街で
乾いた風が街道の砂を運んでいた。
小さな街が見えてくる。
建物が並び、埃っぽい通りに人が行き交っている。
エルザは馬をゆっくりと歩かせながら街へ入った。
この街には必要なものを揃えるために来た。
弾薬。
乾燥肉。
薬草。
布。
旅は長い。
補給なしでは続かない。
通りを歩く人々の視線が集まる。
すぐに逸らされる視線。
あるいは露骨な警戒。
エルザは気にしない。
慣れていた。
店をいくつか回る。
最初の店。
扉を開けた瞬間、店主が顔をしかめた。
「帰ってくれ」
短い言葉だった。
「うちはそういう客には売らない」
エルザは何も言わない。
ただ扉を閉めた。
通りの向こう側で、それを見ている三人がいた。
パトリックと部下たちだった。
「……追いつきましたね」
部下の一人が言う。
パトリックは腕を組んだまま、面白そうに眺めている。
「静かに見てろ」
エルザは次の店へ入った。
そこでは露骨に嫌な顔をされた。
「何の用だ」
店主は腕を組んだまま言う。
「買い物」
エルザは短く答えた。
「うちは――」
エルザは黙って金貨を一枚、カウンターに置いた。
店主の言葉が止まる。
金貨を見つめる。
それからエルザを見る。
そして態度が一変した。
「……何をお求めで?」
エルザは必要な物を淡々と並べる。
店主は慌てて品物を集め始めた。
通りの向こうでパトリックの部下が顔をしかめる。
「ひどいですね…」
「金を見た瞬間あれか…」
もう一人が低く言う。
「胸糞悪い…」
パトリックは小さく笑った。
「まあ、世の中そんなもんだ…彼女もそれはわかってるさ…」
エルザは店を出る。
一瞬だけ視線を遠くに向けた。
パトリックたちの方向。
だが何も言わず歩き出す。
彼女はパトリック達に気づいていた。
ずっとあとを追ってきてることも。
それでも無視していた。
昼を過ぎた頃。
エルザは酒場へ入った。
木の扉を押すと、中のざわめきが少し止まる。
視線が集まる。
冷たい視線。
好奇の視線。
いつもの視線。
エルザは空いた席に座った。
女給が近づく。
表情は露骨に不機嫌だった。
「何?」
「食事」
エルザは金をテーブルに置く。
女給はそれを乱暴に掴み取った。
「待ってな」
吐き捨てるように言って去る。
離れたテーブルでは、パトリックたちが座っていた。
エルザから少し距離を取って。
部下が小声で言う。
「隊長」
「助けた方がいいんじゃ」
パトリックは酒を飲みながら言う。
「もう少し見てろ」
食事が運ばれてくる。
エルザは静かに食べ始める。
そのときだった。
椅子を引く音。
酔っぱらいが近づいてきた。
酒臭い男だった。
エルザのテーブルに手をつく。
「おい」
エルザは食べ続ける。
男は笑う。
「PNがまともな店に来るなよ」
周りの客がくすくす笑う。
「食事する資格もねえだろ」
エルザは無視する。
酔っぱらいはさらに調子に乗る。
「聞いてんのか」
テーブルを叩く。
「PNは犬みたいに外で食え」
パトリックの部下が立ちかける。
「隊長――」
パトリックは止める。
酔っぱらいはエルザの皿を手で払った。
皿は飛んでいった。
その瞬間。
エルザの足が動いた。
ドンッ
酔っぱらいの体が吹き飛ぶ。
椅子ごと倒れる。
酒場が一瞬静まり返る。
そして次の瞬間、怒号が上がる。
「やりやがった!」
酔っぱらいの仲間たちが立ち上がる。
ナイフが抜かれる。
「お前らなんてこれで十分だ!」
エルザも立ち上がる。
手にはいつの間にかナイフ。
男が斬りかかる。
エルザは半歩横へ。
男の手首を掴み、捻る。
ナイフが落ちる。
次の瞬間、柄で顎を打つ。
男が倒れる。
別の男が後ろから襲う。
エルザは振り向きざまにナイフを払う。
男の腕を切り裂く。
血が飛ぶ。
椅子が倒れ、テーブルが割れる。
酒場は完全な乱闘になった。
だが数分後。
床には男たちが転がっていた。
エルザは息を整える。
ナイフを拭いて鞘に戻す。
周りの客たちは唖然としていた。
パトリックの部下も同じだった。
「……今の見ました?」
「見た」
「なんですかあの動き…見たことない技でした…」
「達人じゃないか」
パトリックは楽しそうに笑う。
「面白い」
エルザは酒場を出た。
その背中に声がかかる。
「いいもの見せてもらったよ!」
パトリックだった。
エルザは振り向かない。
パトリックは袋を差し出す。
「礼だ。もらってくれ!」
「さっきの店で買ってきた。」
エルザは冷たく言う。
「無礼でしょ…」
パトリックは肩をすくめる。
「ただの礼だ…いいだろ。」
「さっきアイツラの方が無礼だろ…店主も酔っぱらいも」
エルザは黙る。
やがて金を取り出した。
パトリックに差し出す。
「払う」
「断るのは無礼」
パトリックは笑う。
「じゃあ受け取る」
金を受け取る。
エルザは何も言わず歩き出す。
その背中を見送りながら、部下が呟く。
「変わった人ですね…」
パトリックは笑った。
「PNで」
指を折りながら言う。
「旧大陸の貴族の娘」
「ナイフの達人」
「呪術師」
「しかもBLACKWOLFを追ってる」
部下たちが目を丸くする。
「……貴族の娘?」
パトリックは帽子を被り直した。
「面白い女だ」
そして言った。
「さあ」
「出発準備だ」
三人もまた、街を後にした。




