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1 主人公になろう

 まず初めに、不遇なスタートが必要だ。

 パーティから追放されたり、仲間に裏切られたり。雑魚モンスターから人生を始めたり、ステータスが底抜けて低かったり。


「……死んだよな?これで終わりなんだよな?」


 次は強さ。

 実は途轍もない力をその身に秘めていたり、鑑定してみると世界の摂理を塗り替えかねないチートをその身に宿していたり。

 最初からそれを開示しないと尚良しだ。自分を捨てた連中が後悔するところは見ものである。


「う、うん。これが魔王で間違いないよ、あっ、です!間違いないです、キムラさん!」


 それから性格も重要。

 冷静沈着で、理知的で、そして身内に対しては善良。

 そして自己肯定感の低さも大事。所謂「俺、また何かやっちゃいましたか?」が良い例だろう。


「ふぅ……。これで旅も終わりですね、勇者様……」


 最後に、ハーレム適性だ。

 魅力的な女性に、とにかくモテる。死ぬほどモテる。

 モテるだけならまだしも、本人はそれに気付かない、気付いても本妻を選ばずハーレムの均衡を保つ度量が必須。


「あ、あぁ。今回もキムラさんの独壇場だったな。これからどうしようか」


 賢明な読者諸君はもうお気付きだろうが、俺が語っているのは、『なろう主人公』の条件だ。


「……。みんなは首級を首都に持ち帰ってくれ。役目はこれで果たしたし、ここから俺は一人で行くよ」


 俺が成れなかった、なろう系異世界の、主人公だ。


「……!!そ、そうか!分かったよ、今までありがとう、キムラさん!さあ行こう二人とも、凱旋だ!」


「「はいっ!!」」


 *


 俺は転生トラックの運転手だった。轢いた奴を異世界送りにできる例のトラックのことだ。

 働き過ぎて過労で死んだと思ったら自分まで異世界に飛ばされたって訳だ。


「おいおい本当にいっちまったぞ」


 胸ポケットに収まっていた俺の魔剣が顔を出す。


「……少しくらいは名残惜しそうにしてくれよ。一年は苦楽を共にしてきた戦友なんだからさ」


 俺が抜けた途端に会話が弾み出した勇者一行を見送りながら、ボソリと呟く。


「苦楽って、四天王も裏切った将軍も非人類大連合も全部片手で捻っちまったんだし苦労もクソもないだろ」


 小生意気な話し相手にして我が盟約の魔剣、餐剣ダンデライオン。側から見たらただの喋るバターナイフだが、侮ることなかれ。

 外見に騙され、こいつを選ばなかった勇者達が後悔するような秘められた力が、この小さなバターナイフには。


「おいそんなに見るなよ、照れるじゃねぇか///」


 無い。こいつはただの、喋るバターナイフだ。秘めた力もここぞという時に発動する特殊能力もない。バター程度なら切れる、お子様が手に取っても危なくない豪奢なナマクラ。


「一番しょぼい奴が実は最強だったなんて深読みしなけりゃなぁ」


 魔剣だなんて呼ばれているが、他の七本を鍛造する時に余った端材が勿体無くてついでに作られただけの、極上素材のカラトリーだ。


「おいおいまたその話かよ、選んじまったもんはしょうがないだろ?それに剣なんかいらねぇだろ、お前」


 まあ、カラトリーとして様々な有力者の家を渡り歩いただけあって知識は豊富で色々と便利なのは認めよう。


「はぁ。『俺は一人で行くよ』とか変にカッコ付けちゃったけど、これからどうしようか」


「昔来た時に比べると入った部屋数が少ない気がするんだよな。どこかに隠し部屋が残ってるかも」


 魔物の死骸が散乱する魔王城をあてもなく散策したり、隠し部屋や取り忘れた宝を探していると、ダン(我が魔剣の愛称)が何かを思い出したかのように口を開いた。


「思い出したぜ、確か地下牢以外にも一個地下室があったんだよ。入ったことはないが重そうな箱が下に運ばれていくのを見たことがある」


「デカしたぞ我が愛剣、大体どこらへんにあるか見当はつくか?」


 ダンの指南の元、床板をひっぺがす勢いで王座の間を調べ尽くした結果。王座の真下、幾重にも重ねられた幻影の魔法に守られた階段が姿を現した。


「助かった〜。分け前の話すんの忘れてたからこの先の金策をどうしようか考えてた所だったんだよ」


「こんな隠され方をしてんだ、きっとなんかすげぇ宝が眠ってる筈だぜ?若しくは……」


 仕掛けられた即死級の罠を真正面から弾き飛ばしながら階段を降りると、そこは貯蔵室のような場所であった。高級そうな醸造酒の樽と山積みの保存用糧食。だが目当ての金銀財宝の類は見当たらなかった。


「はぁ。まあ、魔王秘蔵の酒にあり付けるだけマシか」


 ふてくされてそこら辺の葡萄酒をラッパ飲みし始めた俺の横で、ダンは何かに気付いた様子だった。


「……なんか居るぞ。相棒」


 俺が意識を向けるより先に、それは酒樽の陰から突然躍り出た。


「ギィイィ!!」


 それは毒々しい模様のついた、巨大な芋虫であった。ヤツメウナギのような口から涎を垂らしながら、威嚇するような声を発している。


「お?なんだこいつ」


 流石は魔王が秘蔵の品、あまり洋酒の味が分からない俺でも、何となくすごくうまい様な気がしなくもない。

 騒音を撒き散らす目の前の虫ケラが気にならなくなる程度に、この酒は口に合った。


「ギッ、ギィギ?ギンギイィィ!」


「あれ、この言葉なんか聞き覚えがあるぞ?何だっけな」


「喋ってんのかこいつ。しっかし何でこんな地下に隠れてたんだろうな」


 魔王の玉座の真下に秘匿された、何年分もの水と食料が蓄えられた空間に居る一匹の魔物。

 正直な所、魔王の娘みたいなのが閉じ込められているのを期待していた節はあった。

 彼女と共に今度は魔王国再建の旅、みたいな展開も期待はしていた。


「ギ!ギギギィッ!!」


 言葉が分からなくても、この魔物から滲み出る悲壮感と憤怒はビリビリと肌に伝わる。魔王のそれに似た波動を感じる。


「しかしなぁ、流石にイモムシと二人旅ってのは絵面としてどうなんだよ。それに言葉が伝わらないんじゃなぁ」


「あ!そうだ、確か九色蝶の女王が似た様な……」


「ギィィギッッアァ!!!」


 ついに痺れを切らしたのか、全身に濃密な魔力を纏わせたイモムシはその丸っこい体つきからは想像だにできない速度で、こちら目掛けて突進した。

 魔力を振り絞り全てをかけたこの一撃をまともに受けたら、勇者ですら致命傷を負いかねない。

 追い詰められた者が発揮する底力を侮ると痛い目を見ることは、この一年で十分に経験してきた。だから。


「うおっ、気持ちわり」


 パンッ


 蠅でも払うかのように、高濃度の魔力塊化したイモムシを、はたき落とす。


「ヘギッ」


 ビチァンッ


 ベクトルをずらされた推進力と、異世界転移が齎した無欠の肉体と無尽の膂力。

 これらによって石壁に叩きつけられたイモムシの中身は、不快な湿った音を立てて当たり一帯に撒き散らされた。


「あ〜……」


「魔王の息子かなんかだったんだろ。何はともあれ、収穫はあったな」


 イモムシの肉片で汚れた鎧を拭きながら残りに酒を煽っていると、何かバツの悪そうなダンが俺の肩をつっついた。


「これは、その……不幸な行き違いだ。気づかなかったオレにも責任はある。だから一応伝えておこうと思ってな、あいつから聞き取れた言葉を」


「……何の話?」


「九色蝶の言葉で『透明の虫』、『後ろ、王子が逃げる』こんなニュアンスだ」


 冷たいものが背筋を滑り落ちる感覚と共にばっと振り返る。背後にある埃の被った階段には、自分のもの以外の、小さな足跡が上階へと続いている。


「ま、待てよおかしいだろ。何でこいつ、魔族の王子を俺たちに売ろうとするんだよ。それも同じ虫族の……あっ」


「半年前、何か話をしたそうにしていたけど可愛くて情が湧くからってさっさと殴り殺した四天王の一人。九色蝶の女王」


 確か娘を人質に取られて仕方なく魔王側についてる、とか言っていた様な。


「人間側だったのか……こいつ」


 樽から転がり落ちた酒瓶が割れる音がする。


「……多分な。九色蝶の成虫って翅生えた美男美女ばかりだろ?人間って美しいものには寛容だからさ」


 ヒクヒクと痙攣する虜囚の肉塊と、逃げ仰た魔王子の足跡を交互に数回眺めた後、俺は静かに両手で顔を覆ってその場でうずくまった。


「ダンよぉ」


 指の隙間から漏れ出るくぐもった声は、断じて魔王殺しの英雄のそれではなかった。

 短慮で狭量で、余計な事ばかりを言って事後に後悔する、弱者男性のそれに他ならなかった。


「……ああ」


 これ以上キムラが傷付かないためにも、ダンはこの件についてこれ以上触れないでいようと心に誓った。

 あのイモムシが美少女になって初のハーレム要員になった可能性についても……


「俺、またやらかしちまった……」

イモムシの発言の翻訳


「王子よ、この期に及んで見苦しいぞ!」


「おお!お主が魔王を下した勇者殿か?!魔王子がこの地下にいるのだ、痕跡が分かる。禍根を断つ協力を頼む!」


「ちっ、言葉が通じぬとは。あっ、待て、後ろだ、姿は見えぬが階段を登っておるぞ!!」


「ええい!もう間に合わぬ、道を開けよ!!」


「なん……で」

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