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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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25.救出作戦7

 あたし達は辺りを警戒しながら、ハリスを先頭に礼拝堂左横にあるドアに向かった。ここに着いた時にシスターエドナが現れ吸い込まれていったドアだ。


 ハリスは、『影』の能力を使って建物の偵察をしたと言っていた。ある程度この建物の構造を調べたのだろう。その足取りには迷いがない。


 あたしはというと、緊張して足がもつれて絡まっていた。心の底から恐ろしかった。だって、もしシスターエドナが部屋にいたらどうしたらいいの?あたしは今まで、見た目も雰囲気も・・・もちろん中身も全てひっくるめて、あれほど不気味に感じる人間に会ったことがなかった。

 

 争うことになったら?気味が悪いとはいえ、相手はとんでもなく老人なのだ。レオやハリスが相手だと、一撃で死んでしまうかもしれない。

 もしかしたら・・・あたしぐらいの力加減が丁度よかったりするのかもしれない。でもどうしたらいいのだろう?映画やドラマでは、空手チョップみたいな技で首に衝撃を与えて、相手の意識を奪っていた。あんなに簡単に出来るものかしら?手のひらを縦にして振り下ろしてみる。それほど難しくなさそうな気もする。

 ただ、シスターエドナを前にしたら、あたしは恐怖で棒立ちになる可能性が非常に高い。




「カギがかかっている」ハリスはそう言ってチラリとレオを見た。

「この部屋のカギは持ってない」レオが肩をすくめる。

 

 レオは、子供たちを助け出す際、お酒を飲み始めたキツネ男に薬を盛って昏倒させ、子供たちが閉じ込められている部屋と礼拝堂に続く隠し扉のカギを奪ってきたらしい。

 あたしは、レオはもっと腕力に物を言わせるタイプなんじゃないかと思っていたので、正直意外だった。

 カエル男を殺したのは、やっぱりレオじゃないのかもしれない。




「いないのかしら?どこかに出かけてたらいいんだけど・・・」

「子供が1人―――」レオはそう言いかけてやめると、ハリスを見てにやりと笑い言いなおした。「女みたいにキレイな顔をした子供が1人増えたのと、『渡り人』の存在が相当予想外だったはずだ。早速ボスのところに報告に行ってるんだろう。帰ってくるまではもう少し時間に猶予があるはずだ」


 ハリスはレオの言葉に鋭い視線を送った。

 

「・・・便利屋、あんたはボスに心当たりがあるのか?」

「さあな」


 この2人が仲良く出来ないのはもう分かってる。お互いに態度が酷い。

 ・・・もしかして、荷車の中でハリスが『つるっ禿げ野郎』と言っていたのが聞こえていたのかもしれない。特に反応を示さなかったから気に留めなかったけど・・・そうよ、あんな狭い空間で聞こえないはずないわ。

 

 もし小さな女の子があたしを「貧乳女」と呼んだとしても、たぶんあたしは小さい子が言うことだからと気にしないように努めるだろう。

 でも、それが実は子供じゃないばかりか、ボインボインの同年代だとわかったら・・・?あたしは許せるだろうか?もしかしたら、衝動的にボインボイン部分にロケットパンチを繰り出してしまう可能性も否定できない。

 


 


 

「カギがないとなると方法は1つね」


 シスターエドナはいない。多少大きな音がしても大丈夫はなずだ。

 あたしは、助走の距離をとり、ワンピースのすそを少し持ち上げた。


「おい、待て、何をするつもりだ」レオがギョッとしたように言った。

「何って・・・蹴破るのよね?手伝うわ」


 レオがあたしの足に視線を移す。あたしも自分の足を見下ろした。筋肉のきの字もない。ついでに、足首にくびれもない。どちらかと言うとすとんと棒きれのように真っ直ぐで、生っちろい。全然セクシーじゃない。足まで幼児体型とはこれ如何に・・・。

 何だか恥ずかしくなって、あたしは静々とワンピースを下ろした。


「蹴破る必要はない」


 レオはあたしとハリスを下がらせ、ズボンのすそをめくって長細い金属を取り出し、カギ穴に差し込んだ。ほんの短い間カチャカチャと音がしたと思うと、ドアがすんなりと開いた。


「すごいわ・・・」あたしは感嘆の声をもらし、小さなカギ穴を覗き込んだ。「これってあたしも出来るようになる?」


 レオの口の端が上がった。


「・・・アン、覚えようとしなくていい」ハリスがぼそりと言った。「犯罪でも犯すつもりか」

「そんなことするつもりはないけど、便利そうだわ。カギをなくした時とか」

 

 ハリスは、腰に手を当てて呆れたような顔であたしを見た。

 





「ここにいてね」


 あたしは子供たちを中央にあったソファに座らせると、部屋の中を見回した。フカフカの絨毯、大きな書棚が2つとライティングデスク、反対の壁際にはベッドとテーブルが並んでいる。全体的につやつやと輝く木目調で、リネン類は赤地に金の刺繍がされていた。あたしは、クルクルと渦巻く彫刻をされたベッドのヘッドボードを指でなぞった。


「高そうだわ」

「それだけ儲けているんだろう」ハリスが言った。「神に仕える者の部屋だとは到底思えないな」


 確かに聖職者といわれると『清貧』のイメージがある。しかしながら、この部屋からは『貧欲』の臭いがプンプン漂っている。




「どこにあるか見当はついてるの?」あたしはハリスに訊いた。

「いや、怪しい場所はいくつかあるが、どこにリストがあるかまでは・・・」ハリスはそう言うと書棚と机が並んでいる方に顔を向けた。

「『影』は見るだけだからな」レオがぼそりと呟き、書棚を漁り始めた。

 

