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形のないもの


村を発つ朝、霧が低く草原を覆っていた。

エルザは焚き火の跡を踏み越えながら歩き出す。

助けた村の人々は、まだ彼女を遠巻きに見ていた。

敬意と恐れが混ざった目だった。

その中の一人、白髪の老人が言った。

「この土地には、古い呪術師がいる」

エルザは立ち止まる。

「どこに?」

老人は遠くの丘を指さした。

「あの黒い森の奥だ」

「精霊の声を聞く男だ」

少し間を置いて、老人は続けた。

「BLACKWOLFのことも知っているかもしれない」

エルザは静かにうなずいた。

「ありがとう」

そして彼女は歩き出した。

森は静かだった。

風もほとんど吹かない。

古い木々が空を覆い、光は細い柱のように地面に落ちていた。

やがて、森の奥に小さな空き地が現れた。

中央には焚き火の跡。

周囲には石が並べられている。

そのそばに、一人の老人が座っていた。

目を閉じ、何かを感じ取るように。

エルザが近づくと、老人は目を開いた。

そして言った。

「来たか」

エルザは少し驚いた。

「私を知っているの?」

老人は首を振る。

「いや」

「だが、お前は見ていた」

エルザは黙った。

黒い森の空き地。

焚き火。

BLACKWOLF。

鳥の目を通して見た光景がよみがえる。

老人は静かに言う。

「彼も来た」

「そしてお前も見ていた」

エルザは小さくうなずいた。

「……わかっていたのね」

呪術師はうっすら笑った。

「精霊は嘘をつかない」

しばらく沈黙が流れた。

やがて呪術師が言う。

「それで」

「何を知りたい」

エルザは迷わず言った。

「BLACKWOLF」

焚き火の灰が風で少し舞う。

「彼は何者?」

呪術師はゆっくり空を見上げた。

木の枝の間から光が落ちている。

そして答えた。

「戦士だ」

短い言葉だった。

エルザは待つ。

呪術師は続けた。

「神と精霊の宿るこの土地を」

「守ろうとしている」

少し間を置き、

「それだけだ」

エルザは考える。

あの男の目。

鳥を見上げたときの鋭い視線。

(それだけ……?)

彼女は小さくつぶやいた。

「それだけの人には見えなかった」

呪術師はエルザをじっと見た。

深い目だった。

そして突然言った。

「では今度は私が聞こう」

エルザは顔を上げる。

「お前は何者だ」

エルザは一瞬言葉を失った。

「……旅人よ」

呪術師は首を振る。

「違う」

エルザは少し困ったように笑う。

「呪術師でもあるわ」

呪術師はまた首を振った。

「違う」

エルザは黙った。

呪術師の目が鋭くなる。

そしてゆっくり言った。

「お前は」

「何者でもない」

森が静まり返る。

エルザは眉をひそめた。

「意味がわからない」

呪術師は続ける。

「私には」

「お前が何者なのか見えない」

エルザは完全に困惑した。

「見えない?」

呪術師はうなずく。

「人には形がある」

「精霊にも」

「呪術師にも」

彼は胸に手を当てた。

「だが、お前にはそれがない」

エルザは黙っていた。

理解できない。

呪術師は静かに言う。

「空のようだ」

「形がない」

「境界もない」

エルザは首を振った。

「そんなはずない」

「私はここにいる」

呪術師は答えない。

ただ焚き火の灰を指でいじった。

その目は少しだけ悲しそうだった。

(この娘は気づいていない)

エルザの体には、様々な力が絡みついていた。

精霊の力。

呪術。

そして――この土地のものではない魔力。

彼女はあまりにも多くの力を使いすぎていた。

その結果、彼女の存在はこの世界の中で曖昧になり始めていた。

だがエルザ自身は気づいていない。

呪術師はそれ以上何も言わなかった。

ただ静かに言った。

「だが一つだけ確かなことがある」

エルザが顔を上げる。

「お前は」

「普通の呪術師ではない」

風が吹いた。

森の上で一羽の鳥が鳴いた。

エルザは小さく息を吐いた。

理解できない言葉ばかりだった。

だが一つだけ、心に残っていた。

BLACKWOLF。

あの男。

彼はこの土地を守ろうとしている。

それだけだと呪術師は言った。

エルザは森の奥を見た。

遠くの草原。

(BLACKWOLF……)

彼女はまだその男を探していた。

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