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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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27.救出作戦9

 銃声がして、何かが割れる音がした。この部屋の中で割れそうな物といったら、女神の像ぐらいだろう。シスターエドナは、自分の神様を撃ち殺したようだ。

 

「状況が落ち着くまでここにいる方がいいかもしれません」青白い子が小声で言った。

「・・・そうね」


 ズルズルと沈み込むように椅子の足に頭を預け、静かに息を吐く。少し休めばなんとかなるかと思っていたが、今のあたしでは子供を庇いながら素早く行動するのは難しい。扉まで走るどころかもう一つ体に穴が開くかもしれない。

 痛みは刻々と増すばかりで、額にはじっとりと脂汗がにじんできていた。頭にぼんやりとしたモヤがかかり、全身の血が足もとに落ちたかのようにけだるい。心配と不安が入り混じった顔で覗き込んで来る子供達に、弱々しく微笑んだ。

 恐々と薄眼で顔をめぐらすと、巻かれた白いシャツは真っ赤に染まり、ワンピースは肘のあたりまで黒っぽく変色していた。

 

・・・見なきゃよかった。

 

 血のことは忘れたほうがいい。なかったことにするのよ。あたしは目をギュッと瞑った。何かもっと他のことを考えるべきよ。例えば・・・そう、お腹に括りつけた帳簿の事とか。それと、もう1冊の日記のことも。帳簿はもちろん、日記にも重要な何かが書かれている可能性は高い。

 あたしは、帳簿を見つけた時に頭をよぎった考えをまとめようとした。ハリスは軍関係者で、レオは民間人だ。普通に考えれば2冊ともハリスに渡すのが間違いない。でも・・・やっぱり一介の便利屋が国境を越えて子供を救出に来るなんてするかしら?この世界のことは分からないけど、ホイホイと簡単に受けられるような仕事とは思えない。

 ・・・もしかしたら、レオは便利屋じゃなくてスパイなのかもしれない。犯罪グループに潜伏するなんて、映画でよくある国家秘密捜査官みたいだ。だとしたら、2冊ともハリスに渡すのは良くないかもしれない。1冊ずつ渡したらいいんじゃない?中々いい考えのように思える。

 レオはスパイじゃないという可能性もある。ただ、あたしが映画で見たゼロが2つ付くスパイは代々セクシーだった。レオもセクシーだ。レオがスパイの可能性はかなり高いと言える。

 

 ただ、そうなると、問題が出てくる。それぞれに1冊ずつ渡すにはどうしたらいいの?

見た目は、キラキラしいハリスとワイルドなレオでは真逆のように見えるが、中身や考え方が2人とも所謂『男』だ。2人が2人ともボスになりたがり、縄張り争いをするかのように所有権をめぐって威嚇しあう。似た者同士、だから余計に反目し合っているのよ。ハリスによる『つるっ禿げ野郎』という言葉も、これといった理由はないけど本能的に気に入らない相手に対して出たのかもしれない。

 とにかく帳簿と日記の存在を知れば、2人が2冊とも手に入れようとするに違いなかった。こんなことなら隠したりするんじゃなかったわ。あの場で揉めることを心配して、早くここから去ろうとしたのに、結局シスターエドナに見つかっちゃうし、意味がなかった。





「私はアイギルといいます」青白い子が言った。

「そう言えば、きちんと自己紹介してなかったわよね、あたしはアンよ。好きに呼んでね。アンお姉ちゃんとか」

「えっ・・・と、いいんですか?」


・・・いいんですかって何、どういう意味?アイギルの目はキラキラと輝き、頬にほんのり赤みが差していた。こんな表情、さっきもみた気がする。


「・・・もちろん?」

「分かりました。では、アンお姉様と」


 ・・・お姉『様』・・・様?・・・聞き間違いよね?


「・・・もう一回呼んでみてくれる?」

「アンお姉様」

「・・・え、『様』?」


 アイギルはフワリと嬉しそうにほほ笑んだ。話し方や態度からして、たぶんアイギルは良いところのお坊ちゃんっぽい。そう考えるとその呼び方もやむえない、のかしら?