 ハリスはぐっと歯を噛みしめ、机に向かい引き出しを開けた。ため息をこらえ、あたしはギスギスした2人とは逆方向を探すことにした。

 テーブルの上には空のグラスが1つ載っているだけで、何かを入れておけるような引き出しはない。

 あたしは、ベッドの横にある引き戸を開けた。中はコの字型のラックが並んだ大きなウォークインクローゼットになっていて、そこには大量のモスグリーンのワンピースが掛っていた。アイロンが掛けられているのか、シワ1つない。たぶん・・・100着はあるわね。同じ服ばかりこんなにどうするっていうの?・・・これってちょっと気味が悪いわ。扉を閉めようとして、何がが目の端に引っ掛かった。

 奥に何か・・・ある?あたしは入っていってハンガーを左右にずらした。そこには、金箔で装飾を施された白い箱。フタを開けると黒い表紙のノートが2冊出て来た。パラリとめくって中を確認する。


「これって・・・」


 見つけた、間違いない。顧客リストだ。もう1冊は・・・えっと、日記?

 

「ねぇ―――」


 あたしはハリスとレオに知らせようと声を上げ―――唇を噛んだ。手元のノートを見つめる。あたしはどっちに渡したらいいのだ?

 大事な証拠を半分にするつもりはさすがになかった。常識的に考えたら、軍人であるハリスに渡すのが無難だろう。でも、たぶんレオにも何か事情があるんじゃない?帳簿を手に入れたいって言っていたことを思い返す。もしも、リシェルの公的機関に依頼されてここに来たんだとしたら?

 ・・・リストと日記で分けるのはどうだろう?あたしの頭に、2人が2人とも2冊手に入れようと争い始めるのが目に浮かんだ。あの2人には、仲よく話し合いなんて出来そうにない。あたしは箱の中にノートを戻し、足で蹴って奥に滑らせた。


「どうした?あったか?」ハリスがクローゼットのドアから顔をのぞかせた。

 

 少し遅れてレオも現れる。


「その、あたし・・・そう、ちょっと着替えようかと思うの」

「着替え?」レオが眉をひそめた。

「ええ」

「何のために?」ハリスが言った。

「何のためって・・・だって、このワンピースは我慢ならないわ」


 しまったと思った時には、口から言葉がこぼれ落ちていた。あたし達は3人ともクローゼットの中を見回した。モスグリーン、モスグリーン、モスグリーン・・・。


「「「・・・・・・」」」 


「・・・あんたは、今着てる服をここにある服に着替えるって言ってるのか?」レオが訊いた。

「そうよ」

「今着てる服が嫌だって理由で」

「・・・そうよ」


 2人は怪訝な顔をしてあたしをじっと見ている。非常にまずい状況だ。


「その、例えば、自分があたしの立場だったらって考えてみて」


 ハリスとレオの視線は変わらない。背中につうっと汗が伝うのを感じた。あたしはしゃべり続けた。


「だから・・・そう、つまり、今着てるのは、洗濯前のものよ。それって一言で言うと―――」あたしはぶるりと震えた。「―――恐怖、そう、恐怖だわ。同じ服に見えるかもしれないけど、ここにあるのは洗濯済みで、なんなら全く違うものと言ってもいいし、それによく探せば違う服だってあるかもしれないじゃない?パンツだって―――」

「パンツ?」レオが眉をひそめた。


あたしは、自分の口からこぼれた言葉に凍りついた。


「まさかシスターエドナのパンツを履くつもりか?」ハリスが信じられないというように言った。

「・・・パンツを、履く?」


 レオの視線があたしの下半身を彷徨っているのを感じる。頬がカッと熱くなった。レオに知られたわ!


「違うの、これにはちゃんとした理由が・・・いえ、いいわ、出来ればパンツのことは丸ごと全部忘れてくれるとありがたいわ」





 ハリスは、女ってやつは、とブツブツ言って視界から消えた。

 レオは、無言で軽く首を振って離れて行った。



 精神にひどい傷を負ったが、見つけた帳簿と日記については、なんとか誤魔化せたようだ。適当に1枚ワンピースを引っつかむと、クローゼットのドアを閉める。ドアを閉めると真っ暗になった。電気的なものがあるはずだが、今のあたしでは点けられない。手探りで着ていたワンピースを脱ぐと、ウエストにくっついていたひもを力まかせに外し、奥に蹴った箱からノートを出してお腹にギュッと括りつけた。そして新しいワンピースを頭から被ると、クローゼットからそっと出た。



「着替えたのか?」レオがあたしの姿を上から下まで見た。

「ええ」あたしはワンピースを撫でつけた。「分からない?」


 レオの口の端が面白そうに上がった。


「それより見つかったの?」

「いいや、ない」ハリスがため息を吐いて言った。

 

 そりゃそうよ。顧客リストは今あたしのお腹にくっついているのだ。あたしは心の中で2人に謝った。


「急がないと、シスターエドナが戻ってくるわ」

「ああ、そうだな」ハリスはレオをチラリと見て言った。「仕方ない、もう行こう」


 子供達を促して礼拝堂に戻ると、信者用の等間隔に並んでいる木製のイスの間を通り抜け、外に通じる観音扉に向かって小走りで進んで行った。

 

 


「・・・あんた達、何してるんだい?」


 あともう半分、というところで、ガチャリ、と正面のドアが開き、シスターエドナのゾッとするような低い声が礼拝堂に響き渡った。




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