24.救出作戦6
便利屋って何?あたしの頭の中では、『レオ』と『便利屋』が上手く結び付かずにいた。
前いた世界では、庭掃除とか不用品の片づけとかの雑多な仕事を請け負う会社を指すものだったけど・・・。レオの口から発せられるそれは、『便利屋』の解釈をより広い範囲で捉える必要性を感じる。
・・・合法よね?
「ええと・・・引き受けてくれるってことでいいのかしら?」
「依頼の途中で他の依頼を受けるのは、通常ならしない。だが、あんたの要望はこれからの俺の予定とほとんど被っているし、連れて行くぐらいおまけみたいなものだ」
依頼、依頼・・・そうよね。
ハリスが差し出してくれたのは善意だった。そして、レオにとってあたしはビジネス。もちろん、レオに善意を求める気はない。ないのだけれども・・・ただちょっと・・・問題がある。
「ありがとう・・・でも、その、言いにくいんだけど、あたし全くお金持っていなくて・・・後払いってできるかしら?」
お金どころの話ではない。あたしには何もないのだ。お金もないし、家もない。国籍もなければ、パンツもない。あたしにあるのは呪いのワンピースだけだった。
「かまわない。『渡り人』なら生活が落ち着けば、すぐに金は出来るだろう」
「無理言ってごめんなさい。ありがとう、ちゃんと働いて支払う―――」
・・・ちょっと待って、いくらかしら?
密入国にかかる代金って・・・?法を破るんだもの。気軽にホイホイ引き受ける依頼じゃないわよね?目玉が飛び出るような金額を請求されたら?・・・払える?
「ええと・・・」目が落ち着かずに彷徨う。「・・・どのくらいの金額か聞いても?」
「経費込みで300万ジール」
・・・ジール、とか言われても分からないんだけど。
「それって相場なの?」あたしはハリスに小声で訊いた。
無言。しかめ面。不機嫌な雰囲気がこれでもかと漂っている。
あたしはレオの目を探るように見る。「300万ジールって、あたしでも支払える金額なのよね?」
レオがにんまりと笑った。「うちはいたって善良な会社だ。ほとんど慈善事業みたいなもんだ」
「何故かしら、笑顔が怖いわ」
レオが肩をすくめる。「俺はどっちでもかまわない。依頼するかしないかはそっちの問題だ」
「確かにそうよね・・・うん、依頼するわ。よろしくお願いします」
いざとなったら、あたしには『渡り人』の知識もある。レオはイカのポーズを気にいっていたように見えたし。なんなら権利を譲ってもいい。
レオはにやりと笑って手を差し出して言った。「交渉成立だ」
あたし達は礼拝堂に向かって早足で歩いていた。青白い子供を背中にかばうようにハリスが先頭を行く。そして、あたしの後ろにそばかすの子、最後にレオが続いた。
「ハリス、ここまで本当にありがとね」
「どうしてもリシェルに行く気なのか」
「ええ」
ハリスは大きくため息を吐いた。
「アザルからリシェル、そしてエスタニア、か。一体どう・・・いや、やめよう、聞きたくない。聞いたら後悔しそうだ」
レオは面白そうに口の端を上げた。
「後悔しそうな方法なの?」あたしはレオに訊いた。
レオの表情は変わらない。
笑みを浮かべたまま目線だけであたしを見て言った。「アザルを出た記録も、リシェルに入った記録もなければいい」
「それって平たく言うと密入国―――」
「それ以上言うな」ハリスが目を瞑って何かを振り払うように言った。「こんなこと到底認めることは出来ない。だが、今の時点では幸か不幸かお前はまだエスタニアの国民じゃない。俺が強制的に自国に連れ帰る権利はないし、ここはエスタニアの法律外だ。だから、俺は何も聞いてないし、知らないことにする。外の奴らにも上手く誤魔化しておく」
「ハリス・・・」
「アン、はっきり言ってお前から目を離すのは本当に気が進まない。ただでさえ面倒な色の珠を持ってる上に、何をするか全く予想がつかないからな」
「・・・そうかしら?」
予想が付かないことなんて何かやった?
ハリスはレオの顔をじっと見つめて言った。「便利屋、どんな手を使ってリシェルとエスタニアに入るのかは聞きたくない。だが、エスタニアでの国籍取得はそんなに簡単じゃないぞ」
「・・・本物が欲しいか?」少し考えた後、レオが言った。
「本物?」あたしは首を傾げた。
「『渡り人』だと記載された正式な国籍を記した書類。本物そっくりの偽物ならすぐ用意できる」
あたしはあんぐりと口を開いた。こっそりリシェルに入ってこっそり出てくるのは、あたしの中ではたいした問題じゃなかった。国籍がないのだ。それって透明人間みたいなものだもの。そうでしょ?
でも、あたしはどこにでもいる普通の女の子だ。常に品行方正に振舞おうと努力もしている。それがこの先、偽物の書類で生活していくなんて出来るわけがない。必要以上にビクビクし、常に挙動不審に振舞う自信がある。周囲からおかしい人だとヒソヒソ噂され、その内きっとばれて、敢え無く御用だ。そうして、待っているのは強制労働の刑だ。358番、とか呼ばれて、ぼろぼろの作業着姿で『臭い飯』とやらを食べることになるのだ。海外ドキュメンタリーで見たように、何も隠していないか、体中の穴を調べられる可能性もある。そんなことされたら死ねる。
「おい、大丈夫か。白目になってるぞ」レオがあたしの肩を揺すった。
「クソッ俺の前で犯罪の話をするな」ハリスが低い声で言った。
「偽物は困るわ」
レオは目を細めて顎を擦りながらあたしを見る。「本物を用意するのは少し時間がいる」
「時間がかかってもいいし、経費も払うわ。だから本物でお願い」
レオはズボンのポケットからカギを出して、扉のカギを開けた。ハリスがそっとタペストリーを持ちあげて礼拝堂を覗く。
「誰もいない」
「じゃあ今の内に建物から出ましょ」
1歩足を踏み出したところで、レオの手が肩に掛りぐっと引きもどされた。
「まだだ、婆さんの部屋からとってきたいものがある」耳元でレオの声がした。
「と、とってきたいもの?」おかしな感覚が首の後ろを駆け抜け、声が裏返る。
「ああ、顧客リストだ」
「確かに・・・手に入れるべきだわ」あたしは耳をゴシゴシと擦って頷いた。「探しましょ」
「おい」ハリスが振り向いて言った。「それはこっちで処理する。俺が探しに行くからお前たちはもう行っていい」
レオが片眉を釣り上げた。「いや、俺が行く。あんたは出ていけばいい」
「そういう証拠になりうるものは、こっちで管理するべきだ」ハリスが言った。「それに俺はプロだ。俺が見つける方が早い」
「そうか。だが、俺も探し物を見つけるのは得意でね」
男2人が剣呑な雰囲気で睨みあう。
「便利屋、お前にリストは渡さない」ハリスが言った。
「それはこっちのセリフだ」レオが言い返す。
「・・・民間人が顧客リストをどうするつもりだ」ハリスの顔が険しくなった。
「話す必要があるか?」
「分かってるのか、国際犯罪組織なんだぞ」
「俺は俺の必要なことをするだけだ」
「勝手なことを!」ハリスが低い声を発し、レオの胸ぐらをつかんだ。
あたしは子供たちの手を引っ張って避難させた。
「ちょっと―――」
「余計なことに首を突っ込むな」ハリスが言った。
「話にならない」レオがハリスの手を払って言った。「余計かどうかはあんたが決めることじゃない」
「ねぇ―――」
「常識を考えろ。民間人の手に渡すと思ってるのか」
「あんたの常識に従うつもりはない」
「あなた達―――」
「生憎俺には勝てないぞ」
レオが肩を軽くすくめた。「こっちも負けはしないだろうな」
ハリスとレオは、拳を握り今にも相手を殴りそうになっている。
信じられない。こんなところで殴りあうつもり?
「ケンカなんかしてる場合じゃないでしょ」あたしは2人の間に割って入った。「みんなで行けばいいのよ」
「・・・全員で行ってどうする」ハリスが呆れたように言った。「それに、こいつが諦めない限り、結局リストをめぐって争うことになる」
「あんたが諦めたらいいだけだ」レオが言った。
「公平に半分こにすればいいのよ」
「今何て言った?」レオがギョッとしたように言う。
「半分こだと?真面目に言ってるのか」ハリスの顔が引きつった。
「そうよ」あたしは腰に手を当てて言った。「だってあなたたちどっちも自分がリストを手に入れようとして引かないじゃない」
「俺が引く理由があるか?ないだろ」ハリスはレオの顔を見て言った。
「奇遇だな、俺にも引く理由がない」
一体何なの?どうしたらいいわけ?2人は再び睨みあいを開始している。
この2人は、水と油だ。そりが全く合わないのだ。いつまで経っても相容れることがない。1つの檻に入れられた虎とライオンのようだ。永遠にグルグル同じところを周って相手をけん制し合っている。
子供たちは緊張の糸が切れたかのように疲れた表情をしているし、あたしはまぶたがヒクヒクするのを感じていた。
「いい加減にして!顧客リストをどうするかは行ってみてから決めたらいいじゃない。もしかしたら、同じものが山ほどある可能性も―――」
男2人が横目であたしを見た。
「わかったわ。山ほどは無いかもしれない。でも代わりになるものがあるかもしれないじゃない」
あたしは、納得がいっていない顔のハリスとレオを扉の方へ促し、子供達を連れてタペストリーをくぐり抜けた。