 いやいやいや!やっぱり『お姉様』なんて呼ばれるのは落ち付かない。あたしはそんなんじゃないのだ。可憐とか清楚という言葉に憧れはある。けど、そうなりきれない自分を自覚している。『お姉様』なんて・・・正直言うと恥ずかしい。呼ばれる度に振り向くか迷いそうだわ。


「アイギル、『お姉様』はちょっと・・・『お姉さん』とか、ね?」

「そんな・・・!恐れ多いので・・・」


 ・・・オソレオオイ・・・どういうこと?頭の中で、はてなマークがクルクル回っている。小さなあたしが、バカみたいにクルクル回るはてなマークを追いかけてると、アイギルの目が熱を帯びたかのように潤み始めた。


「ええっと、アイギル?」


 右袖がちょいちょいと引っ張られるのを感じ、顔を向けると、何故かジェマがモジモジしながらチラチラとあたしの顔を窺っている。


「ジェマ?どうしたの?」


 ジェマは口をきゅっと引き結び、腰に腕を回してピトッとくっ付いてきた。


「怖いからちょっぴりくっ付いててもい?・・・アンおねえ、さま?」そう言ってクリンとした瞳で見上げて来た。


 ・・・何この生き物、可愛いんですけど・・・!

 ・・・いや、違う!今はそうじゃなくて・・・!


「アンお姉様は怪我をしてるから、あまりくっついてはだめだよ」アイギルがやんわりとジェマをたしなめる。

「あ・・・おねえさま痛いよね?ごめんなさい」ジェマが慌てて体を離す。

 

 ジェマもアイギルを真似て『お姉様』が定着してるし・・・。無垢な2対の目が痛いわ・・・。

 

 あたしは子供に弱い。子供が好きかと問われると、それはよく分からない。可愛いと思う子もいれば可愛くないと思う子もいる。そういうのとは別で・・・何ていうか、子供を前にすると心の柔らかい部分が刺激されるのだ。ホルモンのせいかもしれない。ちなみに、動物にもめっぽう弱いし、恥を忍んで言うなら、たまにアスファルトの隙間から生えてるど根性植物にもキュンとなる。

 

「おねえさま?」

「お姉様、痛みますか?」


 ・・・まぁ、いっか。


「2人とも良い子ね。ありがとう、大丈夫よ」あたしは右手でジェマのほっぺたを撫でた。

 

 ジェマがくすぐったそうに笑った。

  




 その時、連発する銃声ともみ合う音、それに罵りあう声が聞こえ、あたし達は顔を見合わせた。そっと頭を上げて覗くと、扉の前でハリスとレオがシスターエドナの上に覆いかぶさっていた。


「痛いじゃないか、やめとくれ!あたしは老人なんだよ!」

「クソ、大人しくしろ!」

「っく・・・お前!」シスターエドナが小さな目でレオを睨みつけた。「怪しいとは思っていたんだよ!誰に頼まれたんだ?こんなことしてただで済むと思ってるのかい!」


 レオは、自分の腰から引き抜いたベルトでシスターエドナの足を黙々と拘束している。


「ダギー!ジル!ウスノロめ、何処にいるんだ!早く出てきてこいつらを何とかしな!」


 




「行きましょう」


 あたしの言葉にアイギルとジェマが大きく頷いた。

 

 シスターエドナは手錠を掛けられ、足はベルトで拘束されて蓑虫のように床に転がっていた。ハリスとレオはシスターエドナの足元で疲れた顔をして立っていた。


「顔が青い、大丈夫か」ハリスが言った。

「なんとかね。そっちは?」

「ああ、問題ない」

「手当はここを出てからになる」レオが言った。

「かまわないわ」

「クソガキども!何逃げようとしてるんだい!」シスターエドナが金切り声で喚いた。「逃げるなんて許さないよ、畜生!バカ女!お前達、商品の分際で逆らう気かい!これっぽっちも価値も無いクソ人間どもが!」


 シスターエドナの罵詈に、頭の中がカッと燃え上がった。最低な犯罪者にクソ人間と言われた。アイギルの体調は悪くなり、ジェマは髪を切られ、あたしは銃で撃たれた。許せない。怒りで目の前が霞む。

 あたしは戸惑う子供たちを背中に庇いながら、シスターエドナに向かってビシッと人差し指を突きたてて言った。


「一体何様のつもりなの?」


 内側はぐらぐらと煮えたぎっているのに、あたしの耳にはひどく冷たい自分の声が響いていた。シスターエドナは小さな目を見開き、見上げるように顔を向けた。イボ毛がふわりとそよぐ。

