エルザ姉さん
ナヤラの村に滞在するあいだ、
エルザは少しずつ、その空気に溶け込んでいった。
朝は水汲みを手伝い、
昼は干し肉を編み、
夕刻には焚き火を囲む。
最初は遠巻きに見ていた村の女たちも、やがて笑いかけるようになる。
「その結び方は違うよ」
年若い娘が、エルザの指を取って紐の結びを直す。
「こうするのさ。ほら」
エルザは真剣な顔で頷く。
「……ありがとう」
やがて彼女たちは、エルザの境遇を知る。
焼かれた村。
失われた家族。
それを知った日から、女たちの態度はさらに柔らかくなった。
エルザは、ことあるごとにナヤラの隣にいた。
川辺で洗い物をしながら、ナヤラが言う。
「この土地ではね、風向きで天気がわかる」
エルザは目を細め、風を受ける。
「……そうなんだ」
ふと呟く。
「ナヤラ姉さん」
部族の言葉でエルザはナヤラをそう呼ぶようになった。
服装も変わっていった。
部族の織物を肩に掛け、
革の帯を締める。
髪も少し編み込む。
鏡の代わりに水面を覗き込み、
自分の顔が柔らいでいることに気づく。
同族の中にいると、
目の奥の緊張がほどける。
子供たちが集まってくる。
「エルザ姉さん!」
彼らは部族の言葉でそう呼んだ。
エルザは地面に枝で文字を書く。
「これは、文字。これは、数」
旧大陸の数字を書き、
数え方を教える。
「1、2、3……」
子供たちは面白がって真似をする。
「エルザ姉さん、、これは何?」
「それは100だよ」
少し誇らしげに答えると、
子供たちは目を輝かせた。
村の呪術師とも、深く交わるようになった。
朝の祓い。
夕の祈り。
共に火を囲み、言葉を唱える。
「天地の神よ、
この地を守り給へ」
エルザの声は澄んでいた。
銃を帯びながら、祈る少女。
旧大陸の知識を持ち、
数字を教え、
魔術を知り、
呪術を操る。
珍しい存在だった。
だが村人たちは、次第にそれを当然のように受け入れる。
焚き火のそばで、老人が言う。
「この娘はただの娘ではない…」
やがてエルザは、
村人からも呪術師として尊敬を受けるようになる。
伯爵はそれを少し離れた場所から観察していた。
エルザは変わった。
外見ではない。
顔つきが柔らぎ、
だが芯は強くなっている。
村の子供を抱き上げる姿。
女たちと笑う姿。
そして儀式で祈る姿。
そのすべてが自然だ。
伯爵は胸の奥で思う。
彼女は今、帰ってきたのだ。
血の記憶へ。
大地へ。
ある夕暮れ。
ナヤラと並んで座るエルザが、静かに言った。
「ナヤラ姉さま。私はここにいると気持ちが落ち着くの(笑)」
ナヤラは優しく肩を抱く。
「ここはあんたの家でもあるからさ…」
エルザは空を見上げる。
茜色に染まる雲。
家か…ここで生まれたんだもん…
焚き火の火が揺れる。
エルザの横顔は、以前よりも凛としていた。
同族の中にいることで、
彼女はより強くなっていく。
その姿を、伯爵は静かに見つめていた。
村の「エルザ姉さん」である少女を。




