BLACKWOLFの情報
奥地の町。
乾いた風が通り抜ける、埃っぽい通り。
共和国防衛隊の前線駐屯地。
パトリック・オコンネル少尉は、部下の報告を受けていた。
「少尉。例の件ですが」
「何だ」
「BLACKWOLFに捕まっていたという男が、町の酒場にいるらしいです」
パトリックの目が細くなる。
「……確かなのか」
「本人がそう吹聴してるとか。その話を売って酒代にしてるらしいです。」
パトリックは少し考える。
「面白い…」
椅子から立ち上がる。
「私服で行くぞ!着替えろ!」
「少尉?」
「軍服で行けば口を閉ざす」
夜。
町の酒場は騒がしかった。
安酒の匂い。
笑い声。
カードを叩く音。
その隅のテーブルに、
パトリックは腰を下ろした。
軍服ではない。
ただの旅人の格好。
向かいには、
噂の男。
痩せた顔。
無精ひげ。
怯えたような目。
「で?」
パトリックは酒を置く。
「BLACKWOLFに捕まってたって話だ」
男は肩をすくめる。
「誰から聞いた?」
「噂だ」
男は黙る。
目が鋭い。
――警戒している。
その時。
椅子が引かれる音。
「……失礼」
低い女の声。
パトリックが顔を上げる。
黒い服。
黒い帽子。
腰には二丁のリボルバー。
赤黒い瞳。
エルザだった。
彼女は当然のように席に座る。
パトリックの眉が動く。
「……お嬢さん、席をお間違えでは?」
「そうかしら」
エルザは静かに言う。
「あなたも、この人の話を聞きたいのでしょう?」
男が二人を見る。
疑いの目。
「……なんだお前ら」
パトリックは舌打ちしたい気分だった。
(面倒な女だ、なんでここにいる…)
しかし今さら追い払って騒がれても困る…
パトリックは幾らかを懐からだしてテーブルに置く。
「話を聞かせろ」
男の目が金に落ちる。
その瞬間。
エルザもまた、テーブルに静かに置く。
(やるなあ…さすがにお貴族様か…)
エルザの出した金額は明らかにパトリックよりは多かった。
男の視線がエルザの手に向いた。
そして釘付けに。
手の甲。
黒い三日月のタトゥー。
男の顔色が変わった。
椅子がわずかに鳴る。
「お、お前……それ…」
声が震える。
「月の……」
エルザは何も言わない。
ただ見つめる。
男は青ざめた。
「呪術師か……」
それも――
高位の呪術師。 人を呪い殺すこともできるという。
酒場の喧騒が遠くなる。
男は慌てて酒を飲む。
「……わ、わかった」
声が小さくなる。
「話す」
パトリックは男のその様子を見て、一瞬だけエルザを見た。
(何者だ…)
話は断片的だった。
BLACKWOLFの部隊。
移動。
襲撃。
しかし奇妙な点があった。
「……拠点は?どこかにあるんだろ?」
パトリックが聞く。
男は首を振る。
「知らねえ…」
「指揮官は?」
「知らねえなあ…」
「幹部は?」
「そんなやつ会ったことねえ…あいつらは軍隊じゃないんだ…」
パトリックの指がテーブルを叩く。
そして気づく。
(そうか…)
「……なるほど」
エルザが見る。
「何が?」
パトリックは低く言う。
「BLACKWOLFには拠点がない…」
男がうなずく。
「そうだ」
「部隊も固定されていない」
「そうだ」
パトリックの目が鋭くなる。
「つまり」
「指揮命令系統もない…」
だから――
掴みどころがない。正規軍の共和国防衛隊が力で潰そうとしてもできない。捕まえられない。
エルザは黙って聞いていた。
そして男を見る。
「一つ聞く」
男がびくりとする。
「BLACKWOLFは」
エルザの声は冷たい。
「PNの村を襲う?」
男は目を見開いた。
「……は?」
「襲うのか」
男は激しく首を振る。
「違う!」
声が大きくなる。
周囲がちらりと見る。
男は声を落とす。
「そんなことしねえ!するわけねえ!」
「……本当?」
「本当だ!そんなことしたらあいつらはなにもできなくなる…」
男は真顔だった。
「BLACKWOLFは 開拓民の町や軍を襲う」
「PNの村は守る」
エルザの瞳が揺れる。
(……違う?)
彼女はずっと思っていた。
村を襲ったのは
BLACKWOLFだと。
しかし。
男は完全に否定した。
疑問が残る。
その後。
二人は男に酒を飲ませ続けた。
質問。
金。
酒。
繰り返し。
男の口は軽くなっていく。
やがて。
「もう……飲めねえ……」
男はテーブルに突っ伏した。
酔いつぶれた。
エルザは立ち上がって帽子をかぶり直した。
帰ろうとする。
「待て」
パトリックの声。
エルザが振り向く。
「何?」
パトリックは腕を組んだ。
「一つ聞きたい」
「どうぞ」
「なぜBLACKWOLFを知りたがる」
沈黙。
「賞金稼ぎならわかる」
パトリックは続ける。
「だが」
エルザを見つめる。
「PNとはいえ」
「貴族がこんな場所に来る理由がない」
エルザは少し考える。
そして言った。
「今は」
「あなたと利害が同じ」
パトリックの眉が上がる。
「同じ?」
「ええ」
「BLACKWOLFを見つけたい」
パトリックはさらに疑問を抱く。
「……なら簡単だ」
「何が」
「BLACKWOLFと合流するだけなら」
パトリックは言う。
「占領地に行けばいい」
「なぜそうしない」
沈黙。
酒場の騒音。
エルザの赤黒い瞳が、
静かにパトリックを見る。
「それは」
短く言う。
「会いに行くためじゃない」
「……?」
エルザの声は低かった。
パトリックの背中に、
わずかな寒気が走った。




