対話の終わり
風は乾いていた。
草原を渡るその風は、どこか焦げた匂いを運んでくる。
エルザは丘の上に立ち、遠くを見ていた。
その背後に、音もなく一人の男が現れる。
黒衣の戦士――BLACKWOLF。
荒野の山の中。
小さな谷の中央に、簡素な天幕が張られていた。
周囲には、距離を取って両陣営が控えている。
一方は、BLACKWOLFとその仲間たち。
もう一方は、エルザとパトリック達
パトリックは落ち着かない様子で帽子を直した。
「……本当に、俺でいいのか」
「神の意思だから…」
エルザはただ答えた。
対話は、静かに始まった。
「……まず確認したい」
パトリックが口を開く。
「昨日の襲撃は君達か?」
BLACKWOLFは首を横に振る。
「私ではない」
「だが実際に起きている」
「わかっている」
「どうして止めない…止められないのか?」
一瞬の沈黙。
風が草を揺らす音だけが響く。
BLACKWOLFは静かに言った。
「神の意思に従う者もあれば、従わない者もいる…襲撃は従わない者がやった」
パトリックの表情が変わる。
「つまり、統制が取れていないってことか」
「神の意思に従わない者がいる」
「……それで対話?」
苛立ちが、声に滲む。
「君は自分の仲間すら止められないのに、何を話し合うっていうんだ」
BLACKWOLFは動じない。
「それでも、神の意思は話し合いを望んでいる。」
「現場では人が死んでる。今もだ。君の“仲間”が撃ってる」
一歩、踏み出す。
「止められないなら、君も同じだ」
空気が張り詰める。
エルザが間に入る。
「……話しをしてください…」
「神は――」 BLACKWOLFが言いかけた。
「またそれか」
パトリックが遮った。
その声には明確な苛立ちがあった。
「神がどうとか、精霊がどうとか……」
「これは現実だ」
強く言い放つ。
「俺は軍人だ。祈りで弾は止まらない」
エルザの瞳が揺れる。
「神は対話を――」
BLACKWOLFがまた言いかけた
「神じゃない!」
パトリックが怒鳴る。
その声は、荒野に響いた。
「誰の意思だ、それは!」
沈黙。
エルザは答えられない。
(……私だ)
だが、それを口にすることはできなかった。
BLACKWOLFが静かに口を開く。
「私は戦は望まない」
「だが、土地は守る」
「それが神の意に反するならば――」
「関係ない」
パトリックは言い切った。
「君が何を信じようと自由だ。だが、撃たれた側はそれで納得しない」
視線を真っ直ぐ向ける。
「止められないなら、止めるだけだ…」
それは宣告だった。
エルザは何か言おうとした。
だが、言葉は出なかった。
三人の間に、決定的な亀裂が走る。
対話は、終わった。
数日後。
共和国防衛隊の最前線の駐屯地。
地図の上に、赤い線が引かれていく。
「目標はここだ」
士官が指し示す。
「BLACKWOLFの拠点と見られる集落」
ざわめきが起こる。
「包囲、制圧、必要に応じて殲滅」
冷たい声だった。
パトリックは黙って聞いていた。
拳を握りしめる。
(……これでいいのか)
だが、答えは出ない。
「オコンネル少尉」
名を呼ばれる。
「はい」
「貴官の小隊は先遣隊に編入される」
短い命令。
「了解しました」
その声に迷いはなかった。
だが――
心の中では、何かが軋んでいた。
同じ頃。
エルザは一人、荒野に立っていた。
風が吹く。
遠くで、鳥が鳴く。
(……私は間違えたんだ…)
小さく、呟く。
対話を望んだ。
だが、それは誰のためだったのか。
BLACKWOLFのためか。
パトリックのためか。
それとも――
自分のためか。
答えは出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
戦いは、止めなければならない。
大地の精霊はそう望んでいる。
大地は血を吸いすぎている。
これ以上は世界を壊す。
壊れた果てに何かがある。
それはあってはならないものだとエルザには感じ取れていた。
エルザはゆっくりとライフルを手に取る。
黒い月の刻まれた手が、引き金に触れる。
「とめるしかない…もう一度だけ…」
風が強く吹き抜けた。
それはまるで――
大地そのものが、これから流れる血を予感しているかのようだった。




