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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
31/36

30.スラムの一室

つながりがおかしかったところを訂正しました。申し訳ありません。

「次は服だな」レオは、胸の前で腕を組んで言った。顔をしかめてあたしが着ているワンピースを見る。「この部屋には、あんたに合うようなサイズは置いてないんだが・・・」

 あたしは、スカートを指でつまんだ。「とりあえず、一時しのぎだけど上に何か羽織ればいいんじゃないかしら」

「いや、それじゃダメだ。その色は教会の色なんだ」レオは黒いTシャツと茶色のズボンをチェストから引っ張り出した。「大きいだろうが、少しの間俺の服で我慢してくれ」


 ありがとう、と言いい受け取って、顔の前で広げる。ズボンは丈が長くて全体的に大きいけど、裾を折り返せば何とかなりそうだ。Tシャツも大きいけど、ワンピースみたいになる程ではない。お尻がギリギリ隠れる程度。普通のTシャツだ。薄くて・・・へにょっとしてる。


「洗濯はしてあるぞ」

「あ、ううん、違うの、そうじゃなくて・・・」

「何か問題でもあるのか」レオが首を僅かに傾げた。



 問題、そうね、大問題と言っていい。頭の中では、大音量のアラームが鳴り響いていた。あたしが今身に着けているのは、袖が片方ないシスター服に、元々履いてた黒のスニーカーだ。パンツは排水溝に流れていった。そして、靴下とブラジャーはない。もう1度言う。あたしはブラジャーをしていないのだ!


 頭の中では、思い出したくない記憶が鮮明に蘇っていた。場所は脱衣所。記憶の中のあたしは、お風呂場から転がり出て、体を拭く手間も惜しみ、世界最速の速さでワンピースを頭からかぶっていた。ブラジャーは?記憶にない。たぶん教会の脱衣所の隅に転がってる。

 ・・・なんてことなの。あたしは、パンツを履いてないと落ち着かないけど、ブラジャーをしてなくても気が付かない人間だったのだ!・・・これはある種、生命の神秘と言えなくもない。


「これは・・・着るのが難しいわ」

「・・・どういうことだ?」


 レオは、あたしがパンツなしで歩きまわってることを知ってる。それは、不本意ながらシスターエドナのクローゼットでばれた。この際、ブラジャーをしていないことを伝えたって構わないかもしれない。なぜなら、パンツがない時点ですでにアウトだからだ。


「サイズが問題なら―――」

「違うの」あたしはレオの言葉を遮るように言った。「サイズとかの問題じゃなくて・・・」


 伝えてもいいわよね?ただちょっと・・・言い辛い。女が家族でも恋人でもない男に伝える事としては、個人差はあれど、『一生言わない言葉トップ5』に入るはずだ。あたしは、そわそわと目線を変え、意味もなくTシャツを折りたたんだ。


「やっぱり何でもないわ。言ってもいいとは思うんだけど、ちょっと、その・・・気恥ずかしい気がするし・・・」

「あんたは俺の依頼人だ。気恥ずかしかろうが何だろうが、問題があるなら知っておきたい」レオが首を僅かに傾げて言った。「気にせず言ってみろ」 


 そう・・・そうよね。レオとあたしの間にあるのは、ビジネスだ。こう・・・何て言うか、明確かつビジネスライクに言えばいいのよ。正々堂々と。自分の失態が原因だけど、この先ずっと乳首が浮いてるなんて絶対にイヤ。簡単なことよ。『ブラジャーを忘れたから、乳首が浮く』そう言えばいい。それでおしまい。お茶の子さいさいだ。

