弔い
何度かの旅の途中不穏な噂を聞いた。
村が襲われているという。
どうやら土地の買収交渉は口実で、実質はそこに住んでいるPNを追いはらい、ただで土地を手に入れて、高値で売っているらしい。
追い出されたPN達をほかの村はなかなか受け入れられない。
食料は自給自足に等しいからだ。
水も余裕は無い。
そうしてあぶれたPNを奴隷同然で買い取る業者も横行している。
それだけではなく、PN同士で土地を巡って争うことも起こり始めている。
そこに銃を売り込む者も。
エルザは着の身着のままでさまよう人々をみた。
赤ちゃんを抱えてる母親もいた。
みんな痩せ細って、この先どこまで行けるのか…
人々はエルザ達をみて逃げ出そうとする。
もう、逃げ出そうとする気力さえないものも…
そうい人は跪き死を受け入れるかのようだった。
エルザは水と食料をと思ったが、伯爵に止められてしまう。
「やめなさい…」
エルザには伯爵がなにをいいたいからはわかる。
今、ここで彼らに少しの水と食料を分けてもそのあとはどうなる…
自分達もこのあとどうなるかわからない。
エルザは黙って横を通り過ぎるしかなかった。
それはタホマも同じだった。
タホマは俯いたままだった。
タホマは馬を走らせてその場を離れた。
「タホマ!」
追いかけようとするエルザを伯爵を止めた。
土地を奪い合い殺し合う。
自分達はなにもしていないのに。
抵抗すれば徹底的に殲滅。
降伏しても、追われるか半奴隷の運命。
やがて、焼き討ちに遭った村に辿り着いた。
焦げた柱。
崩れた屋根。
空気に残る灰の匂い。
死体は埋葬されていた。おそらく。
たぶん生き残りは死が待つたびに行くか、奴隷として連れ去られたのだ。
エルザは立ち尽くす。
幼い日の記憶がよみがえる。
炎。
叫び声。
失われた村。
胸の奥が冷たくなる。
怒りが、静かに広がる。
エルザはそこの村で死者の魂を救う儀式を行った。
壇を作る。焼け残ったもので。
タホマが手伝ってくれた。
供え物もなにもない。
エルザは祈りを唱えた。
全ての魂が再び自然に還り、また生まれ変わることを願って。
なんとかしたい。
この状況を、変えたい。
「私は村へ戻ろうと思います。」
エルザが伯爵にそういうと、
「そうだな…村が心配だ…」
伯爵も同じだった。
嫌な予感がする…
占いも碌な結果を出さない。
タホマはあれ以来、あまり口をきかなくなった。
ただ、淡々としているようにみえた。
3人はできるだけ早く村へ戻ることにした。
タホマが先頭になった。
地形も把握している彼の足ははやかった。
なにも言わないが、村を心配しているのはわかった。
どれだけ走っただろう。
かなりの強行軍立った。
もうすぐ村だという所まで来た時にはもうなにが起こったのかわかってしまっていた。
すべては遅かった。
村は襲われていた。
祈りの柱は倒れ、
家々は焼かれている。
そして――
人が吊るされていた。
最後まで抵抗したのだろう。
みせしめだった。
体格のいい男と、女性、そして子供までも…
周囲にはPNの男たちがそれをみていた。
エルザの中で、何かが切れた。
「エルザ!」
伯爵の声が遠い。
エルザは地に膝をつき、ナイフで腕を切った。
血が焼け焦げた土地に染みていく。
禁じられていた呪を唱える。
土地に眠る悪霊。
死者の怨念。
それらを、自らに集めるのだ。
空気が黒く重くなる。
風がエルザの足元から空に昇っていく。
焦げた死体も巻き上げて。そして逆巻く。
エルザの瞳が赤暗く染まる。
その顔は全く別のものだった。
怨霊、悪霊、邪気、全てがエルザを覆い尽くしていた。
伯爵は、エルザを港で初めて見たときのことがよみがえった。
伯爵はとめることはできなかった。
銃を男達に向けることしか。
そのとき。
何も起きてないかのように平然として黒衣の男が前に出た。
静かな声で言う。
「おまえは誰だ」
その声は何度なく繰り返された。
エルザにはどこかで聞いた声だった。
何度もそれはエルザに問いかけてきた。
なんで今そんなことを聞く…
黒い狼が牙を向いてエルザを飲み込もうとした。
エルザの意識が引き戻される。
闇が霧散する。
男はそれ以上何も言わず、仲間と共に去っていった。
エルザは泣かなかった。
それはタホマも同じだった。
伯爵は二人にかける言葉もなかった。
2人は残っていた死体を集め始めた。
伯爵もそれを手伝った。
半分以上炭になったものもあった。
それでも、その炭もできるだけ集めた。
いつも儀式を行う場所まで。
エルザは死者を弔う儀式に使えそうな残ってるものをかき集めた。
できるだけ。
祭壇も。
エルザは川の水で体を清めた。
儀式装束は、残っていなかった。
タホマが火をつける。
鐘の音が響いた。
エルザが唱え始めた。
低くうねりをもって。
念じ、霊魂を送る。
タホマはその後ろで座り手を合わせた。
どうか魂をお救いください…
全てより生まれし、全ての魂を全てにお還しください。
そしてまた還ってくるように…
炎の神よ…
肉とともに魂を万物に…
全てものに魂が宿り、その魂はまた次の世で宿る…
自然と同じように繰り返していく。
鈴の音。
低い祈り。
一晩目…
誰かがやってきた。
どこかの呪術師だった。
エルザと共に唱え始めた。
それから呪術師は何人もやってきた。
どこからくるのかわからない。
供え物を持ってきてるものもいた。
エルザに呪術師の儀式装束を着せているものも。
エルザの唱えは止まらなかった。
香を持ってきたものは香を焚いた。
人数はだんだん増えていった。
それと共に唱える声も大きくなっていった。
人の声は辺り一面の空気を振動させた。
それは遠くまでとどいた。 草原を渡り、山を越え、川を越え、谷を越えて…
三日三晩。
エルザは死者を弔った。
そこにいた人々と共に。
伯爵は三日三晩それを見守った。
火が絶えることはなかった。
三日目の夜、火が弱まった。
その後には白骨の山だけが残った。
風が穏やかになった。
エルザは深く頭を下げる。
涙はとっくに止まっていた。
だがその赤黒い瞳の奥には、
新しい何かが宿っていた。
灰の中で、
魔弾の魔女は静かに立ち上がった。
新大陸の港では多くの船が集まっていた。
伯爵とエルザも乗り込んでいた。
タホマはほかの村で生きていくことになった。
故郷の村の人々を弔いながら。
突然、銃声が何発も聞こえた。
エルザの体は硬直した。
港の向こうの方から人々が逃げるのがみえた。
その後を銃声が追う。
帝国辺境騎士団の部隊だった。
船の乗客の一人、若い男が帽子を振りながらが叫んだ。
「独立万歳!自由万歳!帝国の奴らに死を!」
すると、何人かの乗客も一緒に叫んで、手を振ったり、帽子を振ったりしていた。
突然他の乗客が中の一人に殴りかかった。
乱闘が始まった。
それを聞きつけた船員がとんできた。
警官も船に乗り込んできた。
「いやねえ…独立なんて、馬鹿げてるわ…」
離れた所から騒ぎをみていた貴婦人が、そうつぶやいていた。
自由…独立…
それは誰の自由で独立なのか…
エルザには他人事にしか思えなかった。
船は何事もなかったように旧大陸へ向けて出航していった。




