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04.

 灯里は耳を疑った。

 「怜」。(たつみ)白怜(はくれい)と名乗った青年は、確かに灯里にそう言った。

 本を借りる前、いつも灯里と同じ本を手にしていた手紙の主、「怜」。

 その手紙で灯里を勇気づけ、かんざしを贈ってくれた、あの「怜」である。


 その「怜」が、何故か灯里の前に現れ、彼女を守るように立っている。

 この場に現れた方法もわからないが、何より彼が女性ではなかったことに、灯里は目を見開いた。


「な、何だお前は……」


 男の一人が、「怜」に──白怜に問う。

 彼は向き合うことなく目線だけを送ると、「あやかしだよ」と答えた。


「……あ、あやかし?」


「ああ、君たちも知っているんだろう。人ならざる異形、闇に棲む理外の者たちを。私は皇都の北にある天厳山(てんげんざん)で生まれし白蛇。その白蛇が時を経て、あやかしになったものだ」


「は、白蛇……」


「蛇のあやかし、だと……」


 その言葉を聞いて、灯里はハッとする。「怜」からの手紙、あやかしについて淀むことなく書かれていたのは、つまり彼自身がそのあやかしだったからだ。

 一見、人にしか見えないが、なるほど彼がまとう雰囲気は、神秘的で人ならざる(たたず)まいを備えていた。

 続いて白怜は、しゃがんで灯里と目線を合わせると、「ごめんなさい、灯里さん」と謝罪した。


「えっ、何が、ですか」


「あなたによからぬことが起きるかもと予測しながら、放置していたことにです。お手紙の内容から、灯里さんが狙われていることは察知していました。ただ、確証はなかったので、かんざしに私の力を込めて、危機が迫った時に私が()ばれるよう細工をしておいたんです。それについてはギリギリで間に合ったようですが……。その細工の仕込みを黙っていたことも……すみませんでした」


 白怜の言葉からすると、彼は灯里がさらわれそうになった理由なども把握しているようだった。

 灯里はふと、髪のかんざしに手をやる。

 力とやらを使ったせいなのか、花飾りの部分が少し熱を帯びていた。

 けれど、その熱さは彼のあたたかさのようにも感じられ、灯里は自然と白怜の手を取っていた。


「……いいえ、ありがとうございます」


 白怜はホッとした様子で灯里の手を取り、立ち上がらせる。

 その柔らかな空気を破るように、背後から軍人の一人が言った。


「……つまり貴様は、我々と同じくこの娘に狙いを付けていたというわけか。目的は何だ? その娘を食らうことか? それとも、我らのように力を手に入れるためか」


「……何だって?」


 白怜は振り返ると静かに問い返す。

 その声には怒気がこもっていた。

 しかし、男は彼の怒りを理解できなかったのか、さらに踏み込んだ言葉を投げかける。


「白蛇のあやかしよ、悪いがこいつは我々が先に目を付けていたのだ。(にえ)を求めるというなら、別の女をあてがってやってもいい。だから、この娘は我々に譲ってはくれまいか」


「……」


 数秒の沈黙が辺りを覆う。

 少しの間、答えずに黙っていた白怜は視線を外すと、「はっ」と嘲るように口元を歪ませた。


「……はっ、はははは。それは一体(・・・・・)何のつもりだ(・・・・・・)?」


「な、何?」


 男たちは後ずさった。

 白怜の声と瞳には、明確な殺意が込められていた。

 二人の男はようやくそれに気づき、ぞっと背筋を凍らせる。

 白怜は続けて二人に問うた。


「それはもしかして──交渉でもしているつもりなのか。この私が、生贄とするために彼女に声をかけたとでも思っているのか? 見くびられたものだ。研究所とやらの人間は、あやかしをその程度と見ているのか。これはとんだ無能の集まりだな」


 白怜は言って、冷たい視線で二人を見据える。

 二人の男は同時に同じことを思った。人ならざるあやかしの声。それはこんなにも恐ろしく響くものなのか。その言葉は、まるで氷の刃のようだと。


「くっ、な、何が白蛇のあやかしだ!」


 男のうちの一人、二十代ほどの若い風貌の軍人は、恐怖を振り払うように声をあげた。


「つべこべ言わずに娘をこっちに渡せ! さもないと、そいつごとお前を斬り捨てるぞ!」


 腰のサーベルに手をかける。彼は刀身を抜き、上段に振りかぶった。


「お、おい、やめろ!」


 もう一人の男がそれを止めようとする。しかし、言葉の直後、パキンという異音が部屋に響いた。


「……な、に……?」


「……今の、音は……」


「鋼の刃など、私には何の役にも立たない。悪いが二本とも、折らせてもらった」


 ハッとして男が手元を見ると、そのサーベルは柄より先が存在していなかった。

 否、正確に言うなら、折れていた。

 いつの間にか刀身は根元から離れ、畳の上に落ちてしまっている。

 もう一人の男の剣も、同じようにへし折れて、刃は鞘の中に収められたまま、柄だけが足元に転がっていた。


「なっ──」


 息をのむ男たちに、白怜は淡々と告げた。 


「これ以上、世迷言に付き合うつもりはない。私の気が変わらないうちに、さっさとこの場から立ち去れ」


「まっ、待て!」


 二人のうち、年上の男が叫んだ。


「貴様、何故この娘に執着する!? これほどの力があるなら、娘を取り込む必要などなかろう! それとも、やはり贄か!? 力など関係なく、ただ食らうために娘を欲するのか!? ならば──」


「『ならば代わりの娘を用意する』──お前はさっきもそんなことを言ったな」


 白怜は射殺すような視線とともに、男に人差し指を向けた。

 すると、彼らの足もとから、どこから現れたのか無数の蛇が這いあがって絡みつく。


「なっ──」

「ひっ──」


「……わからないのか。その言葉が一番私を怒らせたことを。他者の命を使い捨てようとする行い、それがどれだけ道を外れたことかわからないのか?」


 白怜が言うと同時に、蛇たちは二人の身体に巻き付いて、彼らが身動きできないよう強い力で絞めあげた。

 若い軍人は、絞められるより前にそのおぞましさで気絶してしまう。

 もう一人は、動けないながらも歯噛みして白怜をにらみつけた。


「お、おのれ……化け物が……っ」


「……化け物か」


 白怜はそこで一瞬だけ自嘲的な笑みを見せる。

 しかし、すぐにその表情を消し去ると、揺るぎない瞳で男に向かい合った。


「この子の養父……確か、四条壮馬といったか。そいつに伝えておけ。娘を真に思い、取り返すつもりがあるなら、天厳山の(ふもと)、巽一家の屋敷まで来いと」


 そして、彼は灯里を両手で抱き上げる。

 思わず「きゃ」と声を漏らす灯里。

 白怜はまるで羽毛でも持ち上げるように、軽やかな所作で彼女の身体を抱えると、続けて男に言った。


「私のことを化け物と呼ぶなら丁度いい。化け物は化け物らしく、“贄”は力ずくで奪わせてもらうことにしよう」


 再び強い風が吹き、花びらが舞う。彼が現れた時と同じように、強い光が灯里たちの身体を覆った。


「──この子に危害を加える者は、何であろうと私が排除する。巽一家の元締め、巽白怜。ゆめゆめその名を忘れるな」

 

 そして──その声が響き渡り、舞う花びらが収まった時、青年と一人の少女の姿は、部屋の中から忽然と消えていたのだった。

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