 レオが胸の前で腕を組んで、問いただすような視線をあたしに向けた。


「・・・言うわ」あたしは覚悟を決めて息を吸い込んだ。

「ああ」

「実はあたし乳首を忘れたの」言い終わった瞬間、あたしはヒィッと息を吸い込んだ。


 あたしの口は、またしても宇宙につながったのだ。


「乳首を?」レオは口元に手を当てた。

「間違ったわ!違うの、そうじゃなくて」あたしは、あわあわとうろたえて言った。「乳首はあるわ」

「それは驚きだな」レオはニヤニヤ笑っていた。

「笑わないで!言い間違えただけよ。ブラジャーよ、ブラジャーを忘れたのよ!」

「・・・それも驚きだな。あんたは下着を一切付けてないってことか?」

「事情があるのよ」


 その事情はわざわざ人に言いたいたぐいのことではなかった。


「それで?」レオは軽く息を吐いた。

「とにかく、ブラジャーなしでTシャツを着たとしたら・・・どうなると思う?絶対に恥ずかしいことになるわ。だってそうでしょ?きっと乳首が発射ボタンみたいに目立つわ。別に、押されたからって何かが飛び出るわけじゃないけど、とにかく、あたしは、そういうものを大々的に見せつけたいタイプの人間じゃないのよ。それにもしも、もしもよ?あたしに第3の乳首が現れたらどうしたらいいの?」

「・・・度肝を抜くな」

「ええ、そうね。あたしもよ」

 

 あたしたちは、しばしの間見つめあった。

 




「・・・理由は分かった」

 

 そう言って、レオはチェストから白い布を取り出してあたしに渡した。広げると、3メートルぐらいある大判の包帯だった。


「巻くのね」

「そうだ。巻くんだ。これで問題は解決だ」


 あたしは、口の中でもごもごとお礼と呟き、こくこくと頷いた。


「それと、子供を起こして、この服に着替えさせてくれ」レオはくすんだ薄茶色の子供用のシャツとズボンをベッドの上に放った。

「分かったわ。まかせて」

「外に出てる」レオが部屋から出て行った。





 ヒドイ目にあった。そしてそれは、全てあたしのせいだった。壁に頭を打ちつけたいという思いと、これ以上バカなことはしちゃダメという思いがせめぎ合い、あたしは堅く目を瞑った。長い息を吐き、寝ているジェマを軽く揺する。


「ジェマ、起きて?お家に帰るわよ」ほっぺたを軽くつつく。

「・・・おうち?」ジェマがぼんやりと目を開けた。

「そうよ」あたしはニッコリ頷いた。

 ジェマは体を起こして部屋を見渡した。「・・・ここ・・・」瞳が不安そうに揺れている。

「大丈夫、怖い所じゃないわ。腕の怪我を治療するためにちょっとだけ寄ってもらったの。それと、着替えもね」あたしはベッドに置いた子供服をポンと叩いた。




 教会で着せられた白い服を脱がせ、手早く着せていく。


「サイズはピッタリね」


 ジェマが悲しそうな顔で自分の格好を見下ろしていた。


「どうしたの?」

「・・・うん・・・何かね・・・男の子みたい、だなぁって」

 あたしはジェマを抱きしめた。「ジェマは可愛い女の子よ。これは・・・そう、変装なの。怖い奴らから逃げるために、男の子に変装するのよ」

「へんそう・・・おねえさまもへんそうするの?」

「もちろん、あたしも男に変装するのよ、ほら」そう言って、レオに借りた服を広げて見せた。「2人で男のまねをするの。ガニ又で歩いたり、威張り散らしたりするのよ。それって面白そうじゃない?」


 ジェマの目が楽しそうに輝き、2人で顔を見合わせてフフフと笑った。





「着替えるから、待っててね」あたしは、横でガニ又歩きの練習をするジェマに言った。


 ズボンに足を通し、裾を何重にもまくって、ノートを括りつけていた紐でウエストをギュッと絞った。そして、ワンピースを脱いで胸に白い布を巻き、上から黒いTシャツを被る。いい感じじゃない?ジェマを見ると、ガニ又歩きを止め、あたしをキラキラと見つめていた。


 



 あたしは、ドアの外にいるレオを呼んだ。


「どう?」

「ああ、いいんじゃないか」特にいいとも悪いともないような声でレオが言った。

「おねえさまは、おむねをペッタンコにしたの。男のへんそう、かんぺきなのよ」ぴょこんと前に出たジェマが胸を反らし、満面の笑顔で言った。


 無邪気な言葉にあたしの膝は崩折れそうになった。咄嗟に男装するとは言ったけど、胸を押しつぶしたつもりはなかった。あたしは乳首を隠したのだ。


「変装・・・そうだな。その方がいいかもしれない」レオはあたし達を観察するような目で見つめた。「帽子がいるな。それさえ被れば、兄弟みたいに見えないこともない」


 ジェマの手前、その言葉に反応するわけにもいかず、あたしの口からは乾いた笑い声が漏れた。






「俺は必要なものを纏める。座っててくれ」

  