 あたしは最高に意地悪な気分になっていて、どうしてもシスターエドナをギャフンと言わせたかった。 


「ふざけたこと言わないで。あなたが言ってること、全部間違ってる―――」


 シスターエドナの目があたしの全身を走った。「おい何だ、どういうことだい。お前が着てるのはあたしの服じゃないか!」


 ・・・服?あたしは、自分が着ているワンピースを見下ろした。「・・・好きで着てるんじゃないわ。そんなことより、あなたにはどうしても言いたいことが―――」

「お前!良く見たら一張羅のやつじゃないか!それはとびきりいい糸で作ったやつだ。よりによって何でそれを着てるんだい!今すぐ脱ぎな!油断も隙もあったもんじゃないね、このコソ泥!」

 

 コソ泥。あたしはあんぐりと口を開けた。ハリスとレオがニヤニヤ笑ってるのが視界の端に入る。


「今あたしのことをコソ泥って言ったの?」

「ああ、そうさ、その通りじゃないか」シスターエドナの目がギュッと縮まった。


 ありとあらゆる悪事に手を染めているだろう人間に、あたしは今、ワンピース泥棒だと糾弾されている。これって、ほんの5分前にあたしのことを銃で撃ち殺そうとしていた人間に言われるようなこと?ウソよね?


 返さない気だね、そう言うと、シスターエドナは顔を醜く歪ませて、カエル男とキツネ男の名前を呼び、コソ泥女を捕まえろと唾を飛ばして喚いた。


「無駄よ。あいつらは来ないわよ」あたしは目を眇めた。「1人は完璧に死んでるし、もう1人は・・・」


 もう1人・・・キツネ男はどうなっているのだろう?アルコールを摂取した上での薬の服用だ。何の薬か知らないけど、体に良さそうには思えない。・・・もしかしたら、キツネ男も死んでしまってるかもしれない。


「もう1人も死んでるかもしれないわ」

「お前、あいつらに一体何をしたんだい!クソ、クソ!お前は本当にクソッタレた女だよ!」シスターエドナは、狂ったように頭をブンブン振り回し金切り声で怒鳴った。それに合わせて激しくイボ毛が上下する。


 あたしは何もしていない。でもそれを言うつもりは毛頭なかった。イボ毛のダイナミックな動きに、目を奪われていたせいもある。


「と、とにかく!あなたは最低で頭のおかしいクソ婆よ!子供は―――人間は売り物なんかじゃないし、自分の欲の為に好き勝手するなんて、そんなの絶対に許されないことだわ。大体『価値』って何よ!人間には『価値』も『無価値』もない。そんなのは、ただあなたが自分にとって都合のいい人間かそうでないかを分けてるだけじゃない。はっきり言って虫唾が走るわ!」

「うるさい、うるさい、うるさい!生意気に説教してるつもりかい!」

「違うわよ!腹が立ってしょうがないだけよ!」


 腕が痛いのなんて、そんなのもうどうでもよかった。あたしは屈み込み、シスターエドナの左右のイボ毛を引っつかむと力いっぱい引っ張った。イボ毛はプツンと切れ、はらりと床に落ちた。

 ハリスとレオがいる方からブッと噴き出す声が聞こえたけど、そんなのは知ったことじゃないわ!

 シスターエドナから、ヒィッ、と小さな悲鳴が漏れたのと同時に、あたしは右手を大きく振りかぶり、シワシワの首めがけて思いっきり振り下ろした。





 



「気が済んだか?」ハリスが口元に手を当て、ニヤニヤしながら言った。

「そうね、多少は」あたしは震える右手を体にゴシゴシと擦りつけた。


 

 レオは、床に手をついて肩を震わせていた。目にはうっすら涙が滲んでいる。笑いすぎよ。


振り返ると子供2人はキラキラした目であたしを見ていた。アイギルは、はふう・・・と良く分からない息を吐いている。


「アンおねえさま、カッコいい・・・!」

「ぐぅっ!」

 

 ジェマが思い切り腰に飛びついて来て、あたしは尻もちをついて仰向けに倒れた。

 


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