのボールを無謀にも殺人犯に放り投げたせいだ。

 くず折れそうな膝をつっぱらせ、なけなしの根性でせり上がる恐怖を抑え込む。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど」喉がゴクリとなる。「あの男が死んだことに文句を言いたいんじゃないわ」


 キツネ男の片眉が上がり、凄みを増すように顔が歪む。心臓が3拍分止まった。・・・落ちつくのよ。頭の中を整理しよう。カエル男を殺した理由が、キツネ男を動かしている原動力なのは間違いないのだ。草原での2人は、気の合う間抜けな相棒同志みたいに見えた。けど、キツネ男はそう装って(・・・・・)いたのだ。その行動に見えるものは・・・ほとんど狂気と言っていい。それも病的なほどの。

 あたしはキツネ男の持つ狂気がどこまで及ぶのか知りたかった。それには、やはりこの男の目的が見えてこなければ話にならない。カエル男だけ?犯罪組織全部?それとも・・・。人を殺した人間が何をどう考えるのかあたしには全く分からなかった。


「何が言いたい。てめぇ俺の邪魔しようってんなら―――」 

「っあたしは!あんた達が仲間割れしようが・・・勝手に死のうが好きにしたらいいと思うわ。ただ一緒に行くなら、あんたがこの先、あたしとジェマを不利な状況に追い込んだりしないっていう確信が欲しいだけよ。これってお互いに無関心を装う以前の問題だわ。ジェマはあんたを信用してるみたいだけど、あたしには無理よ。いきなり過ぎるもの!」


 キーキー声で一気にまくしたてたあたしに、キツネ男が低い声を発し距離を詰めてくる。


「てめぇの安心のために人様の事情を聞き出そうってのか、それはちっと手前勝手だと思わねぇか」

 

 心臓が口から出そう。あたしは意志の力を総動員してその場に踏みとどまった。


「それは・・・そう、かもしれないけど、でも、殺されるかもしれない不安にずっと晒されて怯えながら過ごすなんてこと出来ないわ。とにかく、このまま出発なんてことになったら・・・」

「なったら、どうだってんだ」


 ぐっと詰まる。あたしには切れるカードがない。あたしの立場を考えるとキツネ男を通報するなんてできないし、何よりこの国は信用出来ない。


「あぁ?何だよ、言えよ」キツネ男の顔が間近に迫る。

「そ、そうなったら・・・」忙しなく目を彷徨わせると、視界の隅にピンクの羽が入り、勝手に口から言葉が零れた。「そうなったら、あそこにいる鳥をあんたにけしかけてやるわ」


 キツネ男がポカンとした顔であたしを見た。・・・ちょっと、あたしは今何を言ったの?けしかける?誰が?あたしが?ウソでしょ? 

 2羽のうちの1羽が『グエエェェェ』と不穏な鳴き声を発し、それに倣うようにもう1羽も鳴き始めた。反響して間延びした鳴き声が倉庫中に響き渡る。

 グエエェェェェグエェェェグエエェェェ・・・

 

「おいおい、あんた目が皿みたいになってるぜ」


 鳥から目を引っぺがし、キツネ男を見る。


「あれは、荷車用に調教された大人しい鳥だ」キツネ男は、口元に手を当てニヤニヤと笑っていた。「引っ叩くつもりか?」

「そんな可哀想なこと出来ないわ!」


 叩くのは無理だ。罪もない動物を叩くなんて出来ない。例えば・・・あの鳥のお尻のところで手のひらをパチンと鳴らしたらどう?キツネ男に向かって走り出してくれるかもしれない。それか、明後日の方に走り出すか全く動かないかだ。ただ、どうなったとしても高確率で、あたしは蹴り上げられるだろう。

 最早、キツネ男から話を聞き出すどころではない。あたしは今、自分で自分の首をギュウギュウ絞めていた。


「そ、そうね、まず説明して、それから・・・」 


 キツネ男が、ぶほっと噴き出した。すばらしい。ハリス、レオと続いてこの男もだ。あたしは男をにやつかせる天才なのかもしれない。



「・・・気が変わった。話してやる」キツネ男はあたしに向かって顎をしゃくると、ブラリと倉庫の奥に向かって歩きはじめた。








 

