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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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26.救出作戦8

 あたし達が棒立ちになっている間に、シスターエドナは老人とは思えぬ速さで、持っていた袋から何かを取り出した。


「伏せろ!」


 空気を裂くような破裂音と同時にハリスの怒鳴り声が聞こえ、肩を掴まれたかと思うと、ぐいっとイスの影に引き倒された。咄嗟のことにバランスを崩し、床に思い切り背中を打ちつける。そして、一瞬の間を置かず、お腹にものすごい衝撃が降ってきた。

 

「ぐふうっ」


 肺から一気に空気が出ていき、痛いのと苦しいのと気持ち悪いのがいっぺんに来て、目の前にチカチカと星が飛び回るのが見えた。

 衝撃で跳ねた視界には、お腹の上にのった青白い子の頭と、被さるようにあたし達を抱き込んでいるハリスを捉えていた。


 あたしの上からどいて!


 そう言いたくても声が出ない。それどころか、2人を押しやることも下から抜け出すことも出来そうにない。じっとしたまま犬のようにハッハッと浅い呼吸を繰り返すほか、あたしに出来ることは何もなかった。


 格闘技を習っていれば。あたしは滲み出る涙をこらえながら考えるともなしに考えていた。そうしたら受け身をとることだって出来たはずだ。軍隊式やロシア式格闘技とは言わない。そこまで過酷で本格的なものじゃなくていい。筋肉はあたしにとって見るものであって身につけるものじゃないのだ。

 それに、これは期せずして起きた事故みたいなものだ。子供の頭があたしのお腹に降ってきたのはこの子のせいじゃないし、もちろんハリスだって悪くないはずだ。それでも、この痛みや腹立ちを誰かにぶつけないと気が済みそうになかった。あたしは、それは絶対にシスターエドナだろうと考えた。あの破裂音はシスターエドナが何かしたのだ。頭の中では、カッコよく飛び出したあたしがシスターエドナの首に空手チョップをくらわせる想像が駆け廻っていた。それと同時に、ほんの少しでも動いたら吐いてしまうかもしれないとも考えていた。



「このまま動かないように」そう言うとハリスは、体を翻して頭を低くしたまま辺りを警戒しはじめた。


 額に浮かんだ汗が一筋髪の中へと消える。さっきまでこらえてた涙は知らない内に決壊していた。鼻水も出ていると思う。感覚的に考えると恐らく両方から。

 子供が上体を起こした。目が合う。一瞬にして、子供の顔が恐怖と驚愕で凍りつき、あんぐりと口を開ける。

 

「まだ動かず・・・」気配を感じたハリスが肩越しに振り返った。「・・・おい!アン、どうした?!」


 ハリスの顔にも全く同じ恐怖と驚愕の表情が張り付いた。


「クソッどこか撃たれたのか、見せてみろ」


 ハリスが腕や肩を確認していく。

 

「どこだ?血は・・・出てないな。背中か?」

「ぐがっ・・・!?」

 

 あたしはゴロンとうつ伏せにひっくり返された。

 

「大丈夫だ、撃たれてはいない」ハリスのほっとした声が聞こえた。


 いいわ、体に穴は開いてないし、血も出てない。魂が口から飛び出そうとしているのを除けば、本当に何の問題もない。






「今のは・・・ごほっ・・・何なの?」心の葛藤を飲み込み、何とか呼吸を整える。

「昌石銃だ」ハリスが言った。

「それって・・・軍や警察しか持っちゃいけないんじゃなかった?」


 当たり前だけど、あたしは今まで銃で狙われたことなんて1度もない。あたしのいた国は銃社会じゃないのだ。持ったことのある『銃』といえば、せいぜい小さい頃に遊んだ水鉄砲ぐらいのもので、大抵いつも、逃げ遅れて頭の先から足の先まで水浸しになっていた。


「あれは、シスターが・・・一般人が持っていいものではないはずです」青白い子は小さな声でそう言って、ハリスの顔を見た。

「そのはずなんですが・・・」ハリスが苦い顔になった。


 想定外、2人の顔はそう言っていた。誘拐、監禁、人身売買、銃の所持に傷害罪・・・もしかしたら殺人未遂に当たるかもしれない。それほどまでにシスターエドナは犯罪に対して忌避がないのだろう。


