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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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28.マダンの街

 その後、あたし達は何事もなく門までたどり着き、マダンの街へと踏み出した。住宅街なのか、人の通りはほとんどなかった。

 ハリスが辺りを警戒しながら数歩先を先導し、その後ろにあたしとアイギル、そしてあたしの背後にピタリと張り付くようにレオが続く。

 素早く行動するために、リーチの短いジェマはレオに抱きかかえられていた。疲れからか、目がトロンとしている。たぶん、そのまま寝てしまうだろう。

 日は中天に差しかかっていて、蒸し暑く、汗ばむ肌にワンピースの裏地が張り付いて気持ち悪い。風でも吹けば少しは違うのかもしれないけど、空気はその場にピタリと留まったまま、動く気配もない。


 マダンの街並みは、あたしが知るどの街ともかけ離れていた。見渡す限りの灰色、灰色、灰色。

 砂灰色の石畳の上にぴっちりと並んでいる建物は、同じ砂灰色の石を煉瓦のように積み上げて建てられている。2階建てか3階建てがほとんどで、どの建物も揃えたように窓は小さく、黒っぽい木製のドアがベッタリと壁に張り付いていた。彩と言えば、玄関先に申し訳程度に小さな花壇や鉢植えがあり、多肉植物が地味な花をぽつりぽつりと付けている程度だった。

 

 

 何処まで言っても変わらない景色に、あたしはまるで巨大な迷路の中にいるような錯覚に陥っていた。そしてそれは、あたしの人生にそっくりに思えた。自分がどこに向かっているのかさっぱり見当もつかないし、同じところをグルグル周ってるような気さえしてくる。これは何もこの世界に来てからに限ったことじゃない。残念なことに、自分の人生においてあたしは常に迷子なのだ。

 




 いくつかの曲がり角を曲がり、高い石の塀に囲まれた長方形の広場に出た。広場には何もなかった。ちょっと休めるベンチも、可愛らしい花も、日差しを遮る木も、本当に何一つない、奇妙な石の広場。家族がピクニックしたり、恋人同士がいちゃいちゃするような穏やかで微笑ましい雰囲気は微塵もない。何ていうか・・・巨大な石棺にうっかり入ってしまった気分になる。



「ここまでだ」唐突にレオが口を開いた。


 足を止め振り返ると、レオがあたしに向かってクイッと人差し指を曲げた。歩いてレオの隣に立つ間ずっと、ハリスとアイギルの視線を背中に感じ、唇をギュッと噛みしめた。


 別れは好きじゃない。否応なく悲しい気持ちにさせられる。あたしは、泣いたりするのは好きじゃないのだ。

 けれど、自分の意思に反して、あたしは、知り合いが誰も乗っていない豪華客船が出港していくのを見ても泣くし、良く知らないスポーツ選手の引退試合を見ても涙が飛び出す。あたしの涙腺は空気を読めないタイプなのだ。人生って本当にままならない。


「・・・この先に部下がいる。港までの足も用意している」ハリスが言った。「島を出るまで同乗していったらいい」

「こっちにも伝手がある。申し出は遠慮しておく」レオが言った。

「その伝手は信用できるのか?」

「あんたに関係あるのか?」

「なんだと?」


 お互いが、お気に入りの服に付いた油染みみたいな目で相手をねめつけ始める。あたしは2人に聞こえるように大袈裟にため息を吐いた。


 ハリスはあたしを横目で見た後、首を軽く振ってレオに向かって右手を差し出した。


「何のまねだ?」レオが首を僅かに傾けて目を細めた。

「いがみ合うつもりはない。休戦と行こうじゃないか」


 レオがハリスの手を握り、2人の顎が強張り始め、腕が僅かに震えるのを見て、あたしはもう1度ため息を吐いた。


 もう放っておこう。そうしよう。好きなだけ反目しあうといい。どちらかの手が砕けるまで勝手にやればいいのだ。



「お別れ・・・ですか」アイギルが捨てられる子犬のような目をして言った。


 あたしは右手でアイギルのほっぺたを軽くつまんで言った。「・・・元気でね、気を付けて帰って」

アイギルが小さく微笑んだ。「アン姉様は『青の英雄』と同じでした」

「え、何?」


 ・・・青の英雄?