 レオはチェストの一番下の引き出しから、紙袋に入った細長いパンや、茶色い・・・ジャーキーみたいなものを鞄に詰め始めた。ロープ、白い布・・・その他よく分からないものがあれこれ。あたしは、レオから借りたナイフで、ジェマの髪をカットしながら、チラチラとレオを観察していた。リシェルまで何日くらいかかるのかしら?量から察するに結構長くかかりそうだ。海を渡るから船にも乗るだろうし・・・。


「さ、可愛く出来たわ」あたしはナイフをテーブルに置き、ジェマの髪を指でささっとセットする。

「・・・おねえさま、ありがと」ジェマは、遠慮がちに髪の毛を手で触って、あたしを見上げた。


 少しクセが強い赤茶色の髪、その下にある目はくりくりで、薄らピンク色のほっぺはプクプクとしている。何で男の子と勘違いしちゃったのかしら?ザンバラ頭を整えた今、ジェマはどっからどう見ても女の子だった。

 

「おねえさま」ジェマがモジモジしながら言った。

「どうしたの?」

「おトイレ・・・行きたい」


 トイレ・・・そうよね、この先すぐに行ける状況なのか分からないし、あたしも出発する前に行った方がいい。何となくいきたい気もする。『何となく』っていうのがものすごく不安だけど。

 誰かに相談したいけど、それは今じゃないような気がしていた。レオにはすでに女としてどうかと思うことを口走っている。これ以上そういった話題を持ちかける勇気はない。ジェマに訊いてもいいけど、知ってる可能性は低いように思う。たぶん、これは『乱』に関係があるんじゃないかと、あたしは睨んでいた。そうなると、子供のジェマでは分からないかもしれない。

 

「ねぇ、トイレ借りてもいいかしら?」あたしは、背を向けて荷物を詰め込んでるレオに声を掛けた。

「扉の右のドアだ」振り返りもせずレオが言う。


 あたしはジェマを連れて、入口の横のドアを開けてみた。そこには、ひび割れて古ぼけてはいたが、あたしの良く知る洋式便座が鎮座していた。便座の横の壁には、シャワーが取り付けてあり、浴槽はないけど、たぶんお風呂場。床は白っぽいタイル張りで、やはり忌々しい傾斜とこぶし大の排水溝がぽっかりと口を開けている。石の壁は黒ずんでいて、湿気の臭いがした。そして暗い。ドアを閉めたら何も見えなそうだ。


「明かりはどこかしら?」


 ジェマが手を伸ばして、トイレットペーパーホルダーの横に嵌っている石に触れると、ぼんやりとした明りが付いた。


「ラトス!」ジェマが恐怖の叫びを上げるのと同時に、足元を何かが駆け抜けた。

「何?!えっえ?!」


 駆けて言った方向を見ると、黒っぽい体長20センチほどのネズミのような生き物が、排水溝に体をねじこませ消えて行くところだった。しっぽは鋭い錐のようにピンと立っていて、あたしが知ってるネズミのしっぽとちょっと違う。背後から、そう言えばいたな、という気にも留めていないようなぞんざいな声が耳に届いた。


 あれがラトス・・・。シスターエドナが罵詈で吐いていたやつだわ。あの時は何を言ってるか分からなかったけど・・・あれのことだったのね。あのしっぽで刺されたらかなり痛そうだ。


「おねえさま・・・ジェマ、こんなところでトイレ出来ない・・・」ジェマが半泣きの声で言った。


 あたしも無理よ。でも行くしかないのだ。あたしはドタドタと部屋に戻って、シスターエドナのワンピースを排水溝に押し込んだ。


「これでラトスは来れないわ。中に一緒にいて、ドアの方を向いて手を繋いでてあげる。それでどう?」


 少し迷った後、ジェマがコクリと頷く。




 


 それからあたしも用を足した。ちなみに水はジェマが流してくれた。あたしは昌石にエネルギーを流す方法をまだ会得してないのだ。リシェルに向かう途中でレオかジェマに教えてもらおう。

 部屋に戻るとレオが肩に鞄をかけて立っていた。


「行こう」


 レオの言葉に頷いて、あたし達は部屋をあとにした。


  


話数は未定ですが、心情的にやっと折り返し地点です。

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