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新大陸の港に船が入ってきた。

港には新しい国旗がはためいている。

共和国の国旗だ。

新大陸は、もはや帝国の属州ではなかった。

独立を果たし、共和国を名乗っている。


伯爵の城に戻り過ごした年月の間にエルザは変わっていた。

あれ以来あの時の夢をみる。

最後は黒い狼が迫ってきて目が覚める。

目が覚めた時にはエルザの涙は止まらなくなっていた。

それは彼女をひどく痛めつけてた。 

だが、それはまた彼女に前へ進ませることにもなっていた。


力がほしい… 


そう願って毎日研究に明け暮れる。

取り憑かれたように前へ進もうとする彼女を伯爵はいつも見守っていた。

少し寂しげな眼差しで。

それでも伯爵はエルザが前へ進もうとするのを助け続けた。

もう彼女を止めることはできない…

そう確信していた伯爵はエルザに自分の持つ魔術の知識や様々な知識を与えた。

そうしてエルザが生み出す力を何に使うのか…

伯爵にもそれはわかっていた。

悲しい使い方には違いはなかった。

それでも彼女が進むことを応援していた。


その間戦争があった。

その戦争はエルザにも影響をあたえていた。

戦争は価値観を変えた。

大型の強力な野戦砲の雨で兵士はただの肉の破片となる。

後装式ライフルは射撃速度を高めた。

最も恐ろしかったのは連射のできる回転式銃だった。

次々と弾丸を兵に浴びせることができた。

たくさんの兵が確実に弾丸の雨で死んでいく。


ルーカスは戦場から帰ってきたが、ひどく傷ついていた。体も心も…

帰ってこれただけマシだったが、以前の彼の面影はなかった。別人になっていた。

エルザは新大陸で無惨で惨たらしいものをたくさん見てきたはずだった。

しかし、ルーカスの変わり様は、彼にエルザが声もかけられないほど酷かった。まるで悪霊が彼に取り憑いたかのようだった。

エルザは彼のために祈った。

毎日祈った。

それが精一杯だった。戦場で傷ついた人全てを救うことは自分にはできない。

それでも、目の前の傷ついた人は救いたい。

そんなエルザのおかげが少しずつだがルーカスは戦場から心を少しずつ取り戻していった。


ルーカスは戦場のことを話しはしなかった。きっと彼の体験はエルザには悪霊よりもひどいとさえ思わせるだろ。 

そんな時代なのだ…

もう、自分一人が魔術を使っても、呪術を使ってもどうしょうもない。そんな時代が…

もし、ルーカスを守ることができたら…

魔術と呪術で戦場でルーカスを守れたら…

それを想像しながら研究に没頭した。

伯爵の持つ魔力をエルザも獲得していた。

理論は完成した。

呪術と魔術は融合し、

銃は以前よりも威力を増し、ただの武器ではなくなった。


エルザが故郷に戻ることを伯爵に伝えたとき、伯爵はそれについてはなにも言わなかった。


「これを持っていきなさい…」


そういうと伯爵は魔力石をエルザに渡した。


「これは私の先祖からの引き継がれてきた魔力を封じたものだ。なにかの時に使うといい。これならどこにいても魔力を使うことができるから…きっとエルザを守ってくれる…」


「ありがとうございます…私は…」


それ以上は言えなかった。


「私こそ、君に感謝している…」


伯爵は黙って微笑んでくれていた。

こんなわがままな人間はいない。

命を救ってもらって、いろんなものを与えてもらって…それなのに…

もう二度と伯爵には会えないのかもしれないのに…

伯爵は寂しくないのか…

なんで私はあっさりと伯爵から離れることができるんだろう…

いろんな思いが次々と溢れてくる…

それでもそれらは彼女の行動を妨げることはなかった。

恩を仇で返す…

そこまでは言えないとしても、なにも返さない、返さないで、もらうだけもらって…

あ…恩知らず…というのは私のことなんだ…

自分のことしか考えていない。

身勝手で独りよがりで…

そうだ…ルーカスのことも結局なにも彼にはできなかった…


でも、どこかで、これでいいんだと思える自分がいる。

ここからは、私は非道を歩むかもしれない。

だからなんだ…

訣別…

ここからは自分を責め続ける。

そうして、自分を追い詰めるんだ。



出発の時。

特にいつもの外出のように誰もが自然に行動していた。

馬車が来た時も、見送るのはいつもの執事とメイドの2人。

そして御者台にはルーカス。


ただ違ったのは2人の言葉。


「ご無事をお祈りしております。」


エルザはそれでもただの外出のように振る舞っていた。


「ルーカス、お願いね」


「あ…」


これもいつものことだ。


伯爵は朝から見かけなかった。

それを気にするでもなく出発した。

いつも街へ向かう道を馬車は進んでいく。

森を抜けると小高い丘が見える場所に出る。

エルザはそこに誰かがいるのを見つけた。

それは伯爵だった。

馬に跨って伯爵は帽子を振っていた。

大きく大きく何度も。

それは微かにわかる程度だったが、いつも伯爵のそばにいたエルザには距離が関係なく目の前にいるようにみえていた。

普通に出てきたはずなのに、この瞬間から普通ではなくなっていた。


「許してください…許してください…」


きっと伯爵は私をこんな人間にするつもりはなかったんだろ。