「・・・どうして話す気になったの?」

「さぁ何でだと思う?」キツネ男は壁に寄り掛かった。「お前は俺にとって、時間稼ぎの道具で、やかましいクソ女で、クソ面倒くせぇお荷物だ」

「わかったわ、ケンカ売ってるんでしょ?」あたしは目を眇めて言った。

「まぁ落ちつけよ。そうだな、強いて言えばブレねぇところは・・・悪くねぇ」

「ちょっとどういうこと、やめてよ!あんたに好感なんて持たれたくないわ」あたしはサッと自分の体をかき抱いた。

「ふざけんな、好感なんて持ってねぇよ!気持ち悪いこと言うなクソったれ!」

「気持ち悪いって何よ!あんたが―――」

「ダギーだ」

「・・・え?」

「これから一緒に行動することになるんだ。不便だから名前ぐらい覚えろ。あと、これだけは言っとくぞ。俺の話を聞いてお前がどう思おうと関係ねぇ。安心出来ようが出来まいが知ったこっちゃねぇからな」

 

 キツネ男で定着してたのに・・・。何にせよ、立ち上っていた殺気が霧散していることに感謝しつつ、あたしは小さくため息を吐いて、あたしはアンよ、と今更ながらの自己紹介をモゴモゴと呟いた。








「レオには、組織丸ごと全部ぶっ壊す手伝いを頼んだ」

「全部・・・?」

「再起できないように、人も金も全て残らず、だ」吐き捨てるようにダギーが言った。

「そんな、無理よ、だって・・・たった2人で?」


 レオの仕事の腕がどれほどなのかわからないけど、2人で出来るとは思えない。映画やドラマなら、主人公が1人で犯罪組織を壊滅させたりするけど、現実はそんな簡単なものじゃないはずだ。いくら内部に詳し人間がいても。

 ダギーの全身に目を走らせる。もしかして・・・何か特別な力でもあるのかしら?ハリスみたいな。・・・まぁハリスの能力はちょっと微妙だけど。


「なんだ?俺の『珠』は白だぜ」ダギーが片方の口の端を歪ませた。「あのエスタニアの軍人様と違ってな」


 あたしは目を見開いた。


「知ってるのが不思議か?」ダギーは胸の前で腕を組んで、心もち伏せた顔からすくい上げるようにあたしを見た。


 頭の中が冷水を浴びさせられたようにすうっと冷えていく。ハリスはこの男の前で正体を隠していた。レオが伝えてないことはずっと一緒にいたからわかっている。

 ・・・何もかもこの男とレオの計画通りだったら?アイギルは・・・子供ながら言葉遣いや仕草に品があった。裕福な家の子供。・・・エスタニアの軍を―――ハリスを誘拐事件に引っ張り出す為にアイギルを攫った?ジェマは?


「計画的に攫ったのね」酷く冷たい声があたしの口からこぼれた。


 ダギーは何も言わない。


「あんたってサイテーだわ」

「エスタニアのガキはそうだ。だが、今荷車にいる方は俺じゃねぇ。ジルが単独で動いた結果だ」

「・・・あたしを利用しようとしたようにアイギルやハリスのことも利用したのね」

「ああ、そうだ。あんたが言った通り組織を潰すには2人じゃ無理だ。大きな力がいる。国としてアザルを小突きまわせるぐらいのな」


 顔が強張る。


「そんなことして、エスタニアが動かなかったらどうするつもりだったのよ」

「それはねぇ」

「そんなの言い切れないじゃない」

「言い切れる。あのエスタニアのガキは王族だ。絶対にエスタニアの諜報部門が出張ってくるのはわかり切ったことだ」


 ダギーの言葉の中に何か引っかかりを感じたが、そんなことよりもあたしは怒りで息が詰まりそうになっていた。


「初めからハリスが軍人だってわかってたのね。だから思いっきり殴ったんだわ」両手をギュッと握りしめて、歯の間から声を絞り出す。

「・・・目の色は聞いて知ってた。奴の目は有名だからな」ダギーが言い訳がましく目を逸らす。「どんなに煽ってものってこねぇし、実際教会に着いて事を起こすまでは、まぁ微妙―――」

「微妙?!微妙ってどういうことよ!そんな曖昧で危険な計画に他人を巻き込むなんて自分勝手よ!」あたしは信じられないという目でダギーを見た。「さっきあんた言ったわよね、あたしが安心のためにあんたの事情を聞き出すのは身勝手だって。その言葉そのまま返すわ!」

「うっせぇな、ギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ」ダギーが疲れたようにため息を吐いた。「・・・そんなのわかってんだよ、クソったれ」

 

 しばらくあたし達は無言だった。口を開けばお互い罵詈が飛び出ることがわかっていたからだ。

 それに、まだ訊きたかった事を聞いていない。何で組織を潰したいのか。


「・・・何がそこまであんたを駆り立てるのよ?」

ダギーは目を伏せた。「・・・妹だ」

「あんたの・・・妹?」あたしは凍りついたようにピタリと動きを止めた。

「殺されたんだ。ジルと組織に」


 

 

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