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女一匹異世界奮闘記  作者: ぼんぼん
22/36

22.救出作戦4

 横でハリスが片足を引き、半身の体勢で身構えた。

 子供たちを連れているってことは・・・買い手が来たのかもしれない。あたしがもたもたグズグズしてたからだ・・・。身体の横で、痛いほど手をギュッと握りしめた。


「子供を渡せ」


 ハリスの低い声に、2人の子供がレオの陰に隠れるように半歩下がった。半歩下がった・・・?あたしは何か引っかかるものを感じていた。レオは誘拐犯の一員だ。なのに、子供は2人とも、あたしたちを警戒しているように見える。特に、一緒に荷車に乗っていたのとは別の子供は、ひどく顔を強張らせて・・・あたしを見てるの?なんで?


「お前は・・・誰だ?」ハリスが言った。「この組織の人間じゃないだろう」


 あたしは目を見開いて、ばっとハリスの横顔を見た。どういうこと?あたしは何か・・・重要なことを見逃したの?それは一体いつのことだろう?

 

「言う必要があるか?」レオがハリスから視線を逸らさずに言った。

「聞きたくはないが、仕事なんでね」とハリス。

「・・・俺も仕事だと言っておこう」

「そうか」


 話は全く見えず、言うべき言葉は全く浮かばない。あたしには、レオが何者なのかハッキリさせるべきことのように思える。でも、男2人はそんなことはどうでもいいかのように、正に一触即発のまま睨みあっていた。この2人は何なのだ?理解できないのは、あたしが違う世界育ちだからなの?それとも女だから?これは、男だけに通じる何かなの?


「目的は?」ハリスが訊く。

「子供の救出。それだけだ」とレオ。


 2人の男の不可解な会話は置いておくとして、とりあえずレオは犯罪グループの一員じゃないようだった。


「何故その女はシスター服を着ている?」レオが言った。


 あたしは自分の服装を見下ろす。

 ああ!・・・そうよ、これだわ!

 このワンピースのせいで、子供たちはあたしをシスターエドナの支配下の人間だと勘違いして怯えているのだ。


「着替えが―――」

 ハリスが言いかけた言葉に被せるように、あたしは、レオと子供達に向って言った。「これには、理由があるのよ。お風呂から出た後、あたしが着れそうな着替えはこれしか無かったの。あたしが着てた服は血だらけで、草のシミも付いてたし・・・洗ったとしてもすぐに乾かないから、だから・・・」


 あたしが話している間に、子供達は完全にレオの後ろに隠れてしまっていた。レオは相変わらずハリスにピタリと目線を定め、彫刻のように微動だにしない。ハリスも注意深くレオから目線を離そうとしない。

 

「嫌だって言ったのよ。あたしにはちょっと小さいし、それに・・・」


 あたしはしゃべり続けた。そして、しゃべりながら、あたしの心にはむくむくフラストレーションがたまり始めていた。()()()()()()()()()()()()()()()()はずなのに、まるきり無視されてる気分がするのは何でなの?大体、あたしの服のことはあたしに訊けばいいのよ。何で態々ハリスに訊いたの?


「・・・ねぇ、こういうのってあまりいい気分じゃないわ。無視されてるみたいだもの。話してるのはあたしなのよ。あたしが透けてるんじゃない限り、こっちを見るべきだわ」


 子供2人が怖々と顔を出し、4人の視線が一斉に向いたことにちょっとたじろぎながら、あたしはため息をついて言った。

 

「あたしだってこんなの着たくないのよ。でもしょうがないじゃない、本当にこれしか着替えが無かったんだから。あなた達にこのワンピースを着なきゃいけない気持ちが分かる?これは恐怖のワンピースなのよ。もしあたしが乳牛みたいになったら、自分がこのワンピースに何をするか分からないわ。ただ、牛乳じゃなくて、出てくるのが毛の可能性が高いんだけど」


 ハリスを見ると、眉間にしわを寄せ、目をつぶってこめかみを押さえていた。レオは片方の眉を上げ、かすかに首を傾げているし、子供たちはレオの後ろに再び隠れた。

 なんでかしら?あたしは目を細く眇めた。たぶんもっと説明が必要なのだ。まず、イボの菌について言わなければならないだろう。


「いい?このワンピースにはイボの―――」

「アン、その話は大丈夫だ」

「ハリス、きちんと言わないと分かってもらえないんじゃないかしら」

「その服には何か仕掛けられているのか?」レオは警戒するようにワンピースを見つめる。


 あたしはレオに、恐ろしいイボの呪いについて簡単に説明した。レオは途中から顔を俯かせて体を震わせていた。たぶん、恐ろしさが伝わったのだと思う。

 そういえば、よく考えたら『牛』はいるのだろうか?ハンサ鳥とかいうのがいるぐらいだ。生態系が違っていてもおかしくはない。『乳牛』の例えも伝わりづらかったかもしれない。その説明もするべきだろうかと頭をひねっていると、子供の1人が目を見開いてこちらを凝視していた。一緒の荷車に乗っていた子とは違う子供だ。8歳くらいだろうか、赤茶色の髪と目をした可愛らしい子で、日焼けした頬にはそばかすが浮かんでいる。にこりと笑いかけると、更に目を見開いた。

 ・・・きちんと説明したのに。ショックを隠しきれないまま、もう1人の子供へと目線を移す。暗い茶色の髪と目に青白い顔をしたその子は、あたしと目を合わせたままゆっくりとした口調で言った。


