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08.

 翌日、灯里は白怜に連れられて屋敷の外に出た。

 それは、彼との山歩きの誘い。

 屋敷のあやかしだけでなく、山中で暮らすあやかしたちにも灯里を紹介しておきたい。白怜はそう言って、灯里を外へと(いざな)った。


「お一人で山に行かれることはないと思いますが、山の者たちとも知り合っておけば、今後何かと都合がよいでしょう。あと、それとは別で、灯里さんをお連れしたい場所があります。付き合っていただけますか」


「わかりました」


 静が用意してくれた弁当を持って、白怜とともに裏山へ出発する。

 その行く先々で、灯里は山に棲むさまざまなあやかしに声をかけられた。

 たとえば、池の中からは蝦蟇(がま)の夫婦が。木の上からは、猩々(しょうじょう)の家族がといったように。

 他にも、花の精、虫の化生、黒い毛むくじゃらのあやかしなど、個性豊かな面々が灯里の前に現れる。

 そういった野生の者たちも、まごうことなき巽一家の一員。

 皆、白怜に敬意を払い、その客人たる灯里にも友好的に挨拶してくれた。


 白怜と灯里は、それらのあやかしたちとひとしきり交流した後、さらに奥へ進む。

 道が途切れ、突き当りに小さな(ほこら)がある場所に着くと、白怜は「ここです」と灯里に言った。


「ここ、というのは……この祠のことですか?」


「はい。正確には、この祠の奥になります」


 祠の奥。見たところ草木に覆われて、それ以外は何もないように見える。

 だが、白怜は構わずまっすぐに歩いてゆき、茂みの中に身体を突っ込ませた。


「は、白怜さん!?」


「ここの草木は蜃気楼のようなものなんです。大丈夫ですから、灯里さんもついて来て下さい」


「えっ」


 灯里が戸惑っていると、白怜はその中へと行ってしまう。

 確かに、彼が茂みに入ったのに、葉擦れの音がしない。

 意を決して灯里も後に続くと、そこにあるはずの草が霞のように揺らいですり抜けていった。


「わ……」


 そして、灯里が草木の中に身をくぐらせ、細い小道を通り抜けると──たどり着いたのは、一面に竜胆(りんどう)が咲き乱れる、広大な花畑だった。


「……これって……」


「ここは、私が白蛇だった時に暮らしていた場所なんです。これらの花以外に何があるというわけではないのですが……この景色を、灯里さんにも見てもらいたかったので」


「……すごい……綺麗です……」


 延々と続く青紫の絨毯(じゅうたん)は幻想的で、どこかこの世のものとは思えない神秘性が感じられた。

 豪華絢爛な華美さはないが、節度ある上品な美しさ。安らぎをもたらすような、落ち着いた青の地平。

 おそらくここは、彼の最もプライベートな空間に違いない。この大事な場所に、自分なんかを連れて来て良かったのだろうか。

 そんな思いが灯里の脳裏に一瞬よぎるが、口から出かけた言葉を留め、彼女は感謝のみを白怜に伝えた。


「白怜さん……ありがとうございます。とても素敵な場所に連れて来て下さって」


「喜んでいただけたようで、何よりです」


 そこで灯里は気が付いた。

 彼からもらったかんざしや、彼が持っていた本の栞。それらにあった竜胆は、おそらくこの花畑から着想を得、あるいはここの花を使って作られたものだと。


(女性的な嗜好の方かと思っていたけれど……そうじゃなくて、彼の起源に関わるものだったからなのね)


 ただ、それでも灯里と同じく恋愛小説が好きなことからして、あまり性差には頓着しない人なのかもしれない。

 灯里は、一面の竜胆に囲まれた白怜を見やる。

 彼の白銀の髪と紅の瞳は、花畑の青にも負けることなく、際立って映えているように見えた。


 それから二人は花畑の脇で昼食をとる。

 持って来た重箱を開けると、中に詰められていたのは稲荷寿司。

 静が作ってくれたそれは、細やかな趣向が凝らされており、途中で飽きないようにと何種類か味付けを変えたものが入っていた。

 灯里は、鰹の一番だしとみりんで味付けされた、シンプルな稲荷寿司をもらうことにする。

 一方白怜は、椎茸やかんぴょうが入った甘めのものを手に取った。

 重箱の隅には卵焼きまで添えられており、二人はそれら一品一品を、心ゆくまで堪能した。


(静さんの作ってくれたお弁当……。お屋敷でのごはんもおいしかったけど、これもすごくおいしい……)


 静の料理の上手さに感動しつつ、灯里はほんの少しの劣等感を覚える。

 弁当を全部食べ終えて、二人で花畑を眺めながら休憩している時、灯里はおずおずと白怜に話しかけた。


「あ、あの、白怜さん。私……ちょっとお願いしたいことがあって。聞いてもらっても、いいですか」


「はい、何でしょう」


「えっと……わ、私にも、何かお屋敷での雑用を、課していただけないでしょうか……っ」


 白怜は少し驚いた表情になり、「どうしてですか」と灯里に尋ねた。


「いえ、その、大した理由ではないのですが……。このままお世話になるだけというのは、やっぱり良くないと思うので……」


「……灯里さん。あなたはとても大変な状況を切り抜けてこられたばかりなんですよ。落ち着くまでゆっくり休んでいればいいんです」


 白怜に諭すような言葉で留められるが、しかし灯里は首を横に振った。


「で、でも、私なんかが良くしてもらってばかりで……何もお返しできないのは……心苦しくて……」


「……その気持ちもわかりますが、灯里さんがこの山に来て、まだ三日じゃないですか」


「で、ですが、だからこそ、私みたいな何の取り柄もない女は……早く仕事を始めた方が……いいと思うんです」


 たとえ何もしないでいいと言われても、灯里自身はそれを受け入れられなかった。

 彼女はこれまでの人生で、大切に扱われた経験がない。

 自分に自信が持てない灯里にとって、このような状況で何もしないというのは、分不相応に思え、逆に苦痛ですらあった。

 たとえば静がおいしい料理を作れるように、自分もこの屋敷で何か役に立ちたい、そうしなければならない。彼女の心にはそんな焦りが生まれていた。


 白怜は、どこか切羽詰まった様子の灯里に、少し困った顔になる。

 彼は聞こえないくらいの声で「卑下することなんて何もないのでは……」とつぶやいた。

 それからあごに手をやって、しばし考えるようにうつむくと、不意に何かを思いついた表情になり、灯里に一つの提案をした。

 

「……では、社会見学をしてみるというのはどうでしょうか」

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