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「いいね」が消えた世界。それでも私は前に進む。

作者: ドット
掲載日:2026/03/01

「すごいよ!この前の投稿!

ほらもうすぐ1万いいねいくよ!!」


学食のカフェで、

彼女がハイテンションで

スマホを突きつけてくる。


画面には、先日の休みに撮影した写真。

オシャレなフラペチーノを中心に、

二人で少し大げさなくらいのリアクションをしている。

よくある、どこにでもありそうな投稿。


「あはは、さすがだね。」

「いやいやいや、一重に私の力だけじゃ無理だよ!

絶対、君の力があったからだよー!

いやー私の目に狂いはなかった!」

「いやいや、そんなまさか。」

コーヒーに口をつけながら、視線を逸らす。


……よかった。今回もあってた。

SNS投稿。

どの角度がいいか。

どの表情がいいか。

どの言葉なら刺さるか。

考えて、考えて、最後は、

——いいねの数で答え合わせをする。

それが、この世界だ。


私と彼女は、

そこそこ有名なインフルエンサーだ。

もともとは彼女に誘われて、

半ば強引に始めたものだった。

気づけば、続いていて。

気づけば、それなりに上手くいっていた。


大学に通って、

講義を受けて、

空いた時間に街に出て、

写真を撮る。


誰が見ても、きっと“充実している”生活。


ーーでも。

時々SNSが怖くなる。

通知音が鳴るたび、

心臓が跳ねる。

画面を見ているはずなのに、

画面から“見られている”気がする。


最初は、ただ楽しかったはずなのにーーー。

「ーーーねぇ!聞いてる」

「え?あ、あはは?」

笑顔で誤魔化す。

「もう、その感じだと

私の熱弁を聞いてなかったでしょ!

私の熱意返してよ!」

「あははごめんね。。。」

「じゃあお詫びに。。。

今度はここ行こ!

君の奢りで!

日程いつ空いてる?」


彼女が無邪気に言う。

いかにも女の子が好きそうなお店を画面で見せる。

彼女の情報網には驚かされるばかりだ。


「うーん。。。じゃあ今度の土曜日はどう?」

「えー、遠いよー!」

「まだ大学生だしね。

単位落としたら活動できなくなるし。」

「はー、真面目だなぁ。」


少しの沈黙。少し勇気を持って彼女に聞く。

「ねぇ、前みたいに一人で行かないの?」

「えぇー?

だって、一人で撮っても、

コメントでない事書かれるし、

二人の方が反応いいし。


何より。。。

二人で撮るのがすごい好きなんだよね。

いいねとか関係なしにね!」


彼女はふっと笑って、

さっきの投稿をもう一度見せる。


「そっか。。。」


私はそれ以上彼女に聞くことはできなかった。



二人で廊下を歩く。

少し周りからの視線が気になる。

「次の授業何?」

彼女は気にしていないのか、

いつも通りのトーンで話す。

「私はファッションデザイン論だね」

「はへー。。。

確かあれって難しいって有名じゃなかったっけ?」

「まぁ、この時間に他に面白そうなものがなかったからね。」


自分に嘘をつく。胸が少し痛む。


「じゃあ私を同じのとればよかったのに。。。」

「そう言って、私のノートを丸写ししたいだけでしょ!」

「あはは、バレたか。

おここでお別れかな?

それじゃ相棒!

ここでさよならだ。またラインするね!」

そんなに距離もないのに、

彼女は大袈裟に手を振り次の教室まで走っていく。


小さな台風みたいな人だ。

でも、それが羨ましいと思ってしまう。

彼女は彼女らしく生きている。


ーーじゃあ私は?

私は、私らしくいれてる?



「疲れた。。。」

土曜日の夜。

先日約束した店に行き、投稿を作成する。

時間を指定して、予約投稿。

『投稿時間も、バズるためには重要なのだ!』

彼女はそう言っていた。



そろそろだ。

この時間が、たまらなく嫌いだ。

受験の合格発表みたいな、

裁判所で判決を言い渡されるみたいな、

自分の行いが、

正しかったのかどうか。

突きつけられる時間。

鼓動が早くなる。



時間になった。

投稿は、もう上がっているはず。


ーーでも。


通知音が、鳴らない。

遅れてるだけ?


スマホを手に取る。

画面を開く。

投稿は、確かにそこにあった。


なのに。


「ない。」


いいねが、ひとつもない。


それだけじゃない。

共有も、コメントも何もない。


アイコンがあったところが真っ白であった。


「なに、これ。。。」


頭が真っ白になる。

エラー?バグ?

震える指で、公式のページを開く。

『一部機能の不具合により、現在いいね等の機能が停止しています。』


「あ。。。よかった。。。」


心から、そう思った。


ーー思った、はずなのに。


胸の奥に、小さな違和感が残る。


これ。


いつまで、続くんだろう。。。



「ねぇー!!昨日のアプリ見た!?」

いつもの学食。

彼女のテンションは、いつも通りだった。

「いいね機能消えちゃったよ!?