「あなたはここの人達の仲間に寝返ったわけでは・・・ないのですね?」

「この教会のって―――犯罪者の、ってことよね?」

「はい」


 視線をそらすことなく、あたしの顔を真っ直ぐ見ている。この子、10歳くらいよね?それにしてはやけに言葉遣いが、丁寧っていうか、しっかりしてる。

 

「違うわ。あたしは『渡り人』よ。あなたと同じで、攫われてきたのよ」


 攫われた、というのは少々語弊があるかもしれない。巻き込まれた、という方が正しい気がする。


「あなたたち2人を連れて、ここから逃げ出そうと考えていたの」

「そうですか・・・すみません、勝手に勘違いしていたようです」

 目を伏せた青白い子供に、あたしはにこりと笑いかけた。「気にしないで。これじゃ確かに紛らわしいわよね」

「もういいだろう、親元に連れていく。子供をこちらに」それまでこめかみをグリグリと押さえて黙っていたハリスが疲れたように口を開いた。

「エスタニアか」レオはハリスに視線を戻し、そう言って口の端を僅かに上げた。


 ハリスが口の中で罵詈を吐いたのが聞こえた。


「その目の色の人間は多くない。しかもその変化・・・俺が思い当るのは1人だけだ。お前、エスタニアの軍部だろう」

 

 レオの言葉に青白い顔の子供がハッとハリスを見た。ハリスが子供に向かって小さく首を横に振った。

 どうやら、ハリスは有名人らしい。『影』を操る人物がそんなに知られてていいの?・・・相反するものを感じるんだけど。


「軍部が動く、か」レオはチラリと自分の横にいる青白い子供に視線を向けた。

 ハリスがレオを睨む。「詮索はなしだ。俺はお前がどこの誰か知らん。そっちもそれでいいだろう」

「・・・いいだろう」


 レオが子供に何かを渡し、背中を軽く押した。ハリスが腕をまわして引き寄せる。子供の手にはカギが握られていた。

 

「すみません」青白い子供が長い息を吐き出しながら言った。

「いえ」ハリスが短く答える。

 子供がくるりとレオを振り返った。「ここまで助けてくださりありがとうございます」

 レオは肩をすくめ、顎で行けと示した。





「行くぞ」ハリスはそう言って子供の手を引き、隠し扉に向かって歩きだした。

 あたしはその場から動けなかった。だって、レオの後ろで俯いたままのもう1人の子はどうなるの?

「アン?」ハリスが振り返った。

 あたしは、頭で考えるより早く、そばかす顔の子に話しかけていた。「ねぇ、あなたは?お姉さんたちと一緒に行かない?」


 その子の目が一瞬揺らめき、レオを見上げた。一緒に逃げると思っていた、自分と同じ状況にいた子供が、他の人間と行くというのだ。まだ幼い子供が、心許なさで動揺するのは当然だ。あたしの心のどこかがキュウっと鳴いた。


「こっちの子供は俺が連れていく、心配するな」

 レオの言葉を遮るようにしてあたしは更に話しかけた。「お姉さんたちは、エスタニアっていう国に行くのよ。このお兄さんはエスタニアの軍人さんで、助けに来てくれたの。あなたのお家はどこにあるの?」

「・・・リシェル」あたし達の間で目線を彷徨わせながら、小さな声で答える。


 ・・・また新しい地名が出てきたわ。リシェル、と言われても一体それがどこなのかあたしには全く分からない。でも―――。


「ねぇハリス、リシェルに寄ってから―――」

「それは出来ない」ハリスが言った。

「俺が連れて行くと言っているだろう」レオが眉をひそめる。


 ハリスとレオを見て、青白い子とそばかすの子を見た。

 青白い子はエスタニアで攫われた、エスタニア人だ。軍人であるハリスが連れて帰る。ここまでの道のりを抜きにすれば、監禁されていた時間もほんの1、2時間程度だ。ハリスが外に追跡して来ている仲間がいると言っていたし、こちらに関してはあまり心配いらないんじゃないかと思う。

 でも、そばかすの子は?礼拝堂でシスターエドナが、『先月連れて来た』とか言ってなかった?それって、今日が何日なのか分からないけど、数週間は親から引き離されているはずじゃない?それも、ずっと一人きりで。カエルとキツネに誘拐され、妖怪に監禁され、心に受けた精神的ダメージは計り知れない。

 加えて、これから一緒に行動するのはレオだ。レオは、女から見ればセクシーでカッコいいかもしれない。けど、子供にしてみれば、スキンヘッドで顔の怖い、体の大きな大人の男だ。心が癒えるとは思えない。

 それに、口には出さないけど、気になることがあるのだ。・・・カエル男を殺したのはレオなんじゃないだろうかとあたしは訝しんでいた。

 

 


 心はすでに決まっているようなものだった。別に急ぎの予定があるわけじゃないし、あたしには何が何でも絶対にエスタニアに行かなきゃいけない理由もないのだ。聞く限り、悪くなさそうな国ではあるけど、どちらの国も知らないあたしにとって、大した予定変更じゃない。


「んー・・・じゃあ、あたしがリシェルに行くわ」


 ぽかんとしている小さな顔2つと、ギョッとしたように目を見張る2つの顔を見て、あたしはにっこりと笑った。


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