駐屯地にて
乾いた風が、駐屯地の外壁に沿って吹き抜けていた。
エルザは、その門の前に立っていた。
黒いマント。背に短銃身のライフル。腰には二丁のリボルバー。赤黒い瞳が、門の奥をじっと見つめている。
「――止まれ」
衛兵が銃を構える。
「ここは軍の駐屯地だ。用件は」
「……パトリックに会いたい」
短く、それだけ言う。
衛兵は顔をしかめた。
「名も名乗らない者を通すわけにはいかない。それに――」
視線がエルザの肌に走る。刻まれた紋様、黒い三日月。
「PNだな。なおさらだ。帰れ」
冷たい拒絶だった。
銃口はわずかに下げられたが、警戒は解かれない。
エルザは、それ以上何も言わなかった。
ただ――門の前に立っていた。
時間だけが過ぎていく。
太陽が傾き、影が伸びる。
行き交う兵士たちが、奇妙なものを見るように座り込んでいるエルザを見た。中には露骨に嫌悪を示す者もいる。
それでもエルザは動かなかった。
まるでそこに根を張ったかのように。
駐屯地の士官室。
パトリックはタバコをゆっくりとくわえる。
そこへ二人の士官が笑いながら入ってくる。
「門の前まだいるぞ(笑)彼でも待ってるのか?(笑)」
「そうだとしたら、彼を懲らしめに来たんだな(笑)ライフルにリボルバーだからな(笑)」
その士官の話しに思わずパトリックは聞き耳を立てた。
(まさかな…)
パトリックは門が見える廊下の窓まで来た。
(やっぱりか…)
座り込んでいるエルザの前に人影が立った。
「やっぱりあんたか…」
パトリックだった。
呆れたような、しかしどこか安堵したような顔でエルザに歩み寄る。
「通してやれ」
パトリックは衛兵に命じる。
「大丈夫だ。ただの知り合いだ。」
衛兵は一瞬ためらったが、やがて門を開けた。
エルザは無言のまま中へ入る。
「おっと、背中と腰のものはここに預けてくれ。いいか?」
エルザはライフルと二丁のリボルバーを外す。
「すごいな…」
衛兵はそれを預かりながら驚く。
「言っとくけど彼女はお前より射撃の腕は上だぞ…おまけにナイフと格闘の達人たからな。大人しく大切に預かっていてくれ。どうなるかわからんぞ。」
パトリックは軽口をたたいてエルザを連れていった。
「ここで話しをしよう」
パトリックは建物に入る前で止まっていった。
エルザはようやく口を開いた。
「……お願いがある」
「だろうな」
苦笑するパトリック。
「それで?」
腕を組み、静かに問う。
エルザはまっすぐに見返した。
「もう一度……BLACKWOLFと話してほしい」
沈黙が落ちた。
パトリックは目を伏せ、小さく息を吐く。
「……遅い」
はっきりと言った。
「もう、遅いんだ」
エルザの表情がわずかに揺れる。
「軍が動く。大部隊だ」
パトリックの声は低く、重い。
「被害が大きすぎる。村も、街も、列車も……誰もがやられてる」
「開拓民だけじゃない。商人も、労働者も、兵士も……いろんな立場の人間が巻き込まれてる」
顔を上げる。
「その連中の要請を、俺たちは無視できない」
「もう歯車は回り始めてる」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「あれは彼じゃない!」
エルザはパトリックの話しを遮った。
パトリックの顔は明らかに困ったやつだ、という顔だった、
「もう、命令が下りて、部隊が動いて、補給が組まれて……止められる段階はとっくに過ぎてる」
静かな断言だった。
「……止められないんだ」
エルザはしばらく何も言わなかった。
やがて、ぽつりと。
「……なら私が止める」
パトリックは眉をひそめる。
「は?」
「私が……止める」
繰り返す。
その声は小さいが、揺るぎはなかった。
「……意味がわからん」
正直な言葉だった。
「一人でどうにかできる話じゃない。わかってるだろ」
諭すように言う。
「お前が何をしてきたかは知ってる。でもな――」
言葉を切る。
「私が止めさせる。」
ただ、まっすぐパトリックを見つめていた。
だが、やがて首を振った。
「……やめておけ」
静かに言う。
「死ぬだけだ…あんたが呪術師か何かは知らないが…」
それ以上の言葉はなかった。
エルザはゆっくりと視線を外す。
そして背を向けた。
「おい――」
呼び止める声にも、振り返らない。
門へ向かう。
再び外へ。
乾いた風が、頬を撫でる。
エルザは立ち止まる。
空を見上げた。
「……アハヌ」
小さく呼ぶ。
次の瞬間――影が落ちた。
大きな翼。
アハヌが舞い降り、エルザの肩にとまる。
「……力を貸して」
囁くように言う。
「お願い……」
アハヌは、しばらくじっとエルザを見ていた。
そして――
一声、鳴く。
翼を広げ、飛び立った。
エルザの頭上を旋回する。
そして、ある方向へと一直線に飛んでいく。
「……そっちなのね」
エルザは呟く。
迷いはなかった。
馬に飛び乗る。
手綱を引く。
アハヌの飛ぶ先へ――
一直線に駆け出した。
砂埃を巻き上げながら。
もう、止まることはなかった。