絶対、昨日の投稿も万いってたって〜。。。」

周りを見渡す。

あちこちで同じ話題が飛び交っている。

「こうやって見ると、

みんな結構気にしてるんだね」

「そりゃそうでしょ。

周りの反応ないとさ、

何のためにやってるか分かんなくなるもん。


それに!

人類はいいねを押すことその人の背中を押し、

いいねを押されることで前に進めるのだ!

そう!!いいねは人類の進化を促す超ツールなのだ!!」


なかなかのとんでも理論を展開する彼女をみて苦笑いで返す。


「不安じゃないの?」

「え?不安?」

「だって、投稿したのに反応が分からなくて。

こんな投稿に意味があるのかななんて。。。」


最後の方はほとんど声が出ていなかった。


「んー、そりゃちょっとは寂しいけど。。。

まぁ、そのうち戻るでしょ!」


彼女はいつも通りの調子で答えた。

そう、これは一時的なもの。


あの安息感も、この不安も。

——そう思っていた。



最初は。一日。一週間。

それでも戻らなかった。


気づけば、一か月が過ぎていた。


その間SNSも変わっていった。

明らかに投稿数が少なくなったのだ。


でも、気持ちは分かる。

投稿しても何も反応がない。


観客のいない演劇をしたような、

そんな虚しさが心に溜まる。


予約投稿の時間になった。

しかし、あの通知音はしなかった。

確かに、いいねに悩まされることは無くなった。



ベットに横になる。


ーーー時間が長く感じる。

自分のしたかったことってなんだたっけ?


こんな時ふと考えてしまう。


本棚に目がいく。

授業で使っている教科書。

「ファッションデザイン論」


——ああ、そうだ。

私、本当は——

・・・そのまま寝てしまった。



半年が過ぎた。

相変わらずいいね機能は戻らない。

SNSは企業の広告の投稿がほとんどだ。

数はかなり減ったが、

中には投稿を続けているアカウントがあった。

私たちのアカウントもその1つだ。


いいねがなくなっても、

私の活動は止めなかった。

——いや、止められなかった、

言う方が適切であった。



毎週のように彼女は私を連れていく。

いつもと変わらない笑顔で撮影に臨む。

彼女が行き先を示す。

私の腕を引っ張っていく。



私は止まりたかったのに。。。



不意に、手を払っていた。

「……え?」

彼女が、驚いた顔でこちらを見る。

自分でも、何をしたのか一瞬わからなかった。


「ごめんね、今日はちょっと体調悪いから帰るね」

自分でも驚くくらい、自然に嘘が出た。



——最低だ。

胸が痛む。



彼女と顔を合わせたのは2日後だった。

自己嫌悪に陥ってる時、

彼女からラインが来た。

「元気してるー?

明日よかったらお話ししない?

ここで私、待ってるからね。」


カフェの場所のリンクが送られる。

いつもと変わらない文章。


正直断ろうと思った。

彼女に合わせる顔がないと思っていたからだ。


でも、最後の一文。


「私、待ってるからね。」


彼女とは思えない一文。

いつも先にいく彼女が待っててくれる。



「よ!相棒!待ってたぜ!」


いつもの調子だった。少し心が軽くなる。


「ごめんね、前は急に帰っちゃって。。。

それに活動だって。。。」


「え?いいよいいよ!

私たちはインフルエンサーである前に

単なる女子大生だし!

お互い色々あるよね〜」


店員が来て、注文を伝える。

頼んだコーヒーが運ばれる。


「ここって落ち着くよね。結構気に入っているんだ。」


見覚えがある。


「ここって確か。。。」


「あ!覚えてくれた?そう!二人で初めて撮影したカフェだよ!」


「そうだよね、懐かしいね。」


「あの頃は、まだまだ未熟で、

何回も撮影し直して、文章考えて、大変だったよね。」


「それがここまで有名になれるなんてね。

私思ってもなかったよ。」


「私は君とならここまで来れると思ってたよ。

そしてその先も行けると信じてる。」


彼女が私の目を見る。

思わず目を逸らしてしまった。


しばしの静寂。時が止まったかと思う。



「ねぇ?君は、

この活動、辞めたい?」


「え?」


唐突な言葉。息がつまる。



「え?え?どうしたの?急に?」

「君のこと教えてくれる?」


彼女は優しい笑顔で語りかける。

問い詰めているというわけではない。

優しさを感じる。


「わ、私は続けたいって思ってるよ。

この活動も楽しいし、

君と色々なところが行けるし、

いろんな人が認めてくれるし、

それに、それに。。。」


目を合わせられない。心が痛む。


「ねぇ、私を見て?」


彼女の目を見る。優しい目だった。


「嘘ついているの分かるよ。

だってずっと近くで君のこと見てたもん。

君の本当の気持ち教えて」


口が震える。



「辞めたい。。。」



言ってしまった。

自分の中で何かが決壊した。


「辞めたい。辞めたいけど、辞めれないの!!」


感情が止まらない。


「最初は楽しかったんだよ!

誘われたのもすごい嬉しかった!

いろんなところに行ったし、撮った写真も私の大切な思い出だよ!


でも、辛かった。

自分を作ることも、世間に評価されるのもの。

いつ自分が世間から見捨てられるか分からなくて怖かった!



だってそうでしょう!

これがなくなったら、

私の存在価値がなくなるような気がして!

こんな。。。私に。。。価値なんて。。。なんもなくて」


声が途切れ途切れになる。涙が溢れる。

こんなに感情を吐き出したのはこれが初めてだ。



ふと頭を撫でられる。

「よしよし、よく教えてくれたね。」


撫でられるなんて何年ぶりだろう。

心が落ち着く。


「君はどうしてこの活動を続けれるの?」

涙ぐんだ声で聞いてしまう。


「私?」


彼女は座り直し、

いつものトーンではなく、

真剣でも優しい口調で答える。


「私はね。

自分の好きなものを、

いろんな人に広めたい。

ただそれだけなの。


可愛いものだったり、

美味しいものだったり。

自分で楽しむよりもいろんな人と共有したい。


だってそうすれば、

自分だけでなくて、

いろんな人が幸せになれるじゃない。


世界を救うとか、

そんな壮大な夢ではないけど、

自分の好きなもので幸せにしたい。

だから続けられるの。」


いつもの彼女からとは思えない回答。

思わず自分と比べてしまう。


「さすがだね。」

私とは違う、何もない私と違って。


「それに。君は何か勘違いしてる。

この活動が無くなったて、

何も残らない訳じゃないよ。」


「え?」


「デザインファッション論。

君は服が大好きだったよね。」


心を見透かされたようだった。


「なんで。。。知ってるの?」


「ほら、ここで撮影する前、

あまりにもダサかった私の服を見て、

すぐに腕を掴んで、

服屋さんに連れてってくれたじゃん。


その時は凄かったからね。


私の知らない言葉が連発して、

何十着も試着して。


ほら、今までの撮影の時、

服のことになると別人になってたよね。」


恥ずかしい、別の意味で鼓動が早くなる。


「最初に君を選んだのも、

素敵な服を着ていて目を離せなかったから。

彼女しか私の相棒はいない!そう思ったね。」


顔が熱くなるのを感じる。

でも。。。


「どんだけ服が好きでも、世間に認められなきゃ意味なんてないし。。。」



「そんなことないよ。」

彼女が切り返す。


「自分の好きなことに熱中すること。

これが生きていく上で最も大切なことだと思うよ。


自分で自分でいいねを押せる。

そんな生き方の方が、

よっぽど価値があると思うよ。

それにほら!」


彼女が過去の投稿欄のコメント欄を見せる

『この服かわいい!』

『センスが合いすぎて尊い!』


「君の好きは世間に認められてるよ。」


コメントなんで怖くて見れなかった。

さっきとは違う涙が溢れる。



家に着く。


『じゃあ、答えが出たらまた教えて、

いい返事を期待してるよ。』


そう言って彼女と別れた。


『自分に自分でいいねをつける。』

『何も残らないなんてことはないよ。』


彼女の言葉を思い出す。


心が静かに熱くなるのを感じる。



「私は。。。」



「待って!!」


いつもの校内、彼女の後ろ姿に声をかける。


「よ!相棒!答えはもう出たのかな?」

いつもの調子で彼女が振り返る。


周りの視線を感じる。

私たちの正体に気づいている人もいる。

話し声も聞こえる。


それでも、私は彼女に歩み寄る。

彼女の瞳だけをまっすぐ見つめる。

周りの声が聞こえなくなる。


そして、



「ごめん、私この活動やめる。」


周りがざわつく。でも関係ない。



「いい返事だ。君ならそう言うと思ったよ。」


笑顔で彼女は答えてくれる。


「本当にごめんね。

あなたのおかげでここまで来れたのに、

それを裏切るような、

私って最低だよね」


涙は出さない、と決めていたのに、

やっぱり我慢ができない。

声が震える。


その時、彼女が抱きしめてくれる。


「いいの、いいんだよ。

今まで本当にありがとう。


君が悩んで苦しんで決めた人生だもん。

今の君ならきっとどこまでも行ける。

私信じているから。」

彼女の声も震えていた。



その後、私と彼女と今後の活動について

動画で報告した。


私が脱退すること、

活動自体は一人で進めていくこと。


SNS相変わらず反応はなかったが、


きっと、

私たちの思いは届いているだろう。



私はスマホを開く。

新しくアカウントを作る。

名前も、肩書きも、全部シンプルに。


ただ一言だけ書いた。


「好きな服を、好きなだけ」


いいねはない。


でも、それでいい。


そして、私は机に向かい夢に向かう。

いつか、彼女に最高の服を贈るために。


『自分の人生にいいねしました!』


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