「すみません・・・迷惑をかけ心苦しく思っています」子供が言った。

「あなたのせいではありません。お気になさらず」ハリスが子供の顔を真っ直ぐ見て言う。

「責任はわたしにあるのです」子供がなおも続ける。

「それは・・・私では判断できかねます。それに、今はよしましょう。エスタニアに戻ってから考えればいいことです」


 ハリスの言葉に子供の顔が泣きだしそうに歪んだ。

 




 あたしはというと、2人の会話を聞いて首を傾げていた。何だか変だわ。胸の中がモヤモヤするけど、そのモヤモヤの正体がはっきりしない。

 初めて会った時からずっとハリスは口が悪かったし、どちらかと言えば態度も尊大で罵詈だってそれはもうたくさん吐いていた。それがこの子に対しては・・・何て言ったらいいのか分からないけど、敬意じみたものが感じられる。この子もこの子で、心苦しいだの責任だの、言ってることが子供らしくない。

 そんな違和感を感じたのもつかの間、再び銃声がして斜め後ろのイスを掠め木片が散った。


「ひぎゃ!」

「頭を低くしろ」ハリスがそう言ってあたしの頭をぐいっと下に押さえつけた。

 

「隠れても無駄だよ。諦めて出てきな!」シスターエドナの地獄のような怒鳴り声が礼拝堂に響いた。

 





 通路を挟んだイスの影には、レオとそばかすの子が身を潜めていた。レオが顔の前で手を複雑に動かしている。

 あれは・・・何かの合図?何かを伝えたいのは分かるけど、それが何なのかはさっぱり分からない。ハリスが顔を顰めて中指を立てた。

 複雑な手の動きは分からないけど、最後のあれがあたしの知ってる意味なら、あまりいい意味ではない。



 

「突破する」ハリスが言った。

「突破って・・・どうやって?向こうは銃を持ってるのよ!」

「便利屋と俺がおとりになる。奴と俺がそれぞれ左右に分かれて走るから、隙を見て子供達を連れて出口に進むんだ。銃声がしたら動きだせ。なるべく慎重にな。扉を出たら一直線に門まで走れ」

「そんな!それじゃ2人が危険すぎるわ」

「あんな年寄りが撃つ弾、そうそうくらってたまるか」


 ハリスはレオに向かって小さく頷くと、あたしの肩を軽く叩き、子供に目礼して駈け出した。同時にレオも反対側へ走りだしていた。


「ラトス共が!」


 シスターエドナの声と共に立て続けに銃声がなる。あたしは、子供の上に覆いかぶさった。心臓の音がうるさいほどドクドクとなっている。ラトスって何?たぶん、私の知らないこの世界の何かだろう。きっと酷い悪口に違いない。


 


「あの・・・」子供が口を開いた。「巻き込んでしまってすみません。本来なら手厚く歓迎されるべき存在なのに・・・」

「上手く言えないけど」あたしは言った。「謝る必要なんてないわ」


 確かにハリスに会って今あたしはここにいる。でも、ハリスに会わなければアザルに保護されてただろう。国の機関から逃げることが出来たとは思えない。こんな状況だけど、むしろ巻き込まれて良かったと言えるのではないだろうか。それに、被害者である子供が謝ることなんて何1つあるはずもない。


「でも―――」

「悪いのは攫った奴らよ、そうでしょ?」

 子供は俯いて小さく呟いた。「・・・申し訳ありません」

 




 あたしはそうっとイスの影からシスターエドナを窺った。そのとたん、銃声がしてあたしの顔の横を通り抜け、背後の椅子に当たった。


 ヒイッ!


 あたしは自分の口を押さえ、バカみたいな泣き言が出るのを必死で抑えた。ハリスは何と言っていた?銃声がした後すぐ移動しろと言っていた。たぶん、シスターエドナの気がハリスとレオに逸れている隙がその時なのだ。

 見ると、通路を挟んで反対側にいるそばかすの子が、青ざめた顔をしながらこちらに這ってこようとしていた。すでに通路から体の3分の1が出ている。


「ダメよ!今動いちゃダメ!」


 気付いた時には、あたしは飛び出していた。鋭く乾いた音がして、左腕に熱が走る。そのままそばかすの子もろとも反対側のイスの間に勢いよく倒れ込む。

 

「クソックソックソ!」ハリスかレオが―――どちらかは分からないが―――盛大に罵詈を言っているのが聞こえた。


「怪我、は、ない?」あたしは、そばかすの子に目を滑らせた。


 そばかすの子はカタカタと震えて、あたしの左腕を凝視している。体を起こそうと手をついて床に崩れた。左腕が燃えるように痛い。

 頭の芯が麻痺したようにぼうっとしていたが、あたしは自分に何が起こったのかしっかり理解していた。撃たれたのだ!あの妖怪シスターに!誰よ、年寄りの弾なんて早々当たらないなんて言ったのは!ばっちり当たったじゃない!

