19.救出作戦1
あたしの持つ青い『珠』は、頭に思い浮かべたものを何でも手にすることが出来る『具現化』という能力らしい。
それって、すっごく・・・なんていったらいいの?無茶苦茶でデタラメで・・・とんでもない能力じゃない?武器はもちろん、青い猫のポッケに入ってる道具だって出せそうだ。
こんな裏技みたいな能力、使わない手はない。透明になれるマントをかぶった後、懐中電灯そっくりなアレで、みんなで小さくなって隙間から脱出するのだ。そして、頭にちっちゃなプロペラをくっつけて大空へ飛び立てばいい。絶対にばれない。
それに・・・そうよ!
パンツだって・・・・・・!!!
先程からスースーと心許ない思いをしていた。人間には2種類いるのだ。パンツが無くても平気な人間と、パンツが無いと途端に覚束なくなる人間。あたしは完全に後者なのだ。特に、恐怖のワンピースで走ったり飛んだりする時には、パンツをはいている方が安心する。
「ハリス、やっぱり扱い方を教えてくれない?頑張って覚えてみるわ!子供たちを助ける役に立てるんじゃないかと思うの」
ハリスは溜息を吐きながら軽く首を横に振った。
「アン、再三言ってるが、お前は何もするな」
「何で?どうしてよ?!」
「お前の『珠』が青だとばれるのは拙いんだ。アザルは、渡り人に対する待遇がよくない。こちらにない知識や情報を搾り取るために、何年も研究施設に軟禁される。まして・・・青持ちの女だ。繁殖実験をされる可能性も否定できない」
ひゅっ!あたしは息を吸い込んだ。
「エスタニアに入るまでは目立たない方がいい」
「エスタニアでは、その、大丈夫なの?」
「心配いらない。渡り人に対する規約は、すべての国が締約している。エスタニアは民主制で、行政監察もしっかりしている。本人が望めば、渡り人は、正式な手続きを経てエスタニア国民としての自由が保障される。色々なところから情報提供は求められるだろうが・・・一応それに応じた報酬も、要請した企業なり機関なりから出るはずだ。もちろん嫌なら断ることも出来るしな。しかし、アザル連合共和国は、それぞれ別の一族が治めている島がまとまって1つの国となっている。そのせいか島同士のつながりが薄く、権力者による犯罪行為への抑止力が低い。まわりは海で、トップの奴らは血縁者だ。『渡り人』の人権に対して違法行為があっても、きれいに隠ぺいされている」
「・・・隠ぺいされてるなら、なんでハリスが知ってるのよ?」
「・・・軍だ」
「え?」
「俺はエスタニア軍に所属している」
あたしは、ぽかんとハリスを見つめた。
「エスタニア軍エネルギー特殊部隊少佐、ハリス・タイラーだ」
・・・正直に言うと、あたしは少し困惑していた。想像もしていなかったのだ。あたしの日常生活に、軍人なんて職種の人間はいなかった。だったら何なのかと言われても、これと言って思い浮かんでいたものは無いんだけど。
熱感知センサー疑惑はあるけれど、魔法らしきものはあるのだ。異世界らしく、『世界を守る勇者』だと言われた方がまだしっくりくるのではないだろうか。
『珠』のエネルギーでパンツを出すのは、先延ばしにするしかないようだ。トイレについても、その時になってからまた考えるしかない。
・・・それにしても。
ハリスの言葉をすべて信じていいのかしら?ハリスは守るべき純真な子供じゃなく、いろいろなことを知っている大人だった。知らない世界の知らない常識。ころころと変わる状況。知り合ったばかりの軍人。あたしは唇を噛んだ。情報が全く足りない。胸に重たい不安がどっかりと居座っている。
あたしの直感は、ハリスはいい人だと告げていた。あたしを助けようとしてくれているのは分かっている。草原でもキツネ男からあたしを守ろうとしてくれたし、今のところ正直に接してくれていると思う。
ハリスは、言いたくないことや言えないことに関して、ウソをついたりごまかしたりしない。そういう時は・・・ただしゃべらなくなるのだ。
しかしながら、この教会には、子供を攫って売り捌く、イボ毛妖怪がいる。アザルという国を信用するのは全くもって難しい。
あたしはハリスをチラリと伺った。ハリスは、何やらゴソゴソと頭の布の中に手を入れている。相変わらず天使のようで、全く持って無害そうに見える。
ハリスの能力はどういうものなんだろう?犯罪組織に単独で潜入するんだから、きっと特別な能力を持ってるはずだ。
「どうしたの?」
あたしが首をかしげて訊くと同時に、ハリスが布の端を引っ張り出した。そして、糸を歯で噛み切ると、中から平べったくキラキラしている透明な石と、丸く薄茶色の石が転がり出てきた。
「それ・・・糸昌石?キラキラしてる方よね?茶色いのは・・・それも昌石?」あたしはもっとよく見ようと身を乗り出した。
ハリスは、あたしに向かってニヤリと笑い、ゆっくりとそれぞれの手に石を1つずつ握りこんだ。そして、両手を口元へ持っていき、軽く目を伏せ―――
何やってるの?
そう思ってパチリと瞬きをした次の瞬間、何の前触れも―――光ったり煙が出たり、それこそ何か音を発することも―――なく、突如として目の前に背の高い男が立っていた。
「ギャッ!!!!!!」あたしは、ドタンと勢いよく後ろに倒れ、床に強かにお尻を打ちつけた。目の前の星が飛び、ぐうっと息を詰める。
男が慌てたように右手を差し出してくる。大きくて、ごつごつしている。指が長い。
「・・・ハ、リス?」あたしは、瞬きを数回した後、恐る恐るその手を取った。
「ああ。立てるか?」ハリスの目は笑っていた。
「どうかしら・・・ちょっと自信が無いわ」
あたしの心臓は、とんでもない速さで飛び跳ねていた。ぐいっと手を引かれ、抱き込まれるように背中を支えられる。
身長は大いに伸びているし、袖から延びる腕は筋肉質だ。子供姿の時と同じ甘い顔は、いくぶん鋭さを増しているが、バランス良くそれぞれのパーツがおさまり、目は・・・琥珀色だ。キラキラした天使の金色というよりも、吸い込まれるような・・・ウイスキーの色に似ている。
心音が体に響く。息が苦しい。顔が熱くなってきた。これはきっと驚いたからだわ。それにちょっと、顔とか体とか・・・いろいろな部分が近すぎるせいよ、だから―――
「落ち着いたか?」
「いいえ、全然」
『落ち着く』『平静』『余裕』
今のあたしに一番遠い言葉だ。
「あたしがまばたき1つしている間に、パッと変るなんて思ってもみなかったわ」
「悪かった」
謝りながらも、琥珀色の目がいたずらっぽく輝いている。
「『影』だ」ハリスは、あたしを抱き込んでいた腕を解いた。「影を作り出して動かす。それが俺の能力だ」
「・・・かげ?」あたしは首をかしげる。
「ああ。お前に『珠』の説明をしてる間に、建物内の偵察と外部への連絡をしてたんだ」
「え?どういう・・・」
「作戦を実行に移す。行くぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
あたしはハリスの服を掴んだ。
「作戦て何?外部って?あたしはどうしたらいいの?」
「お前は俺の後ろにいればいい」
心臓がきゅっと縮まった。
大人の姿に戻ったハリスは、フェロモンを大量に放っている。フェロモン発生機と言ってもいい。
あたしはこういうのは慣れていないのだ。情けないことに、壊れた人形のように頷くことしかできなかった。