鏡のなかのボク~ただヒゲを剃っているだけなのに、なぜか鏡の自分の方が「ちゃんとして見える」朝~
チュンチュンチュン
チュンチュンチュン
ブオォォン……(バイク)
「おはよー」
「おー、おはよー」
カタン、ガラガラ(シャッター)
チュンチュンチュン
【鏡のなかのボク】
ボクがヒゲを剃る。
洗面所の灯りは、まだ少しだけぼんやりしている。
シャッ シャッ
とカミソリを動かす。
鏡のなかのボクも、同じようにヒゲを剃っている。
同じ動きのはずなのに、
なぜか少しだけ向こうの方が丁寧に見える。
ボクは何も言わない。
鏡のボクも、何も言わない。
ただ同じように、手を動かしているだけだ。
シャッ シャッ
音は同じはずなのに、
鏡の方が少しだけ整って聞こえる気がする。
ボクは少しだけ自分の顎をなぞる。
まだ少し残っている。
鏡のボクは、もう終わりかけているように見える。
同じはずなのに。
そのとき、
鏡のボクがほんの少しだけ目線を上げた気がした。
鏡のボクが、頑張れと言った気がする。
ボクは少しだけ、うなずくように目で返す。
鏡のボクは、ほんの少しだけ満足そうに見えた。
ボクはまた剃り始める。
シャッ シャッ
今度はさっきより、少しだけ手が軽い。
同じ動きのはずなのにさっきより少しだけ、
ちゃんとできている気がする。
ボクは顔を洗う。
冷たい水が気持ちいい。
鏡のボクも気持ち良さそうだ。
(まあ……いいか)
カミソリを置く。
鏡のボクも、同じように置いている。
ボクは鏡を見たまま、少しだけ息を吐く。
そして最後に、もう一度だけ思う。
(もうちょっと、やってみるか)
『行ってきます』
ボクと鏡のボクの声が重なる
それからしばらく、同じ朝が続いた。
ヒゲを剃って、顔を洗って、鏡を見る。
鏡のボクはいつもそこにいて、同じように動いている。
何も起きていないはずなのに、
少しずつ、ボクの方だけが落ち着いていく気がした。
ある日。
ボクはふと気づく。
鏡のボクが少し疲れているように見えた。
ボクはカミソリを手に取る。
鏡のボクも、同じように手を上げる。
でも今日は少しだけ違う。
ボクは、先に鏡を拭いた。
キュッ キュッ
鏡のボクが少しだけ元気になる。
ボクは思う。
(今日はボクが励ます番だ)
ボクはまた剃り始める。
シャッ シャッ
さっきより少しだけ、ちゃんとできている気がする。
ボクは顔を洗う。
冷たい水が気持ちいい。
鏡のボクも気持ち良さそうだ。
それから、ボクは毎朝鏡を拭くようになった。
理由は特にない。
でも、そうするとお互いに気分がいい。
鏡の中のボクは、いつも通りそこにいる。
何も言わないし、何も変わらない。
それでも、少しだけ整った鏡を見ると、少しだけ背筋が伸びる。
カミソリを置く。
鏡のボクも、同じように置く。
ボクは鏡を見たまま、少しだけ息を吐く。
(まあ、いいか)
そしてもう一度だけ、軽く鏡を拭いた。
『行ってきます』
鏡の中のボクは、いつも通りそこにいる。
鏡は何も言いません。
何も変わっていません。
それでも、見え方ひとつで朝は少しだけ変わることがあります。




