邂逅
荒野は、どこまでも乾いていた。
風が吹けば、砂は低く這い、音もなく流れていく。
空は高く、雲は遠く、まるで大地そのものが切り離されているかのようだった。
その只中に、エルザは立っていた。
黒のマント。それは砂塵で白くかすれていた。
腰には二丁のリボルバー。
背には短銃身のライフル。
そして、赤黒い瞳。
彼女はすでに知っていた。
来る、と。
——黒い狼が。
呪術によって、感じ取っていた。
風の流れでも、地の震えでもない。
もっと曖昧で、もっと確かなもの。
“意志”が、こちらへ向かってくる。
やがて、地平の向こうに影が現れた。
ひとつ。
馬に乗った、人影。
エルザはゆっくりとライフルを持ち上げた。
頬に当て、狙う。
揺れる蜃気楼の向こうで、影は確かにこちらへ近づいてくる。
撃てる距離。
だが——
引き金には、まだ指をかけない。
(……来る)
確信があった。
あれが、
BLACKWOLFだと。
影は、止まらない。
銃を向けられていることなど意にも介さず、
ただ真っ直ぐに、歩みを進める。
やがて輪郭がはっきりしていく。
黒い風に揺れる長い髪。
顔はまだはっきりとは見えない。
それでも——
エルザの胸の奥で、何かが鳴った。
夢で見た光景。
黒い狼。
銃口。
死。
(……この男)
距離が、縮まる。
いつでも撃てる距離。
馬の歩みが止まる。
BLACKWOLFはゆっくりと馬から降りた。
砂に足をつけ、静かに一歩前へ出る。
それでも、エルザは銃を下ろさない。
照準は、彼の胸を捉えたまま。
しばしの静寂。
風だけが、二人の間を通り過ぎていく。
——やがて。
BLACKWOLFは、ゆっくりと動いた。
その場に膝を折り、
さらに身体を低くし、地面に座る。
両手を前に置き、
指先を砂に触れさせる。
そして、深く頭を垂れた。
手を胸の前で合わせる。
それは、完全な礼。
戦士のそれではない。
呪術師に対する、
最大の敬意だった。
低く、静かな声が響く。
古い言葉。
大地に根差した響き。
エルザの故郷と同じ、
あの言葉。
——部族の言葉で、彼は語った。
高位の呪術師よ。
黒き月の印を持つ者よ。
大地と精霊に選ばれし者に、
我は頭を垂れる。
ここに来たることを許されたこと、
その導きに感謝する。
出会えたことを、
我が魂は歓びとする。
風が止んだように、世界が静まる。
エルザの指が、わずかに震えた。
その言葉は——
正しかった。
発音も、抑揚も、意味も。
まるで長く受け継がれてきた祈りのように、
一切の迷いがなかった。
(……本物だ)
ゆっくりと、エルザは息を吐いた。
ライフルの銃口を、わずかに下げる。
完全には下ろさない。
だが、敵意は消えていた。
エルザは静かに一歩前へ出る。
そして同じように、膝をついた。
大地に触れる。
指先に、乾いた砂の感触。
そのまま、頭を垂れる。
そして砂をひとつかみ。
それを空に投げる。
応える。
同じ言葉で。
同じ響きで。
高位の戦士よ。
黒き狼と呼ばれし者よ。
精霊の道を歩む者に、
我もまた礼を尽くす。
この出会いは偶然ではなく、
大地の導きによるもの。
我もまた、感謝を捧げる。
二人の間に、言葉が落ちた。
それは、銃でも、剣でもない。
祈りだった。
やがて、エルザは顔を上げ立ち上がる。
BLACKWOLFはまだひざまずいたまま。
ゆっくりと、BLACKWOLFを見る。
今度ははっきりと、その顔を見た。
夢で見た“狼”ではない。
だが——
どこかで、確かに重なっていた。
風が再び吹き始める。
荒野が、音を取り戻す。
二人は、向かい合う。
銃と、呪術。
復讐と、守る者。
交わるはずのなかった二つの道が、
いま、同じ場所に立っていた。
そして——
言葉が、始まろうとしていた。




