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2 ステータスウィンドウについて

「……なあ、ダンよ。俺は夢でも見ているのかい?」


「どうだろう。相棒もゴブリンに襲われている馬車と見ぐるみを剥がされそうなご婦人が見えているのかい?」


 魔王の居城からまだ半日の林道で何故護衛も付けずに馬車が走っているのか。

 これほど瘴気が濃密な森に何故ただのゴブリンが沸いているのか。

 ゴブリンに組み伏せられているにしては女性の叫び声が平坦ではないか。そもそも悲鳴ってこんな棒読みで良いんだろうか。

 あまりにも不自然なこの状況を目前にして、良き魔剣ならば主人に警戒を促したであろう。


「やっぱりそうだよな?!襲われてるのって女の子だよな?!」


 しかしダンは、魔王征伐を成し遂げた時より100倍は両目を輝かせているキムラを諌めるほど無粋にはなれなかった。


「ふっ。何を隠れているんだ、早く助けに行ってやりなよ、相棒!」


「よ、よぉし!」


 腕を鳴らしながら大股で横転した馬車に向かってズカズカと進みながら、奇声をあげて襲いくるゴブリン達を蹴り飛ばしていく。

 劣勢を悟るとすぐ戦意を喪失するゴブリンが、今日はやけに果敢に立ち向かってくるのは何故だろう。

 キムラの脳裏を横切る些細な疑問は、馬車のそばでうずくまる女性と目があった瞬間、霧散していった。


「だ、だ大丈夫ですか?」


 もはや原型を留めないドレスをから溢れそうなたわわを押さえる女性は、意外にも平静を保っていた。

 ドレスの裂け目から覗く四肢があまりにも筋肉質なのは、きっと魔王城近くに住んでいるからだろう。最寄りの村の連中達も結構ガタイがよかった。


「あの、まずはこれを……」


 こちらをまっすぐに見つめる潤んだ灰色の双眸から、咄嗟に目を逸らして羽織っていた外套を差し出す。


「ありがとう、ございます」


 鈴のように透き通った女性の、いや、少女の声は、少しだけ震えていた。

 ゴブリンに襲われていた時よりも震えが酷くなっているのは、安心してさきほどの恐怖が蘇って来たからだろう。或いは単にドレスが裂けて寒かったのかも知れない。


「えっと。その、キムラです。よろしく」


「えっ、あっ、カイナです」


(おいおい頼むぜ相棒、こんな所で自己紹介してどうすんだ。まずは森を出ないと)


 ダンの声が脳裏に響く。魔剣とその主人は声を出さずとも意思疎通が出来るのだが、ダンは普段声を出したがる。


(そうだ、森で夜を越すのは危ない。まずはここを出ないと)


「あ、あのぉ」


 心配そうにこちらを覗き込むカイナに、なるべく落ち着いた声で話しかける。


「荷物をまとめて下さい、日が暮れる前に森を出ます」


「それなら既に奪われてしまいました……盗賊に襲われた矢先にゴブリンが現れたのです」


「そうでしたか……では行きましょう。留まっては危険です」


 まるで予め用意されたかのようなポーチを馬車の残骸から取り出し、カイナが背後から付いて来る。


(ダンよ、遂にヒロインが登場したぞ。今度こそ、今度こそ俺はやらかさないっ。ハーレムへの第一歩を、踏み出すんだ)


(……ああ、頑張れよ。応援してるぜ)


 1日の疲れが溜まったのか、我が愛剣の激励の言葉は、何故か妙によそよそしかった。



 *



「そうですか……それは大変でしたね」


 それはただの、脂肪の塊のはずであった。


「はい、盗賊は南東の製材所に居を構えて周辺の住民を脅かしています。父の形見を取り戻して頂けるなら相応のお礼は用意します」


 なのに何故、俺の視線はその二つの半球に惹きつけられてしまうのだろうか。

 お礼という言葉と共に、少しだけ肌着をはだけさせたのは、つまりそういう方向の()()も期待しても良いということなのだろうか。


「乳の形見……ねぇ」


 情熱的なヒロイン……良いじゃないか。大変結構じゃないか。


「お願い、できますでしょうか」


 ずいっと、少女はこちらに身を乗り出してくる。上目遣いの破壊力、そして見下ろしてこそ実感できるこの谷間の奥深さ。


「喜んで」


 前かがみのまま立ち上がる理由は、どうか聞かないで欲しい。


(相棒……少しは自重というものをだな)


 軽く膝を曲げ、勢いよく跳躍する。地面が踏み固められ、砕ける音と感触。続いて風切り音と下方へ置き去りにされる景色。


(南東ってどっちだっけ)


 少々(りき)んだだけの跳躍が、地平線が僅かに丸みを帯びるほどの高度へと自分を押し上げてくれる。


(ちょうど真後ろ。まっすぐ飛んで森の中に拓けた土地が見えたらそれが製材所だぜ)


 上空の強風のせいでなかなか声が通らない。二人きりでも念話を使うのは、この時くらいだろう。


「真後ろだな?よし……」


 強烈な加速が収まり始めたタイミングで、キムラは自分にしか聞こえぬ声で小さく唱える。


「ステータス」


 眼前には幾度となく確認した自分の情報が数値化されて記されただけの、黒い画面が現れる。

 では何故、このタイミングでステータス画面を開くのか。


  ガッ


 半ば宙返りした靴底が、ただの視覚インターフェイスであるステータスウィンドウを、まるで足場の様にがっしりと踏み締めた。


「よっ……と!」


 画面を思い切り蹴り離し、爆発的な推力を獲る。

 緩い地面と違い、ステータス画面は消滅するまで召喚した位置から決して動かず、力をどれだけ込めても壊れはしない。


 ヴォンッ


 音の壁を突破した合図、ソニックブームと共に空を裂き、キムラは彗星の如く飛翔する。


(最初はただのオマケだと思ったけど、案外便利なもんだよな)


 自身のステータスを表示する画面に触れられる。そして触れている間のみ、画面に質量を持たせられる。

 これが勇者にも見せていない俺の()()()()


(いやいや、事あるごとに披露してただろ。特に女性陣には)


 相手にされなかっただけで。までは言わなかったのは、ダンなりの優しさである。


(俺にしか見えないんだもん……あと勝手に心を読むんじゃない)


(あっ、おい相棒、あそこ!)


 ダンデライオンの完全無害な切先が指す方に顔を向ける。

 魔王城を囲む様に鬱蒼と覆い茂る大森林。その中で一箇所だけ、不自然に四方形に拓けた土地を目尻に捉える。

 両手を広げ、進路を転換しつつ減速する。飛翔とは言ったものの、やっている事はただ空中で足場を蹴っているだけなので、優雅な着陸など期待できはしない。


(()()()はやめておけよ。『乳』の形見まで吹き飛んじまうぜ?)


(わーってるよ)


 そのまま失速しつつ、製材所目掛けて自由落下する。運動神経がいい奴なら華麗に足から着地するのだろうが、俺はもう()()に慣れてしまった。


「よーし。ヒロインとの邂逅を祝って、派手に行こうじゃないか!」



 *



 魔族との戦争を主導した第四帝国は、勇者一行によって魔族の手から解放されたばかりの村々を間髪置かずに支配下に置いた。

 群青の制服を纏った帝国軍警は、治安維持と戦費確保を名目に魔族の支配以上に過酷な徴発を繰り返し、『赤鬼が去って青鬼が来た』なんて皮肉まで流行るようになった。


「姉貴、どう切り詰めても食料は持ってあと2日だ。それにガキと年寄りが瘴気にやられ始めてる」


 五日前、それは起こるべくして起きた。

 隣村から逃れてきた老夫婦から、勇者一行の到来が告げられた。しかし言葉から一糸の喜びも込められていなかった。


「一方的な殺戮だった。黒髪の男が雑草でも刈るように魔族の精鋭を薙ぎ倒し、その後複雑な顔をした勇者様と二人の姫君がやってきた」


 そしてなけなし食料で設けた歓迎の宴が終わり、勇者達が去るのを見計らったかのように、帝国の悪鬼共が列を成して村に雪崩れ込んできた。


「食糧庫と厩舎がまず占領された。生きるための食糧、逃げるための移動手段を真っ先に取り上げられたんだ」


 そして村のまとめ役が処刑され、農具と武器徴発が始まった。少しの食糧と引き換えに、村民達は抵抗のための武器まで手放す羽目になった。


「そうなったら最後、飼い主に見捨てられた家畜のように、囲いの中で身動きも取れずゆっくりと餓死するだけだ」


 逃げるなら、黒髪の男が仕事を済ませた後、勇者が来る前。そう言い残し、老夫婦は村外に隠して徴発を逃れた馬車に乗って、東の方へと去っていった。


「逃げろって、これ以上どこに行けというんだっ」


 苛立ちと無力感、そして空腹が齎らす虚脱が相まって、ライミは湿った泥の上に座り込んだ。


「あ、姉貴!大丈夫かよ?!」


「大声を出すんじゃないよ、()()に気付かれたらどうするんだ」


 どうにか遺棄された製材所まで辿り着いたのが18人。まともに動ける若い衆は弟のライクを含めて8人、残りは食料を食い潰すだけのお荷物。


「こうなったら動ける連中だけでも南へ……」


「な、なんだよ、ラウルの爺ちゃん達を捨ててくのかよ?!」


「……良いんじゃ。自分らのことはよく分かっておる。どの道瘴気にやられてもう助からん」


 もはや起き上がる気力もない老人たちは、枯れ枝の様な腕を震わせながら、自分たちの寝そべる藁の中から何かを取り出す。


「……!これ」


 カサカサに乾いた、平たいパンの束が、皮と骨しか残らぬ両手から差し出される。


「子供達の分は勘弁しておくれ、ひもじいまま死なせるのは、あまりに忍びない」


 老人達6人分のパンが、丁度3日分。


「爺ちゃん……ラモンさん……」


「ここに着いた日から何も食ってねぇのかよ?!」


 手渡された砂利混ざりのパンは、これから死にゆく者達が残した最後の温もりを宿したかのように、仄かに暖かかった。


「うっ、うぅ……!ごめんなさいっ、ありがとうっ!」


 喉から絞り出せた言葉は、この二つだけであった。

 切り捨てようとした者達から向けられる無私の善意に対する罪悪感。このパンで数日の猶予ができるという安堵。

 悲哀と希望が入り交じる胸中を表せる言葉を、浅学なライミは持ち合わせていなかった。


「ライク、動ける人たちを集めて、魔王城へ向かうよ」


「な、何言ってんだよ姉貴!死にに行く様なもんだぞ!」


「手持ちの食料で辿り着けるのは私達の村か、魔王城だけ。既に第四帝国の手に渡った村か、私達を管理していた魔王様の居城。この二択だけよ」


「少なくとも、生きる事は許されていたじゃないか……!」


「あー、すまん。魔王もう死んでるぞ?」


 聞き覚えのない声に、姉弟は咄嗟に振り返り、山刀を抜き放つ。

 いや、聞き覚えは、ある。


「盗賊……にしては貧相な奴らだな。誰だお前ら?」


「姉貴、こいつは」


 駐屯していた魔王の精兵を一撃で壊滅に追い込んだ大魔法を唱えた声を、忘れる筈がない。

 星が堕ちる前、天上より響き渡った、気怠げに間延びした「()()()」の一言を。


「勇者の露払い……!!」



カイナメモ

キムラ、胸か尻かで言えば、胸派。

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