 肩の少し下辺りがべっとりと血に染まっていた。泣きたかった。血は嫌いだ。自分のも他人のも。

 





 

 いつの間にか青白い子があたしの横で膝をついていた。着せられていた白いTシャツを脱いで、あたしの左腕に巻きつけていく。


「止血するので少し我慢してください」痛みで顔をしかめたあたしに、申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」そばかすの子はボロボロと泣きながら繰り返し謝っていた。

「気にしなくていいのよ、こんなの全然平気なんだから。たぶん、見た目ほどひどくない―――」

「ここを」青白い子が、そばかすの子にTシャツの端を渡す。「せーのでそっちからも引っ張って。せーの・・・!」

 

「!!!!!!」 


 


 あたしは一瞬意識を失っていたと思う。連続で銃声が鳴り響いてはっと目を開けた時には、青白い子が結び目をつくっているところだった。


「これありがとう」あたしは左腕を指して言った。


 シャツを止血に使ってしまったため、青白い子は上半身裸になってしまっていた。お礼を言うと茶色の目を細めてふわりと笑った。線が細く肌が白いため一見もやしっ子のようだが、、いつの間にかそばかすの子とあたしがいる方へ来ていたことといい、止血の手際といい、なかなかに肝が据わっているのかもしれない。


 あたしは右手で額の汗を拭った。


「動けますか?」青白い子が言った。

「ちょっと休めばいけると思うわ」



 そばかすの子の顔は、涙と鼻水でこれ以上ないくらいぐちゃぐちゃだった。泣き声を我慢しているのか、ヒックヒックとしゃっくりのように喉を鳴らしてプルプルと震えている。

 左腕は心臓の鼓動とともにドクドクと痛んでいたが、その顔を見てつい噴き出しそうになった。


「止血してくれてありがとね。あなたのお名前は?」

「・・・ジェマ」そばかすの子が言った。「ジェマ・ムーア」

「ジェマは痛いところはない?」


 ジェマは両手で顔を拭いながらコクンと頷いた。


「びっくりしちゃったわよね。もう大丈夫よ」

「ごめ、ヒック、ご・・・ごめんなさい・・・」

「悪いのは銃を撃ったシスターよ。ジェマは悪くないからもう泣きやんで、ね?」

「・・・でも、ヒック、あたしが動いたから、だから、おね・・・ヒック、お姉さんが・・・」


 ・・・『あたし』?


 あたしはそばかすの子をまじまじと見た。日焼けした肌、不揃いに短い赤茶色の髪、そばかすの浮かんだ頬、丸っこい輪郭、小さな唇、くりっとした赤茶の目に長いまつげ・・・


 ・・・女の子なの?!


「・・・へ、変でしょ?あたしの髪の毛・・・切られちゃったの」ジェマは俯いて、髪を撫でつけながら言った。

「切られたって誰に?」

「・・・太っちょの大人の男の人」


 太っちょって・・・カエル男のこと?


「その太っちょって、くさーい臭いがして、体中ベタベタしてた?」

「うん・・・なんかね、男みたいな女の子供を欲しがってる人がいるって、こわーいシスターのおばあちゃんが言ったあと・・・ジョキンて・・・」


 その瞬間、あたしの中でゴゴゴゴと雷鳴が轟いた。女の子の髪を無理矢理切るなんて!しかも、『男の子みたいな女の子が欲しい』?!・・・なんて・・・なんてとんでもない変態に売ろうとしてるの?バカなの?クソったれ!どんだけ外道なのよ!

 慰める言葉が見つからないのだろう。青白い子の手が、ジェマの肩に触れようか迷っているように握ったり開いたりを繰り返し彷徨っている。

 

「ジェマは可愛いわ」あたしは右手でジェマを抱きしめた。「ここを出たらもっともっと可愛くしてあげる。お姉さん、そういうのすごく得意なんだから」


 ジェマの頭を撫でると、ジェマは泣き顔のままクシャリと笑った。



※ラトス  ネズミのような生き物(害獣) 

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