学園祭3
最初に突っ込んできたのは、やはりジョンだった。左手で重そうな剣を振り上げ一直線にこっちに向かってくる。私はそれを見ながら軽いステップで左に走りだした。
風を併用していてかなり速いはずの私の動きに、ジョンは付いてきた。間合いに入るとすぐに剣を振り下ろしてくるが、そのたびに精霊が障壁を張って受け止める。
しばらくそんなことを続けていると、会場の端にたどり着いた。ここの方が私にとっては戦いやすい。
(竜巻)
迫りくるジョンやその後ろで傍観している四人を何となく視界に入れながら、端的な言葉で精霊にイメージを送る。
すぐにそのイメージは現実のものとなり、あと一歩という所にいたジョンは横に吹き飛んだ。だが他の四人は事前に準備していたのか結界や障壁を張って防いでいる。ティックだけはこちらを見向きもしないで、パソコンを何やら操作している。
(次はほの)
(主、右だ)
防がれている間に別の魔法を撃ってもらおうとした時、とっさに送られてきたイメージに慌てて左に跳ぶ。
振り返るといつの間にかナミ先輩がそこにいた。さっきまでかなり離れた場所にいたのに。
ナミ先輩が顔を上げる。正直言います、怖いです、この人。殺気が漂っています。
「ふふ、さすが学園6位ね。一度あなたとは勝負してみたかったの。運営会長には感謝しなければならないわね」
あなたでしたか、会長をその気にさせたのは。という事は。
「えぇ、ティックにも協力をしてもらっていますわ。まあでも、あの二人も残るとは思っていませんでしたが」
ナミ先輩は横を向いた。私も同じ所を見る。
そこにはルルとクライシアスク実行委員長が何やら話し込んでいる姿があった。
「あれ、何?」
「恋人同士、には見えませんわよね」
そう、一見ただ仲良く喋りあっているように見えるが、二人の間には何故か魔力の奔流がある。
(あれは、詠唱合戦、とでも言いましょうか。まぁ、そんな所でしょう)
そう精霊が教えてくれた。つまり、喋っているように見えるのは詠唱をしているからで、そうやってあの至近距離で魔法を撃ち合っているということか。
その凄さに溜め息を吐きつつナミ先輩に視線を戻すと、既に臨戦態勢だった。私も慌てて構える。右足を半歩前に出して、右手は携帯用の杖を持って胸の前で構え、左手は下に下げる。
「ふふ、私たちも早く始めましょう」
「は、はい」
「それじゃあ、いくわよ」
とまあ戦うことになったのだが。
「ま、負けました」
地面に倒れた私を見下ろすナミ先輩。
あの後すぐに両手に持った短剣を振りかざしてきた。何とか初打は防いだものの、次から次へと迫りくる攻撃に翻弄され、あっというまに負けてしまった。
ナミ先輩が言った学園6位というのは、競技祭の個人総合成績が6位だったというだけで、当時の各会の幹部は参加していない。そこにはナミ先輩も含まれていたはずだから、こうして勝負させられているわけなのだが。
「私は、魔法の分野だけですよ、点数を取れたのは」
「……」
そう、私は武術関係には一切出ていない。それなのに6位を取れたのは偶然という他はない。いや、それが悪夢の始まりだったのかもしれない。なにせ中等部生のこの私が運営会の――
「サンちゃん、大丈夫〜?」
嫌な方向に向かおうとしていた思考は、ルルが話しかけてきたことで途切れた。
顔を向けると、遠くにクライシアスク実行委員長が倒れているのが見える。その先にはティックがまだ何かをやっている。
「負けちゃったけどね」
ルルにそう返しながら立ち上がり苦笑する。
ティックは一体何をしているのだろうか。なぜか呆然としているらしいナミ先輩を横目に考えてみる。
答えはすぐに出た。
「……それなら、私は客席に――」
と、足を踏み出そうとした時にそれはおこった。
地面の上が突然ある図形を描くように光りだして、それと同時に体の自由がきかなくなる。ルルやナミ先輩もそれは同じのようで、驚愕に目を見開いている。
それにしても、ナミ先輩はコロコロと表情を変える忙しい人のようだ。
視線の先にいるティックは、仕事は終わったとばかりにパソコンを閉じて立ち上がると、こっちに歩み寄ってきた。
「油断は厳禁」
そう言って指をパチッと鳴らすと、私の目は強制的に閉じられて睡魔が襲ってきた。そして抵抗すらできずに私は地面に倒れた。
んん、ここはどこだろう。
そう思って、ゆっくりと目を開けた。白い天井に白いカーテン、更に白いベッドに囲まれた空間。医務室だ。
ここに来るのは初めてではないが、目が覚めたらベッドにいた、なんていう事は初めてだ。
「あら、起きた?」
カーテンの隙間から顔を覗かせたのはミリー教諭だ。純白の天使、なんていう恥ずかしい二つ名を持つ、優しいお姉さんといった感じの医務室長で、回復関係の魔法や精霊と相性がいいようで、精霊使いでもある。私の精霊が彼女の精霊と部屋の隅の方で雑談していた。
「サンちゃん起きたっ!」
「お、やっと起きたか」
「……」
上体を起こしたのと同時に扉を開けて入ってきたのは、ルル、ジョン、ティックの三人だ。
「ん、何とか大丈夫そう」
「そりゃよかった。あん時、突然会場一杯の魔法陣が現れたから焦ったぜ」
「そうたよ〜。ティックがまだいるなんて分からなかったしね。結局、優勝賞金は全部ティックが貰っちゃうし。後少しだったのにな〜」
やはりあの時ティックは魔法陣を描いていたようだ。
「そういえば、ナミ先輩は?」
「ナミさんなら、ちょっと前に起きて出ていったわよ。それと」
ミリー教諭が手元の資料から目線をあげる。
「もう夜も遅いし、早く帰りなさい」
「はーい、ミリー先生さようなら」
ルルはミリー教諭にそう言って部屋を飛び出していく。
残された私とジョンは苦笑しながら、ティックはいつも通りにミリー教諭に挨拶をしてルルを追い掛けた。