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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
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閑話  ハリス・タイラー

実は結構前に書いていたのですが、閑話を入れるのをかなり迷いました。ハリス目線ということで、出てきていない設定もいっぱいありますし・・・。アンと違って、ちょっと硬めの文章ですし・・・。でもせっかく書いたので、思いきって載せてみましたm(__)m

 王太子が攫われた。

 そう知らせが入ったのは、勤務時間終了間際だった。


 エスタニア軍エネルギー特殊部隊、それが俺の所属している隊の名称だ。陸軍や海軍と違い、特殊能力による破壊工作や情報収集など特殊訓練を受けた少人数チーム制での活動を主体としている。

 普段俺は任務に出ていることが多く、基地にはほとんどいない。しかし、その日は以前から調査中だった案件の中間報告書を書き上げ、小うるさい上官連中との面倒臭い会議に出席していた。

 

 通常、子供が攫われても軍は動かない。というより動かせない。軍を動かすことは、他国に戦争の意思があると捉えられる恐れがある。そのため、各都市の警察の管轄になるはずだった。実際、行方不明になっている子供は何人かいるが、全て警察が捜査している。

 それが何故、エネルギー特殊部隊にまわってきたのか。厄介なことにクソッたれなどっかのバカが王族を攫ったからだ。







 エスタニアは、150年ほど前まで王制だった。しかし、時折現れる渡り人がもたらす革新的な技術と思想は、民衆の心を惹きつけるのに十分だった。それまで王室とそれに連なる貴族が管理していた政治や経済の仕組みが、徐々に民主化の波にのまれていき、王族、貴族は力を失った。

 力を失ったとはいえ、そう簡単に無くなるものでもない。地方に領地を持っていた貴族連中などは、身分を一般の国民と改められ地方活性化に励むこととなったが、主権が民衆に移った今も、王族だけは存在している。これは、当時の王室が自ら王制廃止を宣言した影響が大きい。つまり、身分に固執せず、よりよい改革を推し進めるための決断を自ら下したとして大衆から慕われたのだ。そのため、王族を一般の国民とするのを国民自体が拒み、それから4代目となる現在も脈々と王室は続いている。彼らは首都エンザの元王城近くで暮らし、文化や福祉等の振興に務めている。ちなみに、現在王城は議会場となっていて、身分証の提示と受付での申請で国民ならだれでも入ることが出来る。


 話はそれたが―――いくら主権が無いとはいえ王族は王族。攫われたとなるとそれは国の一大事だ。秘密裏に事に当らねばならない。頭の痛くなる話だが、もし犯人グループが王太子と知っていて攫ったのならば―――『戦争』―――その2文字が現実味を帯びてくる。知らずに攫ったのなら―――そんな間抜けは滅多にいないと思うが―――国同士の話し合いで極秘に片づくだろう。




 俺は上官からの命令ですぐにチームを呼び寄せ、それまで警察が集めた情報をもとに救出作戦を立てた。この半年でエスタニアで捜索願が出されている子供は3人。今回攫われた王太子を入れて4人になる。東の小国リシェルで1人。西の大国ウルドは、エスタニア警察との情報共有に難色を示し、情報を出し渋っている。アザルにしても同様。海の利権問題があり、この2国との関係はあまり友好とは言えない。軍部の特殊部隊に捜査がまわってきた時点で、情報秘匿などクソほど問題にもならないが。


 俺は早速『影』を作り出した。能力を使用している間子供の姿になるが、今回はそれが作戦の鍵だった。上手く潜り込んで、気付かれないように王太子の警護に当たるには、子供の姿でないと難しい。

 潜り込んだ後は、『影』で仲間に情報を流し、アジトを特定、組織の人間を確認した後、脱出し仲間と合流、王太子を護衛しつつエスタニアに戻る。 あとの処理―――戦争になるか話し合いで済むのか―――は、軍が取り仕切る問題じゃない。行政部に任せればいい。

 可能ならば売却リストや顧客リストも手に入れたいところだ。







 セーレでうまく潜り込み、連中が用意していた船で海を渡った。

 そして、アザルに入ってすぐ、それは起こった。

 街道を荷車で進んでいると、途中の草原で空が真っ暗になり、2つ目の太陽が現れた。『乱』だ。数年に1度しか起こらないそれは、最近になって頻繁に起こるようになっている。エスタニアでも今年に入って2回起きていた。研究者どもがわーわーと騒いでるのを聞くと、原因は未だ不明で、公にはまだ伏せられている。




 荷車を止め、犯人たちは、渡り人がいるかもしれないなどとヘラヘラ笑いながら俺を送り出す算段をしていた。俺が逃げたとしても、または瘴気で狂ったとしても、それならそれで構わないと考えているのだろう。この辺りには野生の肉食獣が生息している。子供が逃げ出して誰かに助けを求めるのは無理だと鷹を括っているのかもしれない。上手く騙されてくれているようで非常にありがたい。黒幕もこいつらみたいに愚鈍なら、それか、子供の選別に関してはこいつらの独断であるのなら非常にありがたいんだが。




 王太子のそばを離れるのは心配だが、まだ正体がばれるわけにもいかない。舌打ちしたいのを抑え、俺は渋々『乱』が起こったであろう中心部に向かった。

 もし『渡り人』がいた場合は―――簡単に事情を説明して、俺たちが通り過ぎるのを街道近くで隠れて待ち、次に通る荷車にでも乗せてもらうよう告げればいい。そして、瘴気に当たった振りをして戻り、ちょっと具合悪そうな演技でもすれば問題ないだろう。たぶんこいつらは騙される。ただ・・・3人の内1人だけ毛色の違うのがいる。目つきが気に食わない。奴だけは注意が必要だ。


 瘴気については何も心配していなかった。今着ている服、というか頭と体に巻きつけている布は、マザナという木の繊維で出来ていて、瘴気を遠ざける効果がある。マザナはエスタニア北部のフィルク山脈に生える木で、数が少なく、年間の伐採数を国が管理している。そのため、有益性は高いのだが、マザナの布は一般には全く出回っていない。しかし、軍では、国を離れ危険な任務に当たるとき、借り受けることが出来る。

 ただ、今回は必要なかったらしい。邪魔くさい草をかき分け、中心部に到達したが、瘴気は確認できなかった。







 そして、俺は。

 そこで珍妙な女を拾った。




 そいつは、面倒くさいことに特別保護対象者、つまり『青』持ちだった。

 俺は頭を抱えたくなった。


 アザルで起こった『乱』は、本来ならアザルの国が対策をとり、渡り人はアザルに帰依する。気の毒だが、アザルの渡り人に対する扱いには悪評が目立つ。利用価値がなくなるまで何年もその町に拘留し、最低限の生活の保障はするものの、朝から晩まで尋問のように情報を絞り取ると聞く。用がなくなったら、生活の保障は打ち切られる。エスタニアと比べると環境はかなり劣悪だが、それでも通常の『黒』ならまだそれだけで済む。

 ・・・しかし、それが『青』なら・・・能力の遺伝を狙ってこの島の代表者一族に一生飼い殺される可能性が高い。


 他国に現れた『渡り人』に関わるのは本来タブーだ。しかし、ひどい扱われ方をするだろう弱者を目の前にして、むざむざ見過ごすことも出来なかった。任務中であることを考えれば、いい選択とは言えないが・・・エスタニアに連れていくことに決めた。連れ帰る人間が一人増えたところで、やるべきことはさほど変わらないだろう。







 その女は、アンと名乗った。ぽかんとした顔をして、俺の上手くない説明を理解したのかしてないのか・・・非常に先が思いやられた。親から何か聞いていれば違ったのかもしれないが、アンは何も知らないようだった。

 

 そんな中アンが口にした言葉は、少しだけ俺の心を穏やかにしたのも事実だ。

 周りとは違う『珠』の色。目立つ髪と目。『影』の能力。幼いころは、周りの子供と違うという事実が上手く受け入れられず、四六時中揶揄われた俺は、口数の少ないとても大人しい子供だった。成長するにつれ、そんなものクソくらえ、と寧ろそれを生かせる軍に入ることを決断した。軍部には、少ないながら色付きの『珠』を持つ奴もいるというのも理由の1つだった。

 しかし、周りの()()()()()()()()()()は相変わらずで、イライラさせられることも多い。うまく折り合いをつけ、そんなものだと割り切る処世術を身につけた。

 ・・・だが、『色が違っていても同じ』

 今更ながら、俺は誰かにはっきりそう言って欲しかったのだと気付いた。


 俺の中で、『渡り人』だった女が、『アン』という個人に変った瞬間だった。


 それにしても、俺のことを見た目のままの子供だと思っているようだ。軽く説明したのだが、まぁいい。面白いのでそのままにしておくことにした。







 すぐに俺は、アンを連れてきたことを後悔したくなった。

 再三「大人しくしていろ」と言ったにも拘らず、アンは全く大人しくなかった。犯人グループの1人の急所を捻り潰し、もう一人にはダイビングヘッドバットをかました。荷車の中では一風変わった雨乞い―――後に『イカのポーズ』という踊りと判明―――を踊り、脱衣所では独自の理論を展開し、その場を混乱と戦慄に陥れた。


 風呂の後、聞いたことのない技術の話をしていたが、あれが異世界の知識と言うやつだろうか。ただ、身体的に実現するのは難しそうだ。頭のおかしい研究者なら飛びつくのかもしれないが。

 アンは、どこか呑気なところがある。国へ帰った後、早急に『珠』の使い方を覚えさせ、ある程度の護身が出来るように取り計らった方がいいだろう。法が整備されているから、そうひどいことは起きないと思うが。


 その後、犯人グループの1人が殺されていたことに多少神経が尖ったが、手間がなくなったと思えばいい―――そう思ったのもつかの間―――アンが死体を見たショックで泣きやまず、とんでもなく手間取ることになった。泣いている女を慰める方法など1つしか知らない。だが、それをアンにするわけにもいかない。正直言ってお手上げだ。エスタニアが誇る特殊部隊の中でも精鋭と言われている俺が、妙ちくりんな女に振り回されている。上官が見たら腹を抱えて笑うに違いない。


 ・・・これ以上おかしなことになる前に、早急に王太子を救出し、アンをエスタニアの乱対策管理局に押しつけなければ、俺の頭痛は治まりそうにない。横でドアを蹴るノーパン娘に頭の痛さが更に増した俺は、そう心に誓った。



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