自分がその思いを踏みにじる行いをこれからする…

そう思うとそんな言葉しか出てこなかった。


蹄の音、車輪の音、いろんな音の中にエルザの泣く声が時々聞こてくる。

御者台のルーカスは自分の感情が戻ってくるのがわかった。

戦場に心を置いてきたと思っていたのに、まだここにあったことがうれしかった。

ルーカスも自然と目が滲んでいた。



「エルザ…元気でな、いろいろ済まなかった…俺のために…」

荷物を降ろしてルーカスはエルザに声をかけた。

「もう、大丈夫だと思う…」

エルザにはルーカスが微笑んでいることがうれしかった。

以前のルーカスがそこにいた。

「ルーカス!」

エルザはルーカスに抱きついた。

ルーカスはそれをしっかりと受け止めた。

「さあ、行ってこい!伯爵のことは任せてくれ!」

2人は微笑みながら握手をしていた。


ルーカスは見えなくなるまで手を振ってくれた。

大きく元気よく。

心を取り戻していた。





PNの地位は何も変わっていなかった。

独立戦争の混乱の中で、PNの反乱勢力は拡大していた。

その指導者は、共和国側からBLACKWOLF と呼ばれていた。

共和国の統治が及ばぬ地域は増え、そこは事実上、BLACKWOLFの支配地となる。

討伐命令が出された。

作戦を担うのは共和国防衛隊。

その母体は、かつての帝国辺境騎士団だった。

その最前線、BLACKWOLFとの最前線には、一人の将校がいる。

パトリック・オコンネル少尉。

かつて一等兵だった男は、

独立戦争の戦火をくぐり抜け、士官となっていた。


エルザは港町に降り立つ。

石畳。

蒸気船の汽笛。

彼女が宿を取ったのは、

共和国でも名の知れた高級ホテル

グランド・アトランティカ・ホテル。

エルザを乗せた馬車が止まる。

ドアマンがドアを開ける。

彼は一瞬エルザに目を留める。


「失礼ですが、ご予約のお名前は?」


ドアマンがそこまでするのは明らかに異常なことだ。


「エルザ フォン ローゼンシュタイン」


ドアマンは名前を聞いてからはいつもの仕事の態度に戻った。

エルザが豪華なロビーに入ってくると人の視線が彼女に集まった。

だが、それを気にするでもなく、カウンターへ向かった。

支配人は、エルザの肌を見てわずかに眉をひそめた。

黒衣。

長身。

赤黒い瞳。

「宿泊だ」

低い声。

「申し訳ありませんが、当館は――」

言葉は濁されたが、意味は明白だった。

エルザはゆっくりと革手袋を外す。

そして静かに封筒を差し出す。

封蝋には、旧大陸の伯爵家の紋章。

支配人の顔色が変わる。

「……これは」

「私はエルザ・フォン ローゼンシュタインです」

名を告げる。

声は冷静。

だが圧がある。

「このホテルは、共和国上院議員も利用すると聞いた。 まさか、私達のような者に対して門前払いをするのか?」

支配人の喉が鳴る。

周囲の従業員がざわつく。

「い、いえ……滅相もない」

エルザはさらに一歩踏み出す。

そして、辺りに聞こえるような声をわざと使った。


「それとも、共和国は貴族を侮辱する国になったのか?」

そういうとエルザはわざと辺りに視線をばら撒いた。

周りの視線は一瞬エルザを捉えていたが、すぐに全ての視線が空を泳いだ。

その一言は、外交問題の匂いすら帯びていた。

支配人は即座に姿勢を正す。

「最上階のスイートをご用意いたしております」

エルザは頷く。以前のエルザとは違う。視線に怯えることはない。怒りもない。当てつけがましく身分を利用する。皮肉もいう。


これでいいんだ…


部屋に通されると、

エルザは大きなトランクを開ける。

中には丁寧に収められた銃。

二丁のリボルバー。

銃身の短いライフル。

特殊弾。

彼女はそれらを一つずつ確かめる。

あれから、何度も作り直した。

伯爵から受け継いだ魔術と自分が今までに身につけた呪術の全てを駆使した。



エルザは何日かの間、港町で情報を集める。

酒場。

新聞社。

軍需商。

BLACKWOLFの噂。

共和国防衛隊の動き。

特にBLACKWOLFとの最前線に立つ、共和国防衛隊の動向は一番重要だった。

彼ら必死にBLACKWOLFの居所を、拠点を探っていた。

新聞にもそのことは記事として出ていた。

しかし、その記事の内容はどれも、共和国防衛隊が不甲斐ないという内容のものばかりだった。


無理もない…


エルザには多少なりとも想像がついた。

そもそも拠点など無いだろう。

あってもBLACKWOLFの出身の村ぐらいだ。

彼らは自分達の生活を取り戻してるだけなんだから。

統治機構?

指揮命令系統?

そんなものなどあるはずもない。




やがて彼女は列車に乗る。

奥地へ。

窓の外を流れる荒野。

復讐。

それが目的だ。

だが心の奥には、別の問いもある。

BLACKWOLFは本当に敵なのか。

列車が止まる。

駅に降り立つエルザ。

全身黒の服装。

腰に二丁のリボルバー。

背に短銃身ライフル。

赤黒い瞳が周囲を見渡す。

人々が距離を取る。

怪しげな女。

異質な存在。

エルザは気にしない。

帽子をわずかに下げ、

乾いた風の中を歩き出す。

魔弾の魔女が、

再び故郷へ戻ってきた。

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