「世界的に人気のあるシリーズものの本だ。過去に実際存在していた青い『珠』を持った人物の・・・まぁ、自伝だな」いつの間にか力比べを止めていたハリスが、ニンマリ笑って答えた。

 

 レオとハリスの右手には、赤く相手の指の跡が付いていた。・・・バカじゃないの?


「『青の英雄』はすごいのです。その英知と勇気で人々を救う伝説の偉人なのです」


 アイギルの目がキラキラと潤む。きっとその『青の英雄』とやらは、アイギルにとってスーパーヒーローみたいなもので、あたしを見る目が時折、おかしなことになっていたのはそのせいなのだろう。

 同じ色の『珠』を持ってるからと言って、あたしが英雄かと言ったら、それは違うと思う。残念だけど・・・。

 『青の英雄』ね・・・


 本を思い浮かべて、あたしは重大なことを思い出した。


 そうよ!帳簿!


 ハリスに帳簿か日記のどちらかを渡さなきゃ。

 どうしたらいいの?括りつけているノートを1冊だけ取り出すには、スカートの下から手を突っ込むぐらいしか方法が見当たらない。

 下から手を突っ込んだら、多少スカートはめくれるかもしれない。でも上手くすれば、見えないように出来るんじゃない?3人には後ろを向いててもらえばいい。

 ・・・でも待って、もし偶然通行人がいたら?逮捕されてしまうかもしれない。罪状は、公然わいせつ罪だ。あたしの喉からおかしな音が漏れた。


「どうした?」ハリスが言った。

「ハリス」あたしは軽く咳払いをして、ハリスの目を真っ直ぐ見つめた。「渡したいものがあるの」

「渡したいもの?」ハリスは怪訝な顔で訊き返した。

「ええ、ちょっと待って」そう言うと、あたしはワンピースの上から結び目をほどいた。


 バサバサっとノートが2冊、足の間から落ちる。あたしはノートを拾い上げて言った。「シスターエドナの部屋で見つけたのよ。どちらかは帳簿でどちらかは日記なの」


 ハリスとレオが軽く目を見開く。


「見つけてたのか」ハリスが言った。

「公平に、運で決めましょ。見たら絶対ケンカするもの。言い合いは無し、睨み合いも無し、力比べも無しよ」


 ハリスとレオは、あたしをジロリと見た後、たがいの出方を探り合うかのようにむっすりと黙り込んだ。

 

「くそ、分かった。見つけたのはアンだ」ハリスが降参だというように両手をだらりと下げた。

「レオもそれでいい?」あたしが訊くと、レオは軽く肩をすくめた。肯定でいいのよね?「男と男の約束よ?」

「あんたは女だ」

 あたしは目を眇めて見ると、レオは煩そうに右手をヒラヒラ振った。


「中はまだ見ちゃダメよ」そう言ってあたしは、それぞれに1冊ずつ渡した。





 ハリスとアイギルが去り、あたし達は無言だった。気まずい。

 

「意外だった」レオが口を開いた。「あんたは、依頼報酬の値切り交渉をしてくると思ってた」

「・・・どうゆうこと?」

「腕を怪我しているにもかかわらず、背中が真っ直ぐに伸びていた。普通体のどこかに結構な痛みがある場合、人間は背中が丸まるもんだ。何か腹に隠してる」レオはニヤリと笑った。「歩き方でピンときた」


 あたしはあんぐりと口を開けた。シスターエドナのワンピースは生地が厚い。すぐ後ろを歩いてたとはいえ、本当に歩き方だけでピンときてたなら、レオの観察眼は普通じゃない。


「怒ってないの?」あたしはレオに訊いた。

「何がだ」

「1冊ずつ渡したこと」

「いや」レオがゆっくり歩き出した。「あんたのガッツに敬服するよ。左腕、もう動かないんだろ?」


 左腕はおろか、左半身にしびれがきていた。熱かった傷口は今や何の感覚もない。


「まずは手当だ」レオは眠るジェマを抱えなおすと、あたしの右手を引っ張った。「こっちだ」


 繋がれた手が熱いのは、怪我のせいなのかそれとも他の何かなのか、痺れて感覚のない体では良く分からなかった。 

 


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