嘆きの果て
アハヌは、何も言わない。ただ空を裂くように飛び、エルザを導く。
その日もまた、エルザは疲れ切った身体を引きずりながら、その影を追っていた。
もうずっと走り回っている。襲撃をとめるために。
それでも、BLACKWOLFから離反するものは多く。頻繁に、街が襲われ、キャラバンが襲われ、列車も襲われていた。
乾いた風が頬を打つ。息は浅く、重い。祈りを繰り返しすぎたせいか、胸の奥が焼けるように痛んでいた。
「……まだ、行くの?」
問いかけても、アハヌは振り返らない。ただ一声、鋭く鳴いた。
――来い。
そう言われた気がして、エルザは歯を食いしばり、歩を進める。
やがて見えてきたのは、煙だった。
街が燃えている。
銃声が、途切れることなく響いていた。
エルザは息を呑む。
「……また……」
アハヌはそのまま、上空を旋回した。
エルザは走り出す。
街が襲撃されている。
だが――その光景は、これまでとは違っていた。
「……え……?」
PN同士で撃ち合っていた。
街の人達も襲撃してくる者を必死に撃っていた。
もう一方では同じ装束、同じ言葉を叫びながら、互いに銃を向けている。
その中心に――
「やめろ!!」
黒い衣を纏った男がいた。
BLACKWOLF。
彼は仲間に向かって叫んでいた。
「神の意思に従え!! もう血は十分だ!!」
だが、返ってきたのは怒号だった。
「黙れ!! 腰抜けが!!」 「裏切り者め!!」 「ケムルに媚びる犬が!!」
罵声と共に銃声が走る。
BLACKWOLFの周囲にいた者たちも応戦する。
混戦だった。
誰が敵で誰が味方か、もはや判別できない。
その間にも、街の住民が倒れていく。
PNも、CIも関係なく。
血が、土を濡らしていく。
「……なんで……」
エルザは立ち尽くす。
理解が追いつかない。
同族同士で殺し合う理由も、止められない理由も。
ただ一つ、胸にあったのは――
やめてほしい。
それだけだった。
「……もう……やめて……」
その声は、誰にも届かない。
銃声がかき消す。
悲鳴が覆い尽くす。
だからエルザは――ライフルを構えた。
震える手で、弾を装填する。
呪文を、呟く。
「……お願い……」
祈りだった。
怒りでも、憎しみでもない。
ただ――止めたいという願い。
引き金を引く。
乾いた銃声。
閃光と共に放たれた魔弾は、撃ち合う者たちの銃に触れた瞬間――
銃が、バラバラと崩れていく。銃身が引鉄が弾倉が次々と分解されていく。そしてそれは二度と元には戻らない。
「……なっ……!?」
「銃が……壊れていく……!?」
動揺が走る。
エルザは続けて撃つ。
一発、二発、三発――
次々と銃がバラバラになっていく。
BLACKWOLFの仲間も、襲撃団も、街の人間も関係なく。
すべての銃がバラバラになっていく。
やめてほしい。
ただそれだけの願いを込めて。
やがて、銃声は止んだ。
静寂が訪れる。
――はずだった。
「……なら、これで殺すまでだ!!」
一人の男がナイフを抜いた。
それを合図にするように、他の者たちも刃を手にする。
再び、殺し合いが始まろうとする。
「……なんで……」
エルザの中で、何かが切れた。そして何かが生まれた。
膝が崩れる。地面に手をつく。吐き気が込み上げる。
心が――壊れそうだった。
怒りも、悲しみも、憎しみも、すべてが混ざり合い、どろどろとした何かになって、内側から溢れ出そうとしていた。
――もういい。
――全部壊してしまえ。
どこかで、そんな声がした。
その瞬間。
胸元が、淡く光った。
エルザは息を止める。
コートの内側。
そこにある、小さな石。
伯爵から託された魔力石。
代々受け継がれてきた、魔力の結晶。
それが――脈打つように光っていた。
鼓動のように。
まるで、生きているかのように
「お前が壊れることは許されない…」
誰かの声がした。
みるみるエルザの顔が変わっていった。
赤黒い瞳と同じ顔色。
髪は真赤に。
目はそれはとても人の目とは思えない。
エルザは何かになっていく。
高位の呪術師のエルザにさえどうすることもできないなにかに。
魔力石が赤く燃えるように熱くなる。
「さあ!私が代わってやろう…おまえは見てるがいい!」
その声はエルザの声ではなかった。その声は両手にリボルバーを握り、ナイフを振りかざし戦っている者達に近づいていく。
そして、乾いた音。男の手を撃ち抜く。
そして次。
脚を撃つ。
別の男が倒れる。
さらに、もう一人。
正確に。
迷いなく。
手、足、肩――急所を外し、戦う力だけを奪っていく。 その精度は異様だった。まるで最初からそこに当てると決めていたかのように。
だがその顔は――笑っていた。楽しんでいた。
そうやってゆっくりあたりを歩きながら、次々と撃っていた。
笑いながら撃つ。
撃つたびに、人が倒れる。
その場は、沈黙に近づいていく。
誰も立っていられなくなるまで。
BLACKWOLFはその光景を、そしてエルザじっとみていた。
その目は希望が失われた悲しみと嘆きが微かに表れていた。
そして去っていった。
やがて――
静寂が訪れた。
風の音だけが残る。
エルザは、立ち尽くしていた。
周囲には、うめき声を上げる人々。
自分が撃った者たち。
エルザは元のエルザに戻っていた。
「……あ……」
手が震える。
呼吸が乱れる。
ようやく、我に返る。
「……私……」
その時、自分がやったことには初めて気がついた。
その場に崩れ落ちそうになる。
そのとき――
ふわり、と影が落ちた。
アハヌだった。
エルザの肩に止まる。
一声、静かに鳴く。
その声は、叱責でも慰めでもなかった。
ただ――
ここを離れろ、と。
そう言っているようだった。
エルザは、ゆっくりと顔を上げる。
まだ息のある者たち。
苦しむ者たち。
その光景から目を逸らしきれず、それでも――
立ち上がる。
足取りは重い。
視線は虚ろだった。
アハヌが飛び立つ。
その後を、エルザはのろのろと追った。
背後に残るのは、消えない呻き声。
エルザは振り返らなかった。
もう――振り返れなかった。




