表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/20

17.

 一体、何が起こったのか。

 目の前に氷の鏡があらわれたと思ったら、それを見た加奈子が脱力したように膝から崩れ落ちた。

 状況が理解できずに灯里は困惑する。

 白怜が何かしたのかと、彼を見る。しかし、同じように不可解な表情をしていた。

 ただ、白怜は何かに気付いたようにぽつりとつぶやきを漏らす。


氷面鏡(ひもかがみ)……」


 えっ、と灯里が聞き返すと、彼は灯里に言った。


「この氷は……私のあやかしとしての能力(ちから)です。この氷に映された者は、自らの悪意がその身に跳ね返ることになる……。今、あなたのお姉さんは、あなたに向けた悪意を自分自身で浴びてしまっているんです」


「……えっと、つまり……白怜さんが助けてくれたんですか……?」


「いえ、私は何もしていません。そのはずなんですが……どうしてこれが現れたんだろうか……」


 とりあえず、この鏡の効力で、今の加奈子は心神喪失の状態にあるという。

 だからもう、心配はないはずです──白怜はそう付け加えて、加奈子の手から短刀を抜き取った。

 その言葉通り、心ここにあらずといった感じの加奈子は、焦点は定まらぬままに、恐怖におびえた瞳をしていた。


「……姉さま」

 

 試しに呼んでみるが、反応はない。

 しかし直後、うわごとのように加奈子は声を発した。


「……やめて……来ないで……。私はただ、あの子がいなくなればいいと思っただけで……!」


 虚空に向けて懇願する。

 次の瞬間、「ひっ」と加奈子は叫びをあげて、鼻の上部を両手で押さえた。

 まるで自らの顔を横一線で斬られたかのように。


「──痛いぃっ! 痛い痛い痛い、私の顔がぁっ!」


 苦しみ悶えてうずくまり、己の手指を見て絶望の表情になる。

 両の手にべっとりとついた血。それは彼女の顔から流れ出たもの。

 だが、実際には何もない。

 本当は血も出ていないし、斬られてもいない。彼女はそうなっている(・・・・・・・)幻覚を見せられていた。


 つまり、この氷の鏡は、自分が他人に行おうとした攻撃を、そのまま自分がされたと錯覚させるのだ。

 それは悪意が強ければ強いほど、大きなダメージとして返ってくる。

 加奈子が灯里に向けた悪意のうち、直近で一番意識していた顔への切り付け行為、それがそのまま跳ね返り、彼女は自分の顔が切られた幻を見ているのだった。


「痛い……嫌よ……どうして私がこんな目に……!」


 顔を歪ませて泣き声をあげる加奈子。

 灯里はそんな姉を気の毒そうに見下ろし、目を伏せる。

 一方、白怜は灯里の肩に手を置いて言った。


「気に病む必要はありません。今、彼女が見ている光景は、まさにあなたに為そうとしていたことなのですから」

 

 優しさを持ち、少しでも躊躇していれば、それを受けることはなかったはず──だから自業自得なのだと白怜は言う。


「……で、でも……」


「それに、この幻覚は永遠に続くものではありません。大丈夫です。四、五日もすれば、正気に戻るでしょう」


「四、五日……」


 しかし、少なくともその間は幻覚に囚われたままということ。

 だとすれば、それは絶え間ない拷問を受け続けるようなものではないのか。

 もし現実に返ったとしても、おそらく心の傷は残り、精神は元に戻らないかもしれない。

 そのことを想像して暗澹たる表情になる灯里に、「灯里さんは真から優しい人なのですね」と白怜は言った。


「……ですが、何事も適度な度合いというものはあるのです。厳しい言い方かもしれませんが、灯里さんがそこまで気にかける義理はないと思います。あなたのお姉さんがこの後どうなるか……あとはもう、彼女の心次第なのです」


「……」


 確かに、彼の言う通りかもしれなかった。

 自分を貶め、傷付けようとした義姉を、被害者の灯里が救う義務などない。

 ただ、そうだとしても、目の前の光景を「ざまあみろ」の一言で終わらせるのも、何かが違うのではないか。


「……納得いきませんか?」


「……すみません……」


 とはいえ、これ以上、灯里に何ができるわけでもない。

 白怜に促され、灯里はようやくその場を離れることにする。

 とりあえず人だけは呼びませんかと白怜に頼み、灯里は救護を求めるため、彼とともに大通りの方に足を向ける。

 そこで、白怜が小声でつぶやいた。


「きっと……そこで慈悲の心を持てることが、人としてのあなたの強さ……あやかしである私との違いなんでしょうね……」


 灯里はハッと顔を上げ、白怜を見る。

 先を行く彼は背を向けており、その表情はわからなかった。

 ただ、どこか寂しそうな彼の声は、しばらくの間、灯里の耳に残り